絶叫大根と絶頂檸檬
「ああん……」
「やさしく……して……」
「ダメ! そんなトコ!」
「あっ……」
何だよこれ……。
オレ達の前には果樹園。で、そこには大きなレモンのような実が、たわわに実っている。
で、ウキがレモンを収穫しようとすると、レモンが喘ぎ声をあげるんだ。
そのたびにウキがびびって手をひいてしまう。根性ねえな。
この果物、名前を『絶頂檸檬』というらしい。
何故喘ぐのかは不明なんだそうだ。ちなみに『絶叫大根』も、何で絶叫するのかはよくわかっていないらしい。
「ほれ、お嬢ちゃんももいでみな」
ん? オレは女だぞ。別に女性の声で喘がれても、屁でもないぞ。
どれどれ。
「うおあー!」
「いくぞ!」
「こうか、こうしたらいいのんか?」
「んっぎもっぢぎぎい!」
うわあ! 何だよこいつら! あーびっくりした。こんなの、思わず手を引くにきまってるじゃねえか!
って、キモいぞ。キモすぎるぞ。男ってこんな声で喘ぐの?
「ほうほう、嬢ちゃんはまだまだ子供じゃのう。そこの水髪娘はもいでみんのか?」
うわあ、この爺さん恐れ知らずだな! サキ姉さまに無茶ぶりするとは……。
ほら、一気に不機嫌そうな顔になったじゃないの。オレ知らねえっと。
「こんなのは、一気に行けばいいのさ」
うは、サキ姉さま、エクスタシトロンの実を一気に引っ張ったよ。
「んぐっ!」
すっぽん。
「んぐっ!」
すっぽん。
「んぐっ!」
すっぽん。
「ほら、次よ次!」
姉さまがすごい勢いでシトロンをもいでいくわ……。
うわあ。これはまたなんというか、一気に絶叫檸檬どもが情けなく見えてきたなあ。
どれどれ、オレもサキ姉さまを真似してみっかな。
「ウホ!」
すっぽん。
「ウホ!」
すっぽん。
「ウホ!」
すっぽん。
何でお前ら、サキ姉さまの時とオレの時と喘ぎ声が違うんだよ畜生。
あーもう、やってらんねえぜ。
「どれどれ、そんなもんでいいかの」
満足したか爺さん。
「だめぇ」
「もう我慢できない!」
「来て、お願い来て!」
ウキも檸檬一個相手にいつまでも遊んでんじゃねえよ、何顔真っ赤にしてんだよ。
いい加減にしねえと飯抜きにするぞ、ど阿呆!
ということで、オレ達は爺さんの宿に世話になることになったんだ。爺さんの荷車にはマンドラディッシュの雄株と雌株、それにエクスタシトロンが山積みになっている。
ふーん。爺さんたちは普段はこいつをどうやって食べるんだろうな。
「大根の雌株は主にそのまま煮て食べるのじゃ。やさしい甘さが美味いぞい。雄株は干して辛みを落ち着かせてから刻んで、炒めものの具にするのじゃ。肉とよく合うぞい」
エクスタシトロンは?
「そいつは食べないな。わしらはそいつから檸檬酒を仕込むのじゃよ。さっぱりしていて美味いぞい。お嬢ちゃんには果汁のシロップ割りも用意できるぞ」
へえ、お酒を仕込むんだ。って、しばらくオレ、酒は見たくねえな。
そんな会話を続けているうちに、街道の先に村が見えてきたんだ。
へえ、村といっても、結構人が住んでいそうだなあ。
村の人も普通に爺さんに挨拶をしているし、オレ達の姿を見ても、どうってことない様子。そうだよね。街道筋の村なら、いちいち旅人に珍しげな目をくれることもないよな。
「ほら、こっちじゃ」
爺さんが案内してくれたのは村の中心部にほど近い二階建ての建物。
「爺ちゃんお帰り。おや、お客さんかい?」
建物から出てきたのは若い男の子。といってもオレと同じくらいか?
