いろいろとおかしいと思います
次の街はどんな所なのかな。
って独り言をつぶやいていたら、ウキが変なことを言い出した。
「この街道には変わったモノがあるからな。楽しみにしておけ」
何だろう。ねえサキ姉さま。何だか知ってる?
「あたしゃあんまり好きじゃないけどねえ。ユーキならツボにはまるかもしれないね」
何だよ二人とももったいぶってさ。
「お、ユーキ、草スライム見っけ」
ウキは平和だなあ。
ちなみに草スライムは浜スライムと違って、そのままだと青臭さが残るのだけど、製麺機を通してから、バシリスコ入りの熱湯で湯がいてあげれば、青臭さはよい香りに変わるんだよ。そうしたらリルの氷水で締めてあげる。これで浜スライムの爽やかさとは一風違った、ふんわり草原の香りが漂う「草スライムそうめん」の出来上がり。
いつものように魚醤油と出汁、シロップとすりおろしレモンりんごの二種類でつるつるっといただきます。
うん、ちょうどいいおやつになったね。残ったのは軽く干してから刻んで、シロップを吸わせておこう。
そんなこんなでのんびりと続けていた旅をぶち壊したのは、突然響き渡る絶叫。
「ウギャー!」
「ギャース!」
「ギギャー!」
うへえ、何だこの叫び声は! 大虐殺でもやっているのかい! ねえサキ、ウキ、どうしよう!
「お、近くなってきたかな」
何よウキ、その楽しそうな顔は。
「相変わらず騒々しいねえ」
何よサキ、そのどうでもよさそうな顔は。
人が死んでいるのかもしれないのよ! いや、もしかしたら拷問かしら。あんなことされたりこんなことされたりしてたらどうしよう! ねえサキ、ウキ、どうしよう!
「泣きべそかくんじゃないよ。ウキ、ユーキを案内してやりな。あたしゃここで留守番をしているからさ」
え? もしかして拷問の場所に行くの? 『のこぎり引き』とかやらされちゃうの? オレにはちょっと無理なんですけど……。
「よしユーキ、行ってみるか」
なにワクワクしてんのよ! この人でなし!
「行かないのか?」
……。
「行く……」
「ほら、ついてこい」
ということで、オレはウキに右手を引っ張られながら、街道から外れた荒地に入って行ったんだ。
「うぎょぎょぎょーん!」
「ぐるどべうわわーん!」
「べろべろべりゃーん!」
何か絶叫が人外の様相を呈してきたぞ。ヒトってあんな声で嘆くことができるのね。って、何よこの目の前に広がるのどかな光景は?
そう、オレの前に広がっていたのは畑。
「爺さん、精が出るな」
「なんじゃお前ら、こいつが欲しいのか?」
爺さんはウキの挨拶にそう答えながら、地面から緑色の草を引き抜いたんだ。
「あびょべにょーん!」
うわあ! 何だあれ!
叫び声をあげていたのは、引き抜かれた白い物体だったんだ。
「ねえウキ、あれってなあに?」
「あれは『絶叫大根』だ。面白いだろう?」
え? 『マンドラゴラ?』 それって、引き抜くときの叫び声を聞いたらショック死しちゃうんじゃないの?
「アホかお嬢ちゃん。マンゴラディッシュを抜くたびにショック死していたんじゃあ、ワシは一生のうちで数万回は死んでおるぞ」
「すまんな。この娘はアホの子でな。しかし見事なマンゴラディッシュだな」
いつの間にか近くに来た爺さんが手にしていたのは、ぼんきゅっぼんがセクシーポーズをとっているようなモノと、マッチョがポージングをしているようなモノの二本。見た目はまんま大根だわ。
「ほれ、この辺をかじってみい」
どれどれ。このねーちゃんの足先みたいなところをかじればいいんだな。
「キャー!」
うはあ! 大根が叫びやがったあ!
ええ! 何? 何なの! これってもしかしたら生きているの?
