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漆黒の巫女だってさ

 何がおかしいんだよサキ、ウキ!

 なにひーひー笑っているんだよ。ベリル爺さんもグオンもあっけに取られているじゃねえかよ!

「おい、グオンとやら、お前の目にはユーキが『それはそれは美しい女性』に見えるのだな? ダメだ腹痛てえ!」

 そんなに面白いか、涙目になって大笑いするほどおかしいか? ウキよ。

「何だよ! どう思うと人の勝手だろ!」

 何ムキになっているんだよグオンよ。

 って、どっちがオレの味方だったかな?

 えーっと。

 グオンがオレのことを『漆黒の巫女』だと言って、その理由が、オレに魅了されちゃったからで、それをウキは大笑いしているんだよな。

 ……。

 あれ? もしかしてグオンはオレを褒めていてくれて、ウキはオレをバカにしているのか?

 とりあえずむかついてきたから、二人に文句だけ言っておくか。と思ったけれど、姉さまに先を越されちゃったよ。


「で、グオンちゃんといったかい? ユーキが『漆黒の巫女』だから、お前がユーキに惚れたんだと納得するのはお前の勝手だよ。でもね、もしそんな与太を他人に飛ばしてごらんよ。ただじゃおかないからね」

「惚れてないよ畜生!」

 顔を真っ赤にしてんじゃねえよグオンちゃんよ。

「畜生! 俺はもう寝る!」

 あ、逃げた。おーい、まだデザートがあるぞー!


「で、ベリル爺さん。この村での『漆黒の巫女』についての評判は正直どうなんだい?」

 サキが冷静になってベリル爺さんに、そう話を振ったんだ。

「さっき言った通りじゃ。村の大半の者は『益体もない話』じゃと思っておる。それに『漆黒の巫女』の話が事実だとしても、こんなに可愛いお嬢ちゃんであるはずがないじゃろ。大体あんたらの妹ってことは、黒髪族ですらないしな。ただ、もう一つの話となると、ちょっとな」

 ベリル爺さんが言うところの『もう一つの話』というのは、この話が『黒髪族再決起』を暗示しているのではないかというもの。

「金髪族は先の大戦で黒髪族と正面からぶつかったからの。それが数十年前の話だとしても、ワシら金髪族にとっては、黒髪族の動向が気になるのも事実じゃな」

 ふーん。なんだか難しい話になってきたなあ。

 

「もしそうだとしても、ユーキを『漆黒の巫女』呼ばわりするのはやめてもらえるかい」

「それは大丈夫じゃ、後でグオンにも釘を刺しておこう」


 そんじゃデザートの準備をするかな。爺さん、酒呑むか?

「おお、酒まであるのかい」

「ユーキ、昼のをもっと濃いめでもらえるかい?」

「俺はデザートを食いたい」

 はいよ。

 そんじゃまずはカクテルから。

 タンブラーに『爽快花の花弁』を多めに入れてから、シロップを注いで、爽快花のミントのような香りが出るように、マドラーで潰してあげる。

 で、リル特製のクラッシュアイスをタンブラーに入れ、そこに蒸留酒と絶頂檸檬果汁を注ぐ。檸檬果汁の味が強すぎるのは、乳清ホエーで調整してあげる。

 これで『モヒート風エクスタシトロンカクテル』の出来上がり。

 オレにはホエーに檸檬を絞ったのだけでいいな。

 デザートは『焼きイモ大根餅』

 これはすりおろした黒芋と大根をトウモロコシ粉でつないで、丸く焼いてから冷ましたもの。どんくさい名前とは裏腹に、イモの甘さと絶叫大根雌株の甘さが上品な一品だぜ。


「ほう、これはまたさっぱりとして美味い酒じゃな。ん? これは絶頂檸檬じゃの?」

 そうだよ爺さん、香りと酸味が酒に合うだろ。

「そうじゃそうじゃ、お主たち、ちょっと待っておれ」

 そう言うとベリル爺さんは一旦部屋を出て、すぐに瓶を二本抱えてきたんだ。


「お主ら、絶頂檸檬酒を試してみんか?」

 爺さんが持ってきたのは、絶頂檸檬の果実酒ワインと、そこからこしらえた蒸留酒スピリッツだったんだ。そういえばこの村では絶頂檸檬は食べないで酒にするって言っていたな。