髪は爺さんと同じ金髪。瞳は緑色。爺さんはともかく、この少年は正直かっこいい。
「おう。客と言っても宿客ではないがな。晩飯をごちそうになる代わりに一晩宿を提供することにしたのじゃ。おっと、自己紹介がまだじゃったな。ワシはベリル。こやつは孫のグオンじゃ。改めてよろしくな」
お、ご丁寧にありがとよ。こっちはサキ姉さまが代表だね。
「あたしはサキ、この大きいのはウキ、ちっちゃいのはユーキだよ。姉弟妹で旅をしているのさ。よろしくね」
よろしくな! って、グオンと言ったか? 貴様、オレを見つめる目が尋常じゃねえな。何だお前、喧嘩を売っているんなら買ってやるぞ!
「ちょっと爺ちゃん、こっちに来いよ!」
「なんじゃい、先にお客さんを部屋に通してからにせんかい!」
「ならさっさと案内してこいよ!」
まあ、失礼な少年ね。オレと同じくらいに見えるのに、礼儀がなっていないわね。お姉さんちょっとむかついちゃおうかしら。って、サキもウキも平然としているなあ。ウキに至っては空になったミートパイの袋を覗いてため息をついている始末だし。うん、偉いねウキ。人前で「ユーキ腹減った」と言わなくなったことはね。
「こちらの部屋じゃ。好きに使うてくれい。煮炊きは厨房を自由に使ってくれても構わんからな」
爺さん、ここで調理してもいいかい?
「おう、天井に煙抜きがあるからの。それを開けてくれれば構わんよ」
わかったぜ。
「それじゃまた後ほどな。大根と檸檬はここに置いておくからの」
おう、ありがとよ。
爺さんが部屋を出て行くと同時に、サキは衣服を緩めてからベッドを椅子代わりに読書開始。ウキはここぞとばかりに、オレに「腹へった」とまとわりついたんだ。お前、仔犬のリルにも笑われているのを自覚したほうがいいぞ。
とりあえずウキのおやつに取りかかるとすっかな。ソーセージトルティーヤとビスケットとクラッカーはとっておきたいから、手軽なものを何かこしらえるとすっか。
まずは猪肉の挽肉に玉ねぎのみじん切りと卵を加えてぐにょんぐにょんと練ってから、両手で交互にバシバシ叩いて空気抜き。続けて平らにしてあげる。
それから油をひいて煙が出るまで熱しておいたフライパンに投入!
強火で片面を焼いたら、ひっくり返して弱火にしてからふたをして数分待つ。
その間にマンドラディッシュの雄株をすりおろしてあげる。
で、肉が焼けたらプレートリーフに乗っけてやり、その上にすりおろした大根を乗せて、その上からフライパンに残った肉汁と、魚醤油をちょっとだけかけてあげるんだ。
ほれ、『ハンバーグのマンゴラディッシュソースプレートリーフ乗せ』だ。これでしばらく飢えをしのいでろ。
「ユーキ、あたしのは?」
はいはい。わかっておりますよ姉さま。
まずはエクスタシトロンを真ん中でバッサリ切ってみるか。
お、こりゃすごいね。皮が分厚くて果肉がほとんどないよ。果汁もレモンりんごより甘さが少ない、どちらかといったらライムみたいな風味だな。こりゃ見事にサキ姉さま好みの味だなあ。
となったら、アレだな。
真っ二つに切った檸檬から果肉をほじくり出して、一口サイズに切り、軽くシロップであえる。
残った皮は表面をこそげてから、細く切ってあげる。
で、グラスにリル特製のクラッシュアイス、檸檬の果肉、千切りにした皮を順番に入れ、上から飲み物用に冷やしておいた乳清を注いであげる。
「姉さま、お酒入れる?」
「少しだけね」
はいよ。それなら蒸留酒をちょっと入れて、マドラーでやさしく撹拌。
そしたらロングスプーンとストローを刺してあげる。
これで『エクスタシトロンのフローズン』ができあがり。
うーん。片や泣きそうな笑顔で肉を食らっている巨漢。片やロングスプーンとストローを優雅に使いこなしながら午後のお酒をたしなむ乙女。本当に姉弟かよこいつら。って、周りから見たらその横で料理しているオレも含めて姉弟妹と言っても、誰も信じねえかもしれねえな。まあいいか。
さてっと、それじゃ本格的に夕食の支度をするかな。並行して明日以降のおやつも追加で焼かなきゃならんしな。とりあえずウキ専用おやつ袋はいっぱいにしておいてやらなきゃ。
大根と檸檬。
うーんと。
よし、あれにしよう!