何笑い転げているんだよウキ。爺さんもしてやったりの表情をしているんじゃねえよ。
「こいつはマンドラディッシュの『雌株』じゃ。こいつは往生際が悪くてな。抜いた時と、最初に料理した時の二回叫ぶんじゃ。もう大丈夫じゃよ。で、味はどうだったかいの。甘くなかったか?」
うう……。味なんか覚えてねえよ。
「ほれ、もう一回かじってみい」
爺さん、騙したらここにオレの精霊獣を全力で召喚するからな。覚悟していろよ。って、いつの間にかサキとリル、リート、フルもいるじゃねえか。何笑っているんだよお前ら。
いいさ。かじってみるさ。
さくっ。
お、おお? これはやさしいわ。梨っぽいというのかな。ほんのりジューシーなのに身がしっかりしているね。
「それじゃこっちの『雄株』もかじってみい。ちなみに雄株は抜いた時の一回しか叫ばんから安心せい」
本当だな爺さん。騙したらフルに爺さんを蹴らせるからな。って、目をそらさないのフル!
どれどれ。
さくっ。
お、叫ばないね。
うーんと。
……。
ああ、辛い、辛いわ……。
これってじいちゃんがお手製の『蕎麦』の薬味にしていた辛味大根にそっくりよ。
何だよ爺さん、その意外そうな顔は。オレが可愛らしく「きゃあ辛いわ!」とでも叫ぶと思ったか。残念だったな。
「なあそこの兄ちゃん、このお嬢ちゃんは味覚がおかしいのか?」
「こいつはアホの子だが味覚は確かだぞ」
「ほう。ということは雄株の美味さを理解したということか。大したもんじゃ」
褒めるなよ。照れるぜオレ。
「ならばお嬢ちゃん、この雄株と雌株は、どうやって食べたら美味いと思うかいの?」
うお、爺さんいきなり試験かよ。
うーん。こうかな。
「雄株はすりおろして肉とかの味付けに使うと、大根の辛味が食材の甘みを引き出して美味しそうだよね。それから干したら辛味が良い感じに落ち着いて、いいおかずになりそう。雌株の方は、まずはコトコト煮て食べたいよね。絶対甘くなるもの」
何だ爺さんその顔は?
「何じゃそりゃ? そうすれば美味くなると思うのか?」
何じゃそりゃじゃねえよ。何だその疑わしそうな目は。やって見る価値はあるぜ。
「ああ爺さん。この娘は料理が得意でね。マンドラディッシュを見るのは初めてだけれど、調理についちゃ、そうそう外れた回答にはなっちゃいないだろ?」
お、嬉しいフォローをしてくれるなサキ姉さま。
何だ爺さん、文句あるのか?
「逆じゃよ水髪の乙女よ。この娘が言っていることはほぼ正解じゃ。よくもまあ『雄株は干す』まで辿り着いたもんじゃよ。面白い連中じゃの」
機嫌良さそうだな爺さん。
「あんたら、この先の村で宿を探すつもりじゃろ?」
「ええ、そろそろ村に行かないとね」
「なら、ワシのところに泊まるとええ。馬車を格納できる部屋もあるからの」
へえ、爺さんは宿も経営しているのか。
「いいのか爺さん」
「その代わりと言っては何じゃが、もう一箇所の収穫を手伝って欲しいのじゃ」
「もう一箇所って、もしかしたら『アレ』かい?」
アレ?
「この辺の名産と言ったらマンドラディッシュと『アレ』しかないぞ」
何だよサキ、その嫌そうな顔は。
何だよウキ、その恥ずかしそうな顔は。
「仕方ないかねえ。乗りかかった船だし。その代わりユーキの料理にそいつらを使わせてもらってもいいかい? ユーキも料理してみたいだろ」
うんうん。あの大根はきっと美味いぞ!
「ワシとワシの孫も食事にご相伴させてもらえるのなら、宿代はいらんぞ。こんな田舎では食うことくらいしか楽しみがないからの。ユーキちゃんといったか。お嬢ちゃん、ええかの?」
ほう。そうかいそうかい。そんな気軽なことを言っていると、オレの高級食材砲が火を噴くぜ!
「それじゃこっちじゃ」
オレたちは爺さんの荷車の後について、畑に縫われた道を進んだんだ。
その先に見えるのは果樹園のような風景。
「あそこじゃ。それじゃ頼むぞい。兄ちゃん」
「俺か!」
何をどぎまぎしているんだよウキ。
何意地悪そうな笑みを浮かべているんだよ爺さん。
何を呆れているんだよサキ姉さま。
何で楽しそうなんだよリート、リル、フル!
って、そこは最低な果樹園だったんだ。 主にウキとオレにとって。




