甘いモノは正義
やっと現地食材を使用します。
この後少しずつおかしなものが登場していく予定です。
’我らが君主よ…… いつでも我らを……,
新しい朝が来た。なんか夢をみたようだけど、全く覚えてない。
『アポロス』は登ったばかり。確かサキとウキは、『斜めの刻』まで寝ていると言っていた。日本で言うと多分九時くらい。ちなみに今は多分六時くらい。
サキとウキは一回目のステージを終え、三人で食事を終えた後、二回目のステージ前にオレを宿に送ってくれたんだ。途中で市場の場所を教えてくれながら。
二人はオレに言ってくれた。一緒に旅をしようと。
二人はオレに言ってくれた。オレの料理をこれからも食べたいと。
だからオレは早起きして市場を覗くことにしたんだ。
ふーん。
市場はとっても賑やか。なんていうのかな。日本の朝市にいるじいさまやばあさまを、荒くれ男とセクシー熟女に入れ替えたような、朝っぱらからスタミナ満点な雰囲気。
並んでいる野菜や果物は、初めて見るようなものばかり。でも、いくつか昨日の炒めものに入っていた野菜もあるかな。
肉のところはとっても豪快。イノシシの鼻がでっかくなったような生き物の頭が、そのまま並んでいる。それは並の女子高生なら卒倒モノ。
良かったぜ。じいちゃんに鶏の絞め方を叩きこんでおいてもらって。
お、『棒パン』だ。へえ、市場だと1本五十エルなんだ……。って、昨日の店、二倍の値段で転売かよ!
でもクセがなくて使いやすそうな食材だったよな。
次に見つけたのは、『かめ』をたくさん並べた店。ばあちゃんがニコニコしながら店番している。
へえ、何かの蜜かな? ばあちゃんが柄杓で、かめから『とろ~りとしたの』を、お客さん持参の壺に注いで渡してる。
香りでわかる。あれは絶対甘いぜ!
「百エルだよ」
安いな。
あっちでは何かの卵。
その場で殻を割って焼いている。
「玉子焼き、百エルだよ!」
ふーん。普通の卵っぽいわね。
「ねえ、卵のままだといくら?」
「五十エルさ」
さすがに卵は日本のほうが安いか。
「ぶもーう」
うわ! 驚いたぜ。
鳴き声の元は、日本の牛の二倍はあろうかという、やっぱり牛。いや、水牛かな。
様子を見ていると、水牛から直接乳をしぼって、ここでもお客さんが持参した壺に入れているみたいだ。
「ほい、これなら五十エルってとこか」
……。
これだ!
オレは宿に走って戻った。
じいちゃんが言ってた通りだった。
市場で買ってきた『でっかい水牛』の生乳を『バターメーカー』でぶんぶん振ってたら、日本の生クリームと同じくらいの早さで分離した。『ホエー』と『バター』に。
うふふふふ。
待ってろよサキ、待ってろよウキ。
「何だい? このいい香りは」
サキが部屋から出てきた。
「甘い香りだなあ。食欲をそそるぜ」
ウキも部屋から出てきた。
「おはよう! 朝ごはんだよ」
オレは二人が出てくる時間に合わせ、料理を焼き上げ、二人の部屋の前で、うちわで仰いでいたのである。
場所を宿の食堂に移し、オレは二人の前に会心の作を並べてやる。
「水牛の乳と棒パンのフレンチトースト、ばあちゃんのよくわからないシロップ掛けだ!」
「うわあ……」
サキが目を細めてくれる。
「うめえ!」
ウキが一気に皿を空にしてくれる。
香りにつられてやってきた宿の主人はオロオロする。
どうだ驚け!
