なんというファンタジー
うーん。今日も元気な朝が来た。
この街には明日までしか滞在しない。ということは、営業は今日しかできないからね。稼がなきゃ。
この街では特に営業許可は不要らしいので、準備ができたらどんどんお店を開いちゃうんだ。
今日は初心に帰って『棒パンフレンチトーストのホイップクリーム添え』を売るんだ。
既にバットには卵液を混ぜたたっぷりのミルクに、棒パンをこれでもかというくらい漬け込んである。
「おはようユーキ。今日も朝からいい香りだね」
おはようサキ。
「ユーキ、フロランタンはどうしたフロランタンは! 気になって眠れなかったぞ!」
ウソつけ、さっきまで大いびきが聞こえていたぞウキ。
そんじゃ朝食にしよう。
今日はフレンチトースト二個にフルーツ。飲み物は乳清に絶頂檸檬の果汁を搾って酸味を強くしたもの。これが甘いフレンチトーストとよく合うんだ。当然ウキにはステーキ付。
デザートは昨日こしらえて冷やしておいた『フロランタン』
我ながら美味しそうだなあ。
ん? 何だあれ?
窓のところで何か動いたぞ。どれどれ。
ん?
えーっと……。
これってもしかして……。
「こりゃ驚いた! これは多分ドラゴンの幼生だよ!」
サキ姉さまが驚く声でオレも我に返ったんだ。
そこに落ちていたのは、体長三十センチくらいのドラゴンだったんだよ。
それは銅色に輝く小さな小さな鱗に覆われた、蜥蜴の身体にきれいな皮の翼をはやした生き物。
ただ、片方の翼がおかしな方向に曲がっている。折れているのかな……。
死んでいるわけじゃないみたいだけれど、ピクリとも動かないんだ。
続けて外から罵声が響いた。
「どこに逃げやがった!」
「目を離してんじゃねえよ阿呆!」
「石つぶてが当たっているはずだ! その辺に落ちてないか!」
「まさか殺しちゃいねえだろうな! 生かしておかないと価値は半減だぞ!」
その勢いに、慌ててオレはドラゴンを屋台の物入れに隠したんだよ。
そしたら次の瞬間、下品な顔が窓から覗いたんだ。
「おいあんたら、ここにおかしな生き物が来なかったか?」
何だよ突然!
「何の事だか知らないけど、この街じゃ外から宿を覗くのが常識なのかい?」
「ガタガタ言うなクソアマ! おとなしく人の質問に答えりゃいいんだよ!」
「ウキ、やっておしまい」
ということで、窓から覗いた男は、ウキのパンチ一閃で向かいの建物まで吹き飛ばされたんだよ。
こりゃ正当防衛だよね。ぶっちゃけ、ノゾキ撃退だし。
お、あいつらはお仲間かな。
あーあ、あいつら他の部屋にも同じことして返り討ちを食らってやがる。
アホね、アホなのね。
「貴様ら何をやっとる!」
「しょっぴけえ!」
あれま。官憲のおっさんどもが来ちゃったよ。
さようなら、下品なおっさんども。せいぜい番屋で絞られておくれ。
「で、ユーキ、これを食うのか?」
いじめないでよウキ。そりゃあさ、生きるために食う、食うために殺しているよ。オレ達はさ。
でもさ、何だか逃げてきたのがさ、ちょっとさ……。
「仕方がないねえ。ユーキ、ツナマヨのトルティーヤを用意しておいてくれるかい」
ああ、サキ姉さま。ヤル気になってくれたのね。ありがとう!
「ユーキ、お腹すいた……よ……」
トルティーヤが出来ているよ姉さま!
「俺も食いたい」
サポートありがとね、ウキ。おまえの分もあるからな。
ベッドの上には、サキの治癒で翼が元通りになって、穏やかな寝息を立てているちびドラゴン。
こうしてみると可愛いね。
リート、リル、フルもやさしい眼差しでドラゴンを見つめているんだよ。
お、気がついたようだな。あっちゃこっちゃきょろきょろし始めたぞ。
すかさずリートとリルがドラゴンのそばに寄ったんだ。そうだよね。サイズは同じくらいだものね。
ん? なになにフル。その子にも意識を向けてみろって?
どれどれ。
『ココハドコ?』
おや?
『ミンナハドコ?』
あら?
