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さらばリタイアメントキャッスル

 さあ、『リタイアメントキャッスル』最後の朝が来たぜ。

 今日でこの街とはお別れだ。『混成生物ハイブリッドクリーチャー』ともしばらくお別れだ。

 というのは、『椰子実海老ココナッツロブスター』は腐りやすいし、『鳥鼠チキンマウス』は、肉質ごとに保存方法が異なるので、ハイブリッドの楽しい味を維持することができないから。

 だからオレはいつもの様に猪の肉をリル冷蔵庫行きと塩漬と塩釜焼き、見つけた赤身の魚はリル冷蔵庫行きと油漬け、生棒パンは種をとって麺にしてから灰汁アルカリ処理をして油であえて、それぞれ数日は持つようにするんだ。常備菜大事だよね。特にチルド肉はウキ専用朝食肉、別名『ウキ肉』でたんまり用意しておかなきゃならねえ。

 

 昨日バッターワームのビスケットは大量に焼いておけたし、レモンりんごのマーマレードと、ベリーのジャムもたっぷり仕込めた。

 滞在中に寝かせておいた生乳からも生クリームがたっぷり取れたし、リルが頑張ってくれればこれで数日は問題なく過ごせるよ。

 

 ということで、朝食は何にしようかなあ。

 アホウキのおやつでミートパイとソ-セージトルティーヤはいつでも温めなおせるように大量に仕込んだし、ビスケットも沢山ある。

 とくれば、やっぱり今のリタイアメントキャッスルでしか食べられないものよね。

 リート、リル、フル、出かけるわよ。護衛をお願いね。

「にゃん」

「わうん」

「ぶるる」


 ということで、オレが向かったのは早朝のホテル街。たしかここにいるはず。

 

 オレが向かったのは一件の宿。

『死ぬほど呑んでも死なない亭』

 素晴らしい宿名だぜ。

 

「おはよう、誰かに用か?」

 カウンターのおっさんがオレに親切に声を掛けてくれる。

「カメの精霊獣を抱えたおっさんに、約束のものを持ってきたと伝えてくれる?」

 なんだよその顔は。

「お嬢ちゃん、そういう言い方は下品だと思うぞ」

 そうか。

「なら、イスムのおじさんを呼んでください。おっさん」

「おっさんじゃなくてお兄さんな」

 わかったよ。次はそう呼ぶよ。

 

「おうおう、朝早くから元気じゃう!」

「ユーキちゃんといったか? 何やら美味いもんを持っているそうじゃな!」

「どれどれ、ちょっと見せてみい」

 ありがとよダヤのおっさん。食って驚けキストのおっさん。これだよイスムのおっさん。

「ほうほう。これが皮の材料か」

 おう、ほんでな、水で戻した後に具を詰めて茹でるとこうなるぞ。ほれ。

 オレはソーセージトルティーヤを三本出しておっさんたちに渡したんだ。

「サブロベエにちょっと炙らせれば、多分絶品の味になると思うよ」 

 おっさんどもの驚く顔が心地いいぜ。

「この透明なウニョウニョが、この皮になるのか?」

 おう。だけどこれはスモールフィールドでアベルたちが名物にしているからな。元祖は名乗るんじゃねえぞ。

「どれ、ちょっと炙ってみるか」


 ……。

 パキッ!

 ……。

 

「参ったお嬢ちゃん。約束じゃ。これを持っていけ」

 うは、やったぜ!

 オレが手に入れたのは、最高の『岩石蜥蜴バシリスクリザード』の肉の塊なんだ。

 そう、オレは酔っ払う前に、イスムのおっさんに「実は徘徊蔓ワンダラーバインの蔓皮も食えるんだよ」と教えたやったんだ。

 でもこのおっさん。信用しないでやんの。

 ということで、もしワンダラーバインの蔓皮が食えるのを証明したら、バシリスクリザードの肉をもらえることになっていたんだ。

「こりゃ美味い。ならオレの分も持っていけ」

 うは、気前がいいなダヤのおっさん。

「おう、バシリスクリザードの肉でこれが食えるなら十分だ。ワシのも持っていけ!」 いいのかキストのおっさん?

「ああ、これは参った。ユーキお嬢ちゃんがバシリスクリザードの肉でも何か面白い料理をこしらえてくれるのを楽しみにするとしよう。これも持っていけ」

 え? これは何?

「これは『岩石蜥蜴塩バシリカリ』じゃ。バシリスクリザードの肝を乾燥させてすりつぶしたものじゃよ。お嬢ちゃんなら、こいつがどれだけ料理に役立つかもわかるじゃろう?」

 うお! そうか!

 酸性の反対はアルカリ性だものね! それにもしかしたら発泡性もあるかも!

 少なくともこれで灰汁をガシガシ混ぜる必要がなくなったわ!