先に馬番のおっさんにも、おすそ分けしたのは内緒だ。
「で、ウキ、これならいくらで売れると思う?」
「ベースは棒パンだけど、このカリカリねっとりした感触は初めてだ! 少なくとも一本五百エルは行けるぜ!」
よっしゃ。
「なら、今日はこれを売ることにするよ」
「そうかいそうかい。でさ……」
皆まで言うなサキ姉さま。
「おかわりをすぐに焼いてきますね!」
オレは忘れない。サキとウキの輝く瞳を。
オレ達は馬車置き場まで移動した。と、馬番のおっさんがものすごい笑顔で寄ってくる。
「おう、嬢ちゃん、美味かったぜ! 次は金を払ってでも食いてえよ!」
ああ嬉しい。こんなに喜んでくれるなんて。頑張らなきゃ。
「なあ嬢ちゃん、儂にも作り方を見せてもらっていいか?」
オレに声をかけてきたのは宿の主人。
「いいわよ!」
ここはこう答えるのが『いい女』ってもんだろうよ!
まずは棒パンを水牛の生乳に卵を溶いたものに漬ける。日本だと一昼夜漬けると美味いと書いてあったりするけど、すまんな。オレはじいちゃんの孫だ。細かいことはどうでもいい。
次に、フライパンに、さっきこしらえた水牛のバターを落とす。今回のポイントは、このバターがやさしく焦げる香り。
「ああ、この香りだったのかい」
「これだけで棒パンスープ三杯はいけるな」
いかなくていい。
フライパンが温まったら、生乳を吸った棒パンを乗せていく。
じゅわー。
両面がカリッと焼きあがったら、仕上げは、『ばあちゃんのよくわからない甘いシロップ』だ。
「はい、おかわり完成!」
サキとウキ、そしてなぜか馬番のおっさんと、宿の主人も、うまいうまいと食べてくれた。
結局オレはそれを三度繰り返した。
「ああ、美味しかったよ」
「ユーキは天才だな」
うえへへへ。
「なあ嬢ちゃん、このレシピを教えてくれないか?」
え?
何言ってるのおっさん。
「あんたら、あと五日はこの街に滞在するんだろ?」
そうなの?
オレの目線に頷くサキ姉さん。
「三人分の宿泊料と交換でどうかね」
「売ったよおっさん!」
オレはサキとウキが止めるのを振り切り、宿のおっさんにレシピを売ることにした。何故なら、この料理はこの街の食材だけでできるから。
オレがおっさんを騙すことにはならないから。
「その代わり、店で出すのはオレたちが出て行ってからにしてね」
「当然だ!」
商談成立。オレはサキとウキがこの街でステージに立っている間、『デーモンロード』で『フレンチ棒パン』を売り、その後はこの料理をこの宿の名物にする。
オレはおっさんとがっしり握手をした。
その日の公園では、サキとウキの公演を楽しんだ後、オレの『フレンチ棒パン』をかじる街の人々で賑わったんだ。
午後はサキとウキと一緒に、公園で『デーモンロード』を営業するんだけど、夜は『この世の天国亭』のステージがあるから、一緒に営業はできない。だからオレはできるだけ市場を巡るようにしているんだ。
それは食材だけじゃなく、調味料や燃料を探すため。
宿屋の厨房は『藁』と『薪』だった。しっかりしたかまどなら薪でも問題ないけど、屋台で薪は危なすぎる。
練炭か豆炭みたいなのがあればいいけど、どうもこの街には、炭火文化はないらしい。
「だから炒めものと煮もの中心になるのか」
火力の調整ができないなら、一気に調理するかじっくり火を通すかの二択しかない。
困ったなあ。
食材は、街の人がおやつにしているという小魚を干したものとか、色はパブリカだけど、中身は玉ねぎやじゃがいものような楽しい食感のものとか、『びろびろん』で、どこに生えてんのか得体が知れないけれど、生でも食べられる葉っぱとか、創造力を働かせるには楽しい物ばかり。
でも、肝心の『燃料』、そして『冷水』がない。
「明日の朝食と屋台は『でか鼻猪』ミンチのバター炒めを、よくわからない出処の葉っぱで包んだのにしよう」
オレはなるべく火と水を使わない料理を思い浮かべながら、買い物を続けた。
まさか、誰かに路地裏に連れ込まれるなんて全く思わずに。