『ビエェェ……』
ありゃあ、泣き出しちまったい。
とりあえずこのままにしておくわけにはいかないわ。といっても、迷子になったドラゴンの面倒なんかみたことねえぞ。
「どうすんだいユーキ」
ええっと、官憲にお任せするのはどうかしら?
「そのままレストラン行きだな」
マジか。
仕方がねえ。とりあえず営業に連れて行くことにするか。
ん、おなかがすいているのかい?
これ食べる?
お、食い付きがいいねえ。カリカリいっているよ。ナッツが香ばしくてうまいだろ。
それじゃ、屋台の物入れに隠してあげるからね。そこでフロランタンを抱えながら食ってな。いいね、顔を出しちゃだめだよ。
「お嬢ちゃん、一本くれ!」
「お姉さん、私には三本お願い!」
「ワシには五本包んでくれるか」
今日も屋台は大盛況。老若男女みんな大好き棒パンフレンチトーストね。
「ユーキ、ちょっと喉が渇いたよ」
はいはい姉さま。お酒入れる?
「暑気払いついでに頼むよ」
わかった。
「あらお嬢さん、その飲み物はなあに?」
ん? これは『モヒート風エクスタシトロンカクテル』だ。
「美味しそうですね、おいくらですか」
飲みたいのか姉さん。そんじゃ五百エルかな。
「ユーキ、腹減った」
お前はオレがここで必死に棒パンフレンチトーストを焼いている姿が目に入らないのか?
ちょっと待ってろ、リル冷蔵庫からフロランタンを出すからな。
『オカワリデシュ』
なに立ち直ってんだよドラゴンちゃんよ! わかったから、しっかり物入れに隠れているんだぞ。
「おや、それは何だいお嬢ちゃん」
これか、これはスタミナッツをプレートリーフに乗せて甘く焼いたものだけど。
「いくらだい?」
欲しいのかおっさん。じゃ三百エル。
あー忙しいぜ。結局棒パンフレンチトーストが売り切れた後も、モヒートとフロランタンで営業続行だよ。
おや? 急に空が暗くなったぞ。こりゃ一雨来るのか?
ん? みんな、何を大騒ぎしているんだ?
何でみんな空を見上げているんだ?
上をみろって?
どれどれ。
……。
空は無数の、翼が生えたでっかい生き物の影で埋め尽くされていたんだよ。
なんだなんだ!
「なんだ、あのドラゴンの大群は!」
え、やっぱりそうなの?
『ヒトどもよ』
うわ、びっくりした! 直接頭に声が響いたよ。って、サキもウキもあっけに取られている。
どうも街の人全員に聞こえているみたいだ。
『この世は弱肉強食であるのはわかっておる。虚弱な我が眷族が、まれに貴様らの仲間に討ち倒されていることも承知しておる』
え? 何言ってんの?
『我らはヒトを捕食せぬ。その理由はただ一つ。貴様らの肉が食えたものではないからである』
うわ、人間食ったことあるのね。この声の主は。
『我らは食物連鎖と自衛以外で無益な殺生はせぬ。しかしな……』
声が震えてきたぞ。やべえ、ちびっちゃいそうだよ……。
『愛する子を奪われ、母の涙を流す我が娘を目の前にして、どうして泰然としていられようか』
え?
『貴様ら、さっさと我が孫を返さんかい!』
続けて、無数のドラゴンが空から滑降し、街を襲ったんだ。
それなりの立派な身なりのおっさんが叫ぶ。
「やばい、あれは『老竜』だ!」
顔面蒼白のおっさんが叫ぶ。
「逃げろー!」
妙に冷静なおっさんが叫ぶ。
「我が孫ってなんだよ!」
人々の誘導を始めた官憲のおっさんが叫ぶ!
「先ほどの盗人どもがほざいていた戯言は事実だったのか!」
高い建物から順番に、街が焼かれ、破壊されていく。
道には建物のがれきが炎とともに降り注ぎ、街の人は逃げ回っているんだ。
やべえなこれは!
「ユーキ、逃げるよ!」
「走るぞユーキ! リート、リル、フル、急げ!」
って、ちょっと待ってよサキ、ウキ! 今の声の主ってもしかしてさ!
オレは慌てて物入れの扉を開けたんだ。
……。
今は食べかけのフロランタンを抱えながら、呑気にお昼寝をしている場面じゃないと思うわよ、ちびドラゴンちゃん……。