「ありがとう!」

「どういたしましてじゃ。そいつはバシリスクリザードの石化治療薬にもなるからの。お前の兄ちゃんが調子こいて石化したら、それをふりかけてやるがええ」

 うは、ありうるかもしれねえな。ホント、繰り返すよ。ありがとう!

 

 フルの背負鞄にはたっぷりのバシリスクリザード肉。岩石蜥蜴塩バシリカリ付き。

 予想以上の大収穫だぜ。

 これだけ贅沢な肉が手に入って、朝食が貧相というのもあり得ねえな。

 ってことで、あれにしようっと。

 

「ユーキ、一人で出かけるのもいい加減にしておきよ」

 ありゃ、サキ姉さまの機嫌がちょっと悪いや。 

「ごめん、イスムさんのところに約束のものを届けてきたんだ」

「そうかい。悪気があるとは思っていないけどね、あたしとウキにとっては、お前に声を掛けられて起こされるのより、お前がひどい目に合うほうが嫌なんだ。それだけはわかっておくれ」

 うん……。

 やっぱり昨日のゲロ事件でサキ姉さまは怒っているのかな。ごめんよ姉さま。

「ユーキ、何だこのうまそうな匂いは! すまん、おはよう!」

 ウキは相変わらずだな。

 

 牛の濃厚さと鶏の柔らかさと豚の甘さを持っている『バシリスクリザード』

 こいつを朝食にするには何がいいか。

 オレが思いついたのはこの料理。

 

 二つの鍋に湯を張り、片方には酸性のバジリスコを少し入れる。もう片方には小魚の干物。

 で、両方共沸騰させないギリギリで食材を投入するんだ。

 酸性の方には、わざと鍋の中でおたまを回転させ、お湯を対流させた中心に、お椀に割り入れた卵をやさしく流し入れる。そうすると卵の黄身が白身をその身にまとうように固まっていくんだ。


 そして次。小魚で出汁をとった方には定番野菜を細切りにしたものを入れ、野菜の食感を残しながら旨味を出汁に移していく。

 で、両方共、火が通るギリギリで引き上げる。そう。これで『ポーチドエッグ』と『温野菜』の出来上がり。

 そしてメイン食材。

 小魚の出汁と野菜の甘味が出た汁に、バシリスクリザードの薄切りを通してあげる。

 そう。しゃぶ、しゃぶ、と。

 肉がピンク色に染まったら完成。

 今日の朝食は『バシリスクリザードのしゃぶしゃぶ半熟卵と温野菜添え』だあ!

 

「ユーキ、何でこの卵はフワフワとろとろと固まっているんだい?」

 酸の力だよサキ姉さま。理屈はよくわからないや。

「ユーキ、肉が甘いぞ、野菜がうまいぞ、もっとくれ!」

 わかっているよ。ウキが朝から肉を食うのはさ。たくさんもらっってきたから思う存分食え!

 

 ああ、美味しかった。


「お腹いっぱいだねえ」

「食休みしてから出かけるとするか」

 そうだねサキ、ウキ。オレもバシリスクリザードが美味すぎてたらふく食べちゃったよ。

 残ったふた塊はリルに頼んでリル冷蔵庫で保管してもらおう。これを塩漬けとか塩釜焼きというのはもったいなさすぎるよ。


 そんな感じでしばらく至福のとき。

「それじゃウキ、ユーキ。出かけるとするかね」

「ああ、サキ姉」

「わかったよ、サキ姉さま」

 オレたちは『リタイアメントキャッスル』の門に再び戻って、今度は出発の列に並んだんだ。

 そしたら聞き知った声。

「よう、ユーキちゃん達。あんたらはこっちだろ」

 あ、衛兵のおっさんだ。おっさんが管理している場所には列がないけれど、そっちに行ってもいいの?

「君ら、『永久滞在証』を授与されているだろ? ならこっちの『住民受付』で処理できるさ」

 へえ、そうなんだ。それじゃ行こうよサキ、ウキ。

 順番はすぐに回ってきた。受付さん。これでお願いね。

「ほい、いらっしゃい。ユーキお嬢ちゃん。名前は右から書くのじゃぞ」

 なんでここにいるんだよ前領主で官憲の爺さん!

「ワシの名前は『サガタス』じゃ。覚えておくが良い。それからな、サキとウキは信用するんじゃぞ。爺さんとの約束じゃ」 

 何言っているんだジジイ。いきなり自己紹介しやがって。

 あとな、サキとウキはオレの姉ちゃんと兄ちゃん……だ! 文句あるか!

「元気じゃなユーキ。そのまままっすぐ行くんじゃぞ」

「ほらユーキ、後列の邪魔だよ。そんな爺さんの相手をいつまでもしているんじゃないよ」

 わかったサキ姉さま。でも最後のあいさつはさせてね。


「サガタス爺さま、ありがとう!」

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