ものさしがあれば勝負はできる
お客さん達が主菜を食べ終わり、そろそろデザートというところで、前領主の官憲の爺さんが再びステージにあがったんだ。その間にオレ達は案内のおっさんどもと一緒に、爺さんの頼みごとを始めるべく、準備を進めたんだよ。
「皆の者、ワシは先ほど『芸術に順位などつけられぬ』と申したが、だから何も無しというのも、つまらんと思わんか?」
お客さん達、きょとんとしちゃっているよ。あの爺さん、前置きが長いなあ。
「しかし、一本の『ものさし』があれば、順位がつくのも必然である。違うか皆の者!」
えらそうだよ官憲の爺さん。
「なのでワシは芸能部門と料理部門の出場者達に提案し、一つのイベントを行うこととした」
おいおいどーすんだよ。お客さん達、何かものすごく『高尚』なイベントが開催されると勘違いしてるに違いないよ。
「それでは、選手入場!」
そしたら、芸能部門に参加していた楽団のおっさんとおばはん達が、ステージの横で威勢のいい曲の演奏を始めたんだ。
「まずは楽団を代表して赤髪族の巨漢『トーベン』選手の入場!」
するとステージの袖から、ウキよりもさらに頭一つでっかい赤髪の巨人が現れたんだ。うへえ、強そう!
「続いてはコミックショウを代表して金髪の乙女『リリン』入場!」
うひょー! ぼっきゅんぼっきゅんだぜ! サキ姉様よりも凹凸が激しいぜ! とろんとした青い瞳と真っ赤な唇がなまめかしいぜ!
「最後は姉弟舞踏から水髪の益荒男『ウキ』の入場だあ!」
うは、ウキの野郎ノリノリだぜ! ポージングもバッチリ決まったぜ。
お客さん達もヒートアップしてきたな