ハイブリッド三種盛り
ザゼルのおっさんに教えてもらった『一角汁』と、イスムのおっさんに教えてもらった『岩石蜥蜴酢』によって、オレのレパートリーは格段に広がったんだよ。一角汁は味噌のような風味で、いろいろな料理に使えるし、これまで酸味はレモンりんごの果汁に頼っていたけど、バシリスコの強烈な酸味のお陰で、これからは揚物や焼物に絡める以外にも色々とできそうだ。
二人とも「沢山あるから遠慮なく持っていけ」って、二リットルは入りそうな壺に一杯ずつ分けてくれたし。有難いわ。まあ、オレも在庫処分で『徘徊蔓汁』を分けてやったんだけどな。
「それじゃユーキ、明日の朝には次の街に出発するからね。買い出しを済ませておくんだよ」
わかったよサキ。
「ユーキ、腹……」
皆まで言うなウキよ。今日のオレはあなたに感謝モードだからね。とりあえずミートパイをたくさん焼いておいたから食え。ほら、袋ごと持っていきな。
嬉しそうな顔で袋の中を覗いているよ。このアホイケメンは。
さてっと、それじゃ『リタイアメントキャッスル』の最終日だし、今日の夕食は『混成成物』で締めるとするかな。
ということで、オレは定番食材を買い込んだ後、あれを買いに行ったんだ。残念ながらバッターワームは日持ちがしないらしいし、年中餌の葉っぱを食べさせていないとすぐ死んじゃうらしいから、次の街まではお預けなんだ。
ホント、生棒パンといい、バッターワームといい、日持ちがしなくて困るぜ。
それじゃリート、リル、フル、帰るよ。
「おやユーキ、今日の夕食はそれかい?」
あ、読書の邪魔をしちゃったかな。ごめんねサキ姉さま。
「いや、そんなことはないさ。そうだね、せっかくこの街にいるんだから、そいつも食べておきたいね」
そうでしょそうでしょ。
サキ姉さまがいう『そいつ』とは、『鶏鼠』
前半分が鶏で、足から後ろが鼠という、四足歩行に羽が生えた『ハイブリッドクリーチャー』のこと。
初日にレストランで食べた時に、胸肉と脚肉、腹肉の味の違いを楽しめた食材なんだ。
今日は時間もないから、一匹丸ごとではなく、あらかじめバラしてあるのを買ってきたのだけどね。
今回選んだのは、胸のところの『ささみ』のような肉。それから繋ぎ目のおなか側に当たる『鳥モモ』と『鼠バラ』の部分、もう一つは背中側の『鳥手羽』と『鼠ロース』の部分。
さて、それじゃ始めるかな。リート、リル、頼むわよ。
まずは『鳥手羽鼠ロース』の部分。これは煮切った魚醤油とユニコーンソース、それに各種スパイスを揉み込んで、ボウルに寝かせておくんだ。
次に『鳥モモ鼠バラ』の部分。これはモモの骨をそのまま生かしてあげる。
ここの部分はブラウンソースと少量のバシリスコ、それにシロップを加えて、これも漬け込んであげる。ある程度漬かったら、表面を軽く拭いてから、リートが待つオーブンへ直行。こいつはじっくりと焼いて上げるんだ。
最後に『ささみ』これは酒とお湯でさっと茹でてから冷ましておくんだ。
ここでちょっと手が空くのでデザートの準備を始めるんだ。
昨日の残りのバッターワームを一口サイズに薄く何枚も焼いてあげる。で、焼けたらリルにお願いして粗熱をとっておくんだ。
次に用意するのは水で戻したちっちゃな豆。これを灰汁を取りながら煮てあげる。そして豆に火が通ったら一旦煮汁を捨てて、シロップと少しの塩を加えてまた煮るんだ。この時はヘラで豆を押しつぶすようにして煮ていき、シロップの水分を飛ばす。
で、鍋の中でまとまったら幅広の皿に広げて、これも粗熱を取ってあげる。
そう、これは『つぶあん』
これを薄く焼いた二枚のバッターワーム焼きで挟んであげれば『どら焼き』の完成です!
