名脇役です
まずは明日の朝食用に、絶叫大根の雄株と雌株を薄ーく輪切りにする。
そう、反対側の景色が見えるくらいに薄く切るんだよ。
で、塩でもみ洗いをしてアクと水分を抜いてから、下味をつけて一枚づつ交互に重ねてあげる。
うん、いい感じ。
こいつらは明日の朝食要員だから、おとなしくリルの冷蔵庫に入っていてもらおう。
きっと明日には美味しくなっているぜ。
で、今日の夕食な。
目の前には大根と檸檬。
コレをメインにメシを作れと言われると、非常にハードルが高い。
マジでオレ困っちゃう。
でもな、オレの手元にはあるんだよ。うへへへへ。
ああ、大根と檸檬の妖精が踊る姿が目に浮かぶわ。
「ユーキ、大丈夫かい?」
あ、ごめんサキ姉さま。ちょっと幻想の世界に入り浸ってました。
「ユーキ、今日は大根と檸檬だけなのか?」
そんなに心配そうな表情をするんじゃねえよウキ。任せとけ!
さてっと。
大根をメイン。もしくは檸檬をメイン。
そんなディナー。
うーん。
無理だな。どう考えても。
大根は一本煮が関の山。檸檬に至ってはそもそもメシにならねえ。
で、そんなの常識なのに、あの爺さんは「夕食をご馳走しろ」と言った。
なら答えは一つ。
サキ、コレを提供してもいいよね。
「ああユーキ、お前がいいなら提供してやりな。ところでね、繰り返すけれど、この世界のお前は私の妹だからね。それであくまでも通すんだよ」
うん。それは前の街でサガタスの爺さんにも釘を刺されたよ。って、オレはサキ姉さまとウキしか頼れないんだよ。
わかっているけどさ。でも、そんなに繰り返し言わなくてもいいじゃない。
「ユーキ、腹減った」
ばか。空気読めよウキ、人の気も知らないでさ……。
わかったよ。わかりましたよウキ。それじゃ頑張るとするかな。
繰り返すけれど、大根も檸檬もメインでというのは難しい。そもそも大根のメイン料理は『煮物』で、それはこの世界では普通の食べ方。
だから今日は大根も檸檬も両方共付け合せに仕立てる。『名脇役』というやつね。
まずは下ごしらえ。絶叫大根雌株の皮をむき、三センチ幅くらいの輪切りにする。そしたら両面に格子状の隠し包丁を入れてから、ほんのちょっとの岩石蜥蜴塩を入れたお湯で下茹でしてあげる。
芯までやわらかくなったら一度引き上げて、表面の水分をふき取っておく。
よっしゃ。ウキ、爺さんたちを呼んできてくれる?
「なんじゃ、もう夕食にするのかいの?」
「爺ちゃん、俺の話を無視すんなよ、そいつらはやばいよ!」
なんで爺さんと孫の喧嘩を引きずりながらここに来ているんだよ。うざいぞお前ら。
オレの機嫌は最悪。
晩飯作るのやめよっかな。オレにだって、文句をいう権利はなくても、やりたくないことを拒否する権利くらいはあるだろ?
そしたらサキ姉さまがオレの気持ちを代弁してくれたんだ。
「爺さんとそこのガキ、食事の前の騒動はごめんだよ」
ほれ、だまってそこに座ってろ。すぐにできるからさ。
手元には室温に戻したバシリスクリザードの最高級肉。
これを二つの部位から厚さ三センチくらいで切りとり、熱した鉄板の上に置く。
じゅわー。
表面は肉からあらかじめ切り取っておいた脂身から出た油で焼き色がつき、香りを漂わせる。
そしたらすぐにひっくり返してもう片面にも焼き色をつけるんだ。
その後は食べやすいようにカービングナイフとフォークを駆使して、肉をサイコロ状に切ってあげる。
このまま食べても美味しいに決まっているんだけどな。今日はベリル爺さんの面目を立ててやろう。
『バシリスクリザードサーロインのミディアムレアステーキ』
『バシリスクリザードフィレのレアステーキ』
さすがに、この肉からただよう香りにはサキ姉さまですら、あっけにとられている。
ウキやベリル爺さん、そして礼儀知らずの金髪少年は言わずもがな。
オレは鉄板の前に座る四人の前に小ぶりのプレートリーフを置き、そこにカットしたサーロインとフィレの肉を乗せてやる。
そして小皿にのせた薬味。
一つはマンドラディッシュ雄株のおろし。辛味がたっぷりな薬味。
もう一つはエクスタシトロンの絞り汁。透き通った酸味を持つ薬味。
さらに付けあわせとして、さっき下茹でしておいたマンドラディッシュ雌株の両面もバターで焼き、一口サイズに切り分けて肉に添える。
「爺さん、金髪のガキ、とりあえずこれを食べてみろ」
「ガキじゃないよ!って、え? 何だよこの肉は!」
バシリスクリザードは初めてか金髪の少年。実はオレもこないだ初めて食べたのだけどな。
「お嬢ちゃん、この肉をどこで手に入れたんじゃ!」
もらいもんだよ爺さん。
「へえ、大根のすりおろしたのも、檸檬の汁も味を変えるのにいいねえ。こりゃイスムさん達のソースにも勝るとも劣らないわ。大根を焼いたのも甘くて香ばしくておいしいよ、ユーキ」
そうでしょサキ姉さま! これも美味しいでしょ!
