たたかいおわって
「バッターワーム焼きの在庫、ここで三十枚を超えましたので終了です!」
司会のおっさんが宣言した声が響く。
「トーベンさん四十枚 リリンさん五十五枚 ウキさん五十四枚。よって、優勝はリリンさんです!」
歓声に包まれる会場。そりゃそうだよな。赤髪の巨人と水髪の巨漢を、ぼっんきゅっぼんの金髪お色気お姉さんが制したんだものな。
お姉さんおめでとう!
そしたら、テーブルに突っ伏す赤髪の巨人さんを置いたまま、ぼんきゅっぼんのお姉さんとウキが席を立ち上がり、オレのところに来たんだ。
「ねえお嬢ちゃん。最後に冷たいデザートを一品お願いできるかしら」
「ユーキ、バッターワームにはもう飽きた。肉焼いてくれ肉」
はあ?
こいつら、際限ねえな。用意しておいてやるからまずは表彰のステージに行って来い!
笑うなイスムのおっさん、ザゼルのおっさん!
結局オレたちは余った三十枚のバッターワーム焼きにシロップとかで工夫をこらしてお客さん達に配り、リリンさんにはサキ姉さま用に多めにこしらえておいたホイップクリームとカッテージチーズをまとわせたフルーツ、ウキにはいつもの肉を焼いてやったんだ。
「これはサキちゃんがオススメするわけだわね。ユーキちゃんのデザートは最高よ」
サキちゃん? あれ? リリンさんはサキ姉さまを知っているの?
「当たり前でしょ。そうじゃなきゃあたしはステージを譲ったりはしないわ」
???
よくわかんねえ。
「それでは皆の者、本日最後の演目、芸能部門三グループの共演じゃ!」
ステージ上で官憲の爺さんがそう叫び、続けて場内は静寂に包まれたんだ。
……。
それは言葉で表すことができない。
楽団のメンバーは、あえて皆同じ楽器、バイオリンのようなものだけで演奏をしている。
ハーモニーもリズムもない。俺が知っている言葉でいうならそれは『ユニゾン』
ああ、リリンさんが大食いの席に来た理由がわかった。
多分目の前で繰り広げられているサキ姉さまの姿。あそこに普段はリリンさんがいるのだろう。
悔しくないのかなという俺の疑問も杞憂。
リリンさんは俺の横でフォークを握りながら動きを止めていた。ステージを見つめながら。嗚咽を漏らしながら。感動の涙を流しながら。
そして終幕。場内は再び静寂に包まれる。
官憲の爺さんが『競技会』の終了を宣言するも、誰も動こうとしない。
すると爺さんがわざわざ反対の場所にいるオレ達のところに歩み寄ってきたんだ。
「さあ、これから二次会じゃ!」
同時に爺さんがオレの頭をくしゃくしゃと撫でる。
わかったよ! たくさん食べていってくれよ!
イスムのおっさんもザゼルのおっさんも在庫一掃ノリノリだぜ!
こうして『競技会』は終わりを告げたんだ。
オレの心に様々な出会いを残してくれて。
夜は更けていく。
「これでいいのじゃろうな」
「これしかないでしょうね」
なにか聞こえたような気がしたなあ。何だか物騒な話だったよな。
って、あれ? オレ、いつの間に宿に帰ってきたんだ?
「にゃあ」
「わん」
「ぶるる」
うん、みんないるよね。
「腹減った」
???
なによこのお腹のあたりにのしかかって来る重さは。
「ユーキ、腹減った……」
何だこの通り一遍の寝言は。
えーっと、リート、リル、フル、ちょっと説明してくれる? さすがのオレも色々と慣れてきたからさ。ここで叫ぶ訳にはいかないよね。
なになに? 昨日の二次会でオレがリリン姉さんにお酒を飲ませられたんだって?
そしたらオレが酔っ払っちゃったんだって?
もしかしてオレ、誰かに言い寄っちゃったのかしら。もしかしてウキにアプローチしちゃったとか? それってオトナの恋?
何よフルその目は。
え? 違うの?
