悪魔の娘は天使の娘
グオンにお別れを言えなかったなあ。
困っちゃうなオレ。
まさかグオンに「しっこくのみこはおりぇがいっしょう、ふういんしたげなるもん。ゆーき、しきだにょ」
とか言われるとは思ってなかったし。
まあ、酒の席ということで流すか。って、リート、なんか文句あるのか? なんだよその薄ら笑いは!
いい加減にしないとリルとフルでお前をいじめるぞ! って、何でお前たちもそっちにいるんだよ!
まあいいや。
次の村はこれはまた都合がいいことに、『生棒パン』の大生産地だったんだ。
しかも棒パンを焼く燃料になる『熱血藁』という、やたら熱効率のいい植物が周辺にいくらでも自生しているんだよ。
だからこの村では、収穫した生棒パンをすぐに棒パンに焼いて、近隣の街や村に売りさばいて、生計を立てているそうなんだ。
この村でオレは悪魔になった。
うん。一時的にはオレは悪魔だったと思う。
オレがこの村で仕掛けたこと。
まずは村のおっさんおばはん達に、生棒パンを伸ばして『アルカリ処理』をした麺を茹でて、味見させる。そう、これはまんま中華麺。独特の麺のコシが美味しいぜ。
ちなみに麺は、製麺機を使わないで包丁で切ってあげる。これは今後の作戦のため。極太麺なら問題なし。
で、オレはおっさんとおばはん達に、生棒パン以外の村の名産を売ってもらったんだ。
出てきたのは近くの湖で採れるらしい魚の肉。そして色とりどりの葉っぱ。
魚肉かあ。しかも白身だね。
ならこうしようか。
オレは丼に、この村で愛用されている魚醤油を使ったタレと油を少し注ぎ、そこに茹で上がった極太麺を一旦すりこぎでゴリゴリしてやってから投入する。
ゴリゴリするのは、麺に傷をつけて粘りを出すためなんだ。
で、麺とタレをあえる。
そしたらその上に、刻んだ名産の魚肉を辛い味付けのそぼろにしたのと、各種の葉っぱを刻んだのを乗せてやる。
生の卵黄は、やばそうだからやめておこう。
ということで、『混ぜそば』の出来上がり。一杯七百エルだよ!
『デーモンロード』営業開始です!
「これは美味いな!」
そうだろ。
「へえ、棒パンは焼かなくてもこんな食べ方ができるのだな!」
よその村には内緒だぞ。
「ねっとりして美味しいねえ。ねえユーキ、何でこれを今までこしらえなかったの?」
すまねえサキ姉さま。これまで思いつかなかなかっただけだ。
「ユーキ、麺のおかわりだ」
わかったウキ。とりあえず食え。
「お嬢ちゃんこっちもだ!」
「こっちにもくれ!」
「よっしゃ! おかわりしてくれな、みんな!」
盛り上がってまいりました。
お、村長さんかな。
「なあ漆黒の嬢ちゃん、だめもとなんだけどな。この『混ぜそば』を、この村の名産にしたいのじゃが、ぜひとも仕込み方をわしらに教えてもらえんかの」
よっしゃ、釣れたぜ。オレはあえてここでじらしたんだ。
「どっしよっかなー」
「なあ嬢ちゃん、頼むぞい」
ふっふっふ。爺さんが焦ってまいりました。
「それなら、交換で生棒パンの種を譲ってもらってもいい?」
「お安い御用じゃ! そんなもんはいくらでも持っていくがよい!」
ということで、オレはこの名も無き村に『混ぜそば』の製法を残したんだ。たっぷりの『生棒パン種』と交換にね。
製麺機を使わず包丁を使ったことや、あえてこの村で取れる食材だけでこしらえたのは、最初からこの村に『混ぜそば』の作り方を教えるつもりだったから。
これで明日から生棒パン種のご飯が食えるぜ。
もうウキとサキ以外には、ご飯は提供しないようにしようっと。
三人でこそこそと食べるのがいいよね。
「それじゃお嬢ちゃん達、こっちにおいで」
やったぜ。お楽しみの『生棒パンの種』入手タイムだぜ。
どれくらいもらえるかなあ。
一升くらいもらえたら、お腹一杯食べた後、おにぎりにして、次の食事もお楽しみタイムね。
案内されたのは村の共同倉庫のようなところ。へえ、立派な校倉造りだわ。
「ほれ嬢ちゃん、こんなもんでええかの」
え?
いいの?
「ユーキ、上手いことやったねえ」
「これだけあれば沢山ご飯を食えるな」
村長の爺さんが指差したのは、麻袋一杯の生棒パンの種。
どれどれ。うは、重くて持ちあがらないぜ。こりゃ一俵くらいあるかな。
「ありがとう爺さん!」
「よいよい、この村は棒パンの名産であるからがゆえに、食事に面白みがなかったからのう。これからは、あの『混ぜそば』とやらを楽しませてもらうよ」
そっか爺さん。それじゃあいいことを教えてやる。
ということでオレは村長の爺さんに、あえてアルカリ処理しない麺、つまりパスタについても教えてあげたんだ。
ソースはみんなの工夫で色々試してね。
ということで、本日はこの村で一泊。
鍋の中には水に浸した種。
今日はお腹一杯ご飯を食べたいわ。何にしようかしら。
って、今日はあれにしようっと!
「ユーキ、腹減った」
今日は大根もちでも食ってなさい。
「今日は何にするんだいユーキ?」
楽しみに待っていてね、サキ姉さま。
ということで、魚の赤身を薄切りにし、煮切っておいた出汁醤油に漬け込んでおくんだ。
猪肉は切り出して室温に戻しておく。
鶏肉も一口サイズにしておこう。
玉ねぎは千切り。大根はいつでもすり下ろせるように準備しておく。
こんなところかな。
さてっと、生棒パンがたくさん手に入ったから、おやつのパイを大量に焼いておこうっと。ウキのおやつ袋メンテナンスも必要だしね。
よっしゃ。ご飯も炊けたし、仕上げに入ろう。
まずは猪肉。
こいつはいつもの要領でステーキにしてから薄切りにする。それから大根おろしを乗せる。
次は鶏肉。
これは小さめの鍋で玉ねぎを出汁と醤油でさっと煮てから肉を投入。軽く火が通ったところで卵を流し入れて鍋にふた。
いい感じで火が通ったわ。
三個の丼に炊きたてご飯をよそったら、焼いた猪肉、煮た鶏肉、赤身魚のヅケを上に乗せて出来上がり。そう、これらは丼物の定番。
『ステーキ丼』『親子丼』『鉄火丼』
お味噌汁は今日も大根。
「これはまた風変わりなものをこしらえたねえ」
「これはどうやって食うんだ?」
二人の好みがわからなかったからね。今日は取り分けて食べようよ。
まずはどれを食べてみる?
「あたしはこの卵のにしようかねえ」
「俺は肉だ肉」
はいよ。
ちっちゃなしゃもじで丼をそれぞれのお茶碗に取り分けてあげる。それじゃオレは鉄火丼からにしようっと。
「へえ、ちょっと味付けを濃くしてあるのかい?」
そうなんだよサキ。ご飯と一緒に頬張るとちょうどいい塩梅になるよ。
「肉が無くなった」
ほらウキ、肉を乗せてやるからそうやって食ってみろ。
「これはやさしく甘くておいしいねえ」
「肉とご飯で止まらんぞ!」
ね、美味しいでしょ。
結局二人とも三種類のどんぶりを楽しんだんだよ。ウキの野郎は、魚は好きじゃないと言っている割には鉄火丼がお気に入りになったみたいだ。
結局炊いたご飯は全部食べちまった。サキ姉さまは大根の甘酢漬けがお気に入り。ウキには卵焼きをこしらえてやったんだよ。オレのお供はツナ醤油だ。
ああ、幸せ。
今日は平和だったなあ。
そして翌朝。
おや、外がやけに騒々しいぞ。それに色々ないい匂いがする。
どれどれ。ちょっと外に出てみるかな。
「どうだいウチの混ぜそばは!」
「うちのもおススメだぜ!」
「わっはっは! うちのは一味違う麺じゃぞ!」
外では朝から村人たちが、競うように『混ぜそば』の店を出していたんだ。
すげえなこの人たちは。このパワフルさには圧倒されるぜ。
「おう、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのおかげで、朝からこの活気じゃ!」
よかったな村長の爺さん。爺さんはパスタを売っているのか。この抜け駆けジジイめ。
「わしらにとってお嬢ちゃんは神の使い、さしずめ天使かの」
よせよ照れるぜ。元々生棒パンの種を手に入れるための策略だったしさ。
「騒々しいと思ったらこういうことかい。おはようユーキ」
あ、サキ姉さまおはよう。
「ユーキ、腹減った」
うーんと。どっしよっかなー。
よし、たまにはいいだろう!
「ねえサキ、ウキ、今日は村の人たちの混ぜそばを食べ歩こうよ!」
きっといろいろな工夫がされていると思うんだ。
「そうだね。そしたら出発しようか」
そうだねサキ。
ちっ、ウキは人の話も聞かずに屋台に走って行きやがった。