「ユーキ、肉のおかわりだ」
はいよウキ。大根も食えよ。
「あたしはフィレの方をもう少しだけいただこうかねえ。大根は半分だけ焼いてくれるかい」
わかった姉さま。
で、少年、お前もおかわりを食うか?
「おかわりできるのなら……」
素直でいいぞ少年。爺さんももっと食え。
イスムのおっさんたちにもらったバシリスクリザードの肉は、ウキに際限なく食わせなければ、それなりに大量にあるんだよ。目の前にいる金髪緑眼の爺さんと少年の胃袋をこれでもかと満たすくらいにはね。
いつものようにお酒をたしなみながら優雅にステーキを楽しむサキ、周りのことなんか知ったこっちゃないとばかりにひたすら食べ続けるウキ。
一方の爺さんと少年はあれやこれやと一口ごとに感嘆しながらひたすら肉と大根を口に運んでいる。
途中から少年は、鉄板上でカービングナイフを操るオレに視線を送るようになったんだ。そうだよな。このナイフとフォークは珍しいかもしれないよな。じいちゃん、こんなものまで屋台に装備していてくれてありがとうな。
さあ、もっと食え。
オレは自分もつまみ食いしながら、肉と大根を次々と焼いていったんだ。間にサキ姉さま専用の果実酒をサーブしながらね。
さて、どうだい? お腹いっぱいで動けないだろう。
「ワシにはお嬢ちゃんが悪魔に見えるぞ」
爺さんが笑顔でオレにそう言った。それは褒め言葉だ。それってオレの店の店名だし。
「畜生、やっぱりお前は『漆黒の巫女』なんだろ!」
なんだそれ?
お、サキ姉さまが反応したぞ。
「グオンちゃんと言ったかい? その『漆黒の巫女』について、詳しく聞かせてくれると嬉しいけどねえ」
姉さまから突然冷たく放たれた言葉が持つ雰囲気で、この場の空気が凍った。
グオンとやらの少年は硬直している。
「爺さん、あんたからの説明でもいいよ。で、『漆黒の巫女』って何のことだい?」
「益体もない話じゃよ」
『漆黒の巫女』が現れるとき、世界は破壊される。
という与太話が、西方からやってくる金髪教の宣教師を介して、各街や近隣村でまことしやかに語られているんだって。
『漆黒の巫女』は、その二つ名の通り、美しい黒髪と漆黒に輝く瞳を持った、それはそれは美しい女性だといわれている。
彼女はその髪の美しさで女性を魅了し、その瞳の美しさで男性をかどわかすのだという。
一説には、一度滅びかけた黒髪族の決起を意味しているのだなどとも囁かれているらしい。
酷い話だな。
「ふーん。で、グオンとやら。なぜユーキが『漆黒の巫女』なんだい?」
姉さまの言葉に静かな怒りを感じる。ここは余計なことはしないようにしておこうっと。
「だってさ、漆黒の髪に漆黒の瞳。見事な黒髪族のダブルじゃないか」
「それだけで決め付けるのかい?」
「いや……。だって……さ……」
何だ? オレの顔になんか付いているのか? こうしてみると、きれいな緑色の瞳をしているな。
ん?
なに頬を赤らめているんだよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃねえか。
「もう一度聞く。なんでユーキが『漆黒の巫女』なんだい?」
お、意を決したような表情になったな。覚悟を決めたか少年。
「俺がユーキ、いや、ユーキちゃんに……、魅了されちゃったからだよ!」
にやついているんじゃないよリート。少年に唸らなくていいからねリル。
「痛てえ!」
こらフル! 少年の足を踏むなあ!
はい耳まで真っ赤になりましたオレ。
ウキもサキも腹を抱えて笑うんじゃないよ!