「香ばしい香りがするなあ……。腹減った」
お、ウキも起きたかい。それじゃ最後の仕上げをすっかな。
あらかじめ薄切りにした白トマトを皿に並べ、その上に刻んだ青菜と細く割いた『ささみ』一緒に置いてあげる。
こいつには魚醤油としょうがにんにくをすったもの、砂糖と塩、そこにほんのちょっとの『徘徊蔓汁』を加えてピリ辛に仕上げたソースをつけあわせるんだ。
これで一品目、『棒棒鶏』の出来上がり。
次に油を熱して、漬け込んでおいた『鳥手羽鼠ロース』の肉にコーン粉をまぶし、からりと揚げてあげる。これで一個で二つの味が楽しめる『混成唐揚』の出来上がり。ユニコーンソースの風味が楽しいぞ。
最後の料理もオーブンの中で良い香りを立てている。そう、これは『混成焼肉』
バシリスコの酸味が食欲をそそるぜ。
よし、完成だ! サキ、ウキ、夕食にしようよ!
「はいよ。これはまた豪勢だねえ」
「おお、肉づくしではないか!」
付け合せは生棒パンのクレープを用意したから、これで食べてね。
「はい、邪魔するよ」
ん? 誰か来たな。って、偉そうな官憲の爺さんじゃねえか!
「ほうほう、狙い通りじゃな。どれどれユーキお嬢ちゃん、ワシにもご馳走してくれんかの?」
爺さん、来るときはあらかじめ言えよ。足りなくなっちゃうだろ! って、何を持ってきたんだい。
「三人に昨日の賞品じゃ、ほれ」
爺さんがオレたち三人に手渡してくれたのは、『リタイアメントキャッスル』での『永久滞在証』だったんだ。
「これがあれば保証金なしでいつでもこの街に出入りできるからの。お嬢ちゃんも自分の名前をちゃんと書けるように練習しておくのじゃぞ」
へえ、ゴールドカードみたいなものかな。
「ちなみに本人認証の術式が彫り込まれておるからな」
本人認証?
「特殊な魔道具で本人の容姿をこのカードに彫り込むのじゃよ。ちなみに他の都市でも身分証明証として使用できるからな。重宝じゃぞ」
へえ、そんな大層なものをもらってもいいのかしら。
「ユーキ、もらっておきな」
「まあ、あれば便利なものだからな」
って、二人共このカードの存在は知っていたのね。でも、あんまり関心がありそうじゃないなあ。まあ、いつものことか。
「ほうほう、今日はチキンマウスづくしかい。美味そうじゃの」
爺さん、当たり前のようにオレの隣りに座ってオレのフォークで食いだすんじゃねえよ。仕方ねえなあ。
まずはクレープを手にとって、野菜とささみを乗せてあげる。そうしてから特製ソースをさっとかけて、クレープを畳んであげるんだ。
「ほれ爺さん、こうすると美味いぞ」
「すまんのうお嬢ちゃん。ほうほう、野菜のサクサクと肉の柔らかさがよいのう。ソースのピリ辛も刺激的じゃぞ」
お、嬉しい事言ってくれるじゃねえか。
次にオレはハイブリッドローストの表面を骨にそって切ってやる。こうすると縦半分が鶏のもも肉、もう半分が鼠のバラ肉になるんだよ。表面はソースで茶色くカリカリになっている。対して裏側はしっとりとしたピンク色。
これを皿に取ってやるんだ。
「ほら爺さん、こうして食べると味の変化が楽しいぞ。ウキにも今切ってやるからな」
「大盛りだ」
わかっているよ。
「こりゃ丁寧な仕事じゃのう。表面と裏面のカリカリとしっとり、あっさりした鶏肉からこってりした鼠肉への移り変わりも楽しいのう。こってりした中の酸味も良いアクセントじゃ」
そうだろそうだろ。
それじゃ、唐揚げも取ってあげるね。
「ほうほう、これまた甘辛い下味が利いておるのう。こいつも肉の変化を楽しめるの」
と、こんな感じでこの街最後の夕食は進んだんだ。
「さてユーキ、今日のデザートはなんだい?」
「ミニどら焼きだよ」
「ユーキ、小さいぞ」
「その分たくさんあるからな」
「こりゃ優しい甘さじゃの。豆を甘く煮るというのも風変わりじゃな」
結局この爺さん、最後のどら焼きまで食っていった上に、どこで聞いてきたのか、焼き置きしておいたプレーンビスケットとココナッツビスケットもお持ち帰りしやがった。
そんな情けない顔をするなウキ。ココナッツフレークはまだまだたくさんあるからな。明日出発前に焼き貯めしておいてあげるからね。
そんなに嬉しそうな顔をするんじゃないよ。ホントわかりやすいな。




