日本の朝食
どれどれ、昨日の絶叫大根の薄切りはどんな感じに仕上がっているかな。
うん。甘酸っぱくていい感じだ。雄株と雌株の辛さと甘さのコントラストもいいな。
うーん。
こういう味だと、やっぱりアレで食べたいなあ。
結構貯まったし、試してみるかな。不評だったらオレが一人で食べればいいものね。
ということで、まずは『ウキ肉』の準備。
今日のステーキはバターに絶頂檸檬の絞り汁と塩、シロップを加えて練った『シトロンバター』で仕上げてやる。
さっぱりこってりでうまいぞ。
「ユーキ、いい匂いだな……。焼けたか?」
おう、焼けたぜ。ほら、そこに座って食え。ちなみに朝食は別だからな。
「うむ。これはさっぱりしていて、さながら『モーニングステーキ』と言えよう」
アホかウキ。
誰もが朝からステーキを三百グラムも食うと思うなよ。しかも朝食前にだ。
「それじゃユーキ、ひと眠りしてくる」
はいよ。朝食ができたら起こしてやるからな。
さて。いい感じで水も吸ったし、始めるかな。
オレが水で戻したのは『生棒パンの種』
見た目はアレそっくり。ちょっと黄色いけれど。
リバーケープの街で馬番さんの奥さんが食べさせてくれた味はまさしくアレの味。
まずは厚手の鍋に入れて、蓋をする。
さてリート、あなたの腕の見せ所よ。
「はじめちょろちょろなかぱっぱ。ユーキが泣いてもふたとるな」
これはじいちゃんが教えてくれた火加減のコツだ。ちなみにオレは泣かないぞ。
リートに頑張ってもらっている間におかずの準備もするか。
魚食うぞ魚。
ということで、赤身肉を切りだして、塩で臭みを取ってから檸檬酒と醤油とシロップでこしらえた『たれ』に漬け込んであげる。
ウキが魚は好きじゃないと言っていたからな。肉も一応用意しておこう。
次にボウルに卵を割り入れ、ストックしてある小魚の出汁と、ほんのちょっとだけ生クリームを入れてやる。で、ひたすらかき混ぜるんだ。
よし、こんなところかな。
こうなったらスープはアレだな。とりあえず絶叫大根の雌株を短冊に切って、出汁と一緒に火にかけておこう。ネギは最後でいいな。
さてっと、鍋はそのまま蒸らしで放置。
まずは卵から。
油を薄く引いて温めた卵焼き器に卵液を薄く流し込み、手前からくるくる巻いていく
巻いたら全体を手前に寄せて、空いているところに油を塗ってから再び卵液を薄く引いてくるくるくる。
以下繰り返しでできあがり。
次はフライパンを用意。
赤身の魚は、漬けこんだ『たれ』を一旦ふき取ってから、フライパンで両面を焼いてあげる。
で、火が通ったら、のこったたれを回しかけて、軽く煮詰めて照りを出す。
これで完成。
大根を煮ている汁は、大根に火が通ったら火を止めて、持参の『味噌』と『一角汁』をブレンドしたものを溶いてあげる。
ふっふっふ。
「サキ、ウキ、朝食ができたぞ!」
「おや、おはようお嬢ちゃん。朝から元気がいいの」
お、ベリル爺さんおはよう。爺さんも朝食食うか? お、グオン少年も食って行けよ。
ん? 昨夜のこと? 何だっけ? よくわからねえや。
「おやおや、今日も変わった香りだねえ」
「何だ何だ! この甘い香りは!」
お、二人とも起きてきたな。よっしゃ、配膳するか。
今日の朝食は『赤身魚の照り焼き』『厚焼き卵』『大根とネギのみそ汁』『絶叫大根の甘酢漬け絶頂檸檬風味』そして……。
「何だいユーキ、この黄色っぽいのは?」
それは『生棒パンの種ご飯』
『お米』に食感がとってもよく似ているんだよ。
まあ試してみてよ。口に合わなかったら麺でも茹でるからさ。
あと、ウキは照り焼き食えるか? 食えなきゃ肉焼くからな。
それじゃ『いただきます』
うー。うめえ! サフラン風味の長粒種ってところか。こりゃ炒飯にしたらもっと美味しいなあ。
ああ、お漬物がカリカリして幸せ。
そうよね、朝食はお魚よね。畜生、干物がどっかで手に入らねえかなあ。
卵もふわふわ。オレって天才かも。
最後にお味噌汁。ああ、ソウルフードだわ。
ん?
何見てんだお前ら?
「ユーキがそんなに幸せそうな顔をして食事をするのは初めてみたかもしれないねえ」
「これがユーキの大好物なんだな。この魚ならオレも好きだぞ」
そんなに幸せそうな顔をしていたか? サキ、ウキ?
「おおう、この大根の薄切りは美味いのう。雄株の辛さと雌株の甘さに檸檬の風味がよくあっとる。これをつまみに酒を飲みたいところじゃのう」
わかってるなベリル爺さん。そうだよ、多分お酒のつまみにもいいんだよ。
ん? どうしたグオン。食べないのか?
「初めてみるものばかりでどうしていいからわからないよ」
そっか。
まずはな。魚の切り身をこうして一口食べてな。口の中に味が残っている間にご飯を食べるんだよ。
ほら、ご飯のほんのりした甘さが魚の味と交わってちょうどよくなるでしょ。
「うわあ、これは美味しいなあ」
そうか、よかったよかった。
「なあ嬢ちゃん、この大根の薄切りはどうやってこしらえるのじゃ?」
おう、研究熱心だな爺さん。教えてやるぜ。
それはね、大根の薄切りを塩でもんで水分を出してから、バシリスコ、シロップ、塩でこしらえた漬汁に漬け込むんだよ。その時に絶頂檸檬の皮を薄切りにして香りづけにしてあげるんだ。
あ、そうだ。バシリスコの代わりに絶頂檸檬の絞り汁を使っても美味しいかもしれないよ。それならこの村で取れる食材だけでできるでしょ?
「うーむ。早速やってみるかの」
そうしてみてくれよ。
「ああ、今日の朝食もおいしかったねえ」
「ユーキ、もっと食いたい」
「まだ何かあるのかの?」
「俺もこんな美味しい朝食は初めてかも」
同時に喋るなお前ら。
サキと爺さんとグオンにはスライムゼリーを出してあげるね。
ウキは肉でいいか?
「ご飯食いたい」
うう……。後でひそかにおにぎりにしようと、とっておいた分に目をつけられてしまったぜ。
わかったよ。喜んでもらえてうれしいからな。よし、ツナマヨ醤油ご飯にしてやる。
「ユーキ美味いぞユーキ」
わかったから黙って食えウキ。
何だよサキ、爺さん、グオン。そんなにメシを食っているウキがうらやましいのか?
もうないよ畜生!
実は『生棒パンの種』は生棒パンと同様、市場に出回っていない。というのは、考えてみれば当たり前で、この種から新しい生棒パンが育つから。だから工場でも『種だけ』では売ってくれなかったんだ。
ただ、一部は工場内の賄いに使われているらしくて、それを馬番の奥さんがオレに食べさせてくれたんだ。
そういうことなので、オレはこれまでの旅で、ちまちまと生棒パンの種を集めてきたんだよ。
で、今日はそれを初のお披露目という訳なんだ。
しっかし、サキとウキ、特にウキがあれだけ食い付きがいいとは予想外だったぜ。おかげでおやつ予定のツナマヨおにぎりをこしらえる分がなくなってしまった。
まあいいか。次の街では生棒パン料理をバンバン売って、種をもう一回貯めようっと。
「それじゃウキ、ユーキ、食休みをさせてもらったら出発しようかね」
わかったわサキ。
旅支度が済んだオレ達を、ベリル爺さんとグオンが見送ってくれたんだ。
「それじゃ嬢ちゃん、大根の甘酢漬けは早速こしらえてみるからの」
おう、頑張れよ爺さん。
「ユーキ、元気でな……。また会えるかな?」
え?
どうなんだろ? ねえどうなの? サキ、ウキ。
うわあ、サキはニヤニヤしてるし、ウキはやたら不機嫌そうな顔になったぞ。
これはさすがに鈍感なオレでも状況が飲み込めたんだ。
ごほん。
「グオン、また会えるといいね」
「おーい、ベリル爺さん、ちょっといいか!」
やって来たのは近所のおっさんらしい。何だよ感動の別れの席に騒々しいな。
「なんじゃい騒々しいの」
「なああんたら、例の金髪教宣教師どもをどっかで見なかったか?」
ん? どうしたんだろ。
「あいつら、宿代を踏み倒して姿を消しやがったんだ!」
「そりゃ災難じゃのう。他の連中にも応援を頼んで捕まえんといかんの」
「おう、そうともよ。グオン、手伝ってくれるか! お?」
何だよおっさん。
「このお嬢ちゃんがグオンが昨日言っていた『漆黒の巫女』か?」
何だよ文句あるか?
「やっぱりあいつらは詐欺師だ! こんな可愛いお嬢ちゃんにこの世を破壊されちゃあ、俺達が情けないってもんだぜ! それじゃグオン頼むぞ!」
ありゃ、走って行っちまったよ……。じゃあな、元気でなグオン。
オレに言ってくれた言葉、覚えているからね……。
「それじゃ改めて、ベリルさん世話になったね」
「こちらこそじゃ。旅の無事を祈っておるぞい」
おう、爺さんも元気で甘酢漬けをこしらえろよな。
こうしてオレ達は次の街に出発したんだ。
「ねえウキ、夜逃げした金髪教の奴らが捕まるといいね」
「ああそうだな。捕まればいいな」
ふーん。そっけないのねウキ。普段は先陣を切って追いかけそうな猟犬みたいなタマなのにね。
まあいいか。次だ次。