 まずはサキ姉さま。

「へえ、これは甘くなくてスッキリしていていいねえ。ユーキの料理に最適だよ」

 これは檸檬果実酒シトロンワインへの感想。

「こっちは打って変わって癖があるねえ。檸檬のフレーバーを残しながらも度数を強く仕上げてあるのは見事なもんだよ」

 これは檸檬蒸留酒シトロンスピリッツへの感想。

 ちなみにウキは檸檬果実酒を口に含んだときは、何だこの甘くもなんともないシロモノはという顔のしかめ方をしたし、檸檬蒸留酒は口に含んだ途端にオレに水をよこせと大騒ぎしたシロモノ。

 こりゃ、両方共オレは呑まないほうがいいな。

 味見だけにしておこうっと。

 で、結局宴会になっちまった。まあ、いつものことだな。

 ちょうどリートが頑張ってたくさん焼き菓子を焼いてくれたし、リルも果物を沢山冷やしてくれているから、おつまみには事欠かないね。あ、フルは昼間働いているんだから気にしないの。

 とりあえずクラッカーにツナやらコーンやらジャムやら白トマトやらパンチェッタやらを乗っけてカナッペにしておこうっと。


「ジジイうるせえ! 何時だと思ってんだ」

 お、グオンが戻ってきたな。寂しくなったのね。わかるわよその気持ち、うふふ。

「グオンもこれを呑ませてもらってみろ、美味いぞ」

「グオンちゃん、こちらにいらっしゃいな」

「グオン、ユーキのデザートは最高だぞ」

 三人がグオンをからかっている間に、オレはもうひとつタンブラーを用意したんだ。

「グオンちゃん、シトロンワインでカクテルをこしらえてみたの。よかったら呑んでみない?」

 畜生、最後にサキ姉さまみたいな「うっふん」をやり忘れたぜ。


 それはさっきこしらえたモヒート風の蒸留酒をシトロンワインに置き換えたもの。アルコールが弱めだから、少年にもウキの阿呆にもオススメだわ。

 って、実はオレも一杯呑んでいるんだけどな。どうも、この世界では酒については年齢も含めてなんら制限がないらしいんだ。

 一方で『煙草タバコ』の類は今のところ見たことがない。もしかしたらこの世界には煙草はないのかもしれないね。オレには関係ないけど。

 まあ、郷に入らば郷に従えってことだ。


「そんなに言うなら仕方がない。呑んでやるか」

「ほら、ここにおいで」

 サキ姉さまが自らの隣の席、そして屋台を挟んでオレの正面の席にグオンを案内したんだ。

 こちらと姉さまをちら見しながらおとなしくそこに座るグオン。

 舌なめずりをするサキ姉さま。

 あーあ。こりゃ一晩中グオンはサキ姉さまのおもちゃだわ。オレ知らねっと。


 夜は更けていく。


「で、グオンちゃん、ユーキのどこに具体的に惚れたんだい?」

「うー。全部だにょ全部……」

「お嬢ちゃんはかいがいしく働くのう。グオンの嫁に来てくれたら最高じゃのう」

「ユーキ、カクテルとあずきパイのおかわりだ。あとなベリルの爺さん、ユーキは俺のもんだからな。勝手に持って行くなよ」

「おうおう、美しい兄妹愛じゃのう」

 ……。

 しまった。酔っ払い共に場の雰囲気から置いて行かれたぜ。

 ええい、まだ遅くねえ! オレも呑んじまえ!

 止めてくれるなリート。大丈夫だリル。応援してくれよなフル。

 

 夜は更に更けていく。

 

「ゆーきしゃん、おれはにゃ……。おれはにゃ……」

「ぐおんしゃん、おねえしゃまとおよびにゃ。オレはにゃ……。沢山食べるコが好きなにょ……」

「ゆーき、ぜひジジイのところに嫁に来ておくれ……」


「ウキ、お客さん」

「はいよ姉ちゃん」


 あれ、どこかで聞いたような台詞だにょ……。

 

 気づくと部屋のベッドの上だった。

 

 隣のベッドではサキ姉さまがスヤスヤと寝息を立てている。

 いつの間にかオレは寝間着に着替えているし、いつもの通り、腹の上には呻いているウキの頭。

「ユーキ、腹減った……」

 ちなみにリルはオレの枕元、リートはオレの足元、フルはベッドの横で平然と就寝中。

 お前ら、ウキの相手をするのに飽きたな?

 仕方がねえ。朝食の準備に行くか。

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