ええ? マジなのリル……。
うええ……。
それはさすがに謝ったほうがいいよね。そうよねリート。ウキの好物を用意しに行こうってあなたの提案は当然だわ。そうね。それが最低限の大人のお詫びね。
ということで、オレはオレの腹の上にうつ伏せになって死にそうな声で腹減ったと寝言をこいている大男から逃れて、その背中に毛布をかけてあげてから、朝食の準備を始めたんだ。ごめんよ、オレにはお前をベッドに抱え上げてやるのは無理だからさ。それで許してね。
ふーん。サキもウキも相当飲んでいたんだ。それじゃここはザゼルさんからもらった『一角汁』の出番かな。
まずは小魚でダシをとり、一旦濾したら、買い置きのジュエル貝の干物を細かくしてからさっと洗って、鍋に入れてあげる。ああ、優しい干物の香りがうれしいな。
ジュエル貝が戻ったら、そこに刻んだパプリカイモを投入。イモが柔らかく煮えたら、火を止めて『ユニコーンソース』で味付け。最後にネギを散らす。
これで『貝とイモのお味噌汁風スープ』の出来上がり。
付け合せの生棒パンは、油を使わず、オーブンであえて表面だけ温めてあげるんだ。
さあ、そろそろ日も高くなってきた。サキ姉さまとウキを起こすかな。
「ユーキ、相変わらず美味しいねえ」
そうでしょサキ姉さま。
「ユーキちゃんの料理は朝食でこそ真価を発揮する、と豪語したサキちゃんの言葉、理解したわ」
え? それは照れるなあ。
でも、なんでそこにいるんだリリン姉さん?
「ユーキ、これはこれで美味い、だがな、だがな!」
わかっているよウキ。今日のオレはウキの下僕だからさ。すぐに専用肉を焼いたげるからな。
「お嬢ちゃん、もう一杯おかわりじゃ!」
官憲の爺さんもいつの間にか混じっているんじゃねえよ。
どうも昨日、オレは宿まで送ってくれたウキの背中に、盛大に『ゲロ』を吐いたらしいんだ。
さすがのリート、リル、フルも、その時の俺を止めること叶わずだったらしい。
でも、ウキは何事もなかったように平然とオレをおんぶしたまま、宿まで帰ってくれたんだって。
途中でオレのゲロまみれの姿を嘲笑する連中に、『俺の妹に喧嘩を売るなら俺が代わりに買うぞ』ってあしらいながらさ。
……。
だからオレは朝から張り切っちゃったんだよ。これが乙女の心と思いねえ!
『いもうと』って言ってくれるだけでもうれしいさ……。って、オレ何言ってるんだ?
ところで、リリン姉さんと官憲の爺さん、お前らここで何してんの?
「お主ら、明日にはこの街を出て行くのであろう?」
知らねえよ。
「私の用事は済みましたから。あ、ユーキちゃん。サキちゃんに聞いたけれど、ユーキちゃんはとても美味しい昼食をこしらえるとか。ぜひあたしたちコミックショウ一座にも、ご相伴をお願いできないかしら?」
ん?
サキ姉さま、いいの?
「ああ、五人前ほど、こないだのお弁当をこしらえてやることではできるかい?」
なら、どうせならオレ達の昼ご飯とリリン姉さんに持たせる五人前、それから官憲の爺さんに二人前持たせようか。それで十人前だし!
「ああ、ユーキ、頼むよ」
わかった姉さま!
昨日の夕飯はイスムのおっさんがバシリスクリザードの串焼き、オレがココナッツロブスターのハイブリッド、ザゼルのおっさんもココナッツロブスターの爪がメイン。その後はバッターワーム焼きがメインだったよね。
なら、やっぱり今日はあっさりしたのがいいかな。生棒パンも種取りにたくさん消費したいし。
まずは生棒パンでパスタをこしらえる。今日は細麺に仕立ててあげるんだ。
別鍋にはさっき戻した『ジュエル貝の乾物』。使う戻し汁はほんのちょっとだけ。それとは別に戻した身を薄く切ってあげる。
冷めても美味しく食べたいから、極力『脂』は使わない。
それじゃリル、お願いね。
リルが冷やしてくれたボウルにまずはジュエル貝を戻した汁を少しだけいれる。
次に茹で上がったパスタを湯切りしてボウルへ。
急に冷めて互いにくっつきあいそうになるのをジュエル貝の汁であえてやる。
粗熱がとれたらジュエル貝の身を混ぜ込み、『岩石蜥蜴酢』を注意深くふりかけてから青菜とネギを散らして完成。
まずは官憲の爺さん、リリン姉さん分を容器に取り分ける。オレ達の分はリルが冷やしておいてくれるから問題なし。
「ジュエル貝のバシリスコ冷製パスタだ! あっさり酸っぱくてきっと美味しいぞ!」
やめろバカそこで食うな爺さん、こっちを味見させてやるからよ!
リリン姉さん、これでいいか?
「ええ、良いおみやげを貰ったわ、ユーキさん」
さん付けありがとな。姉さん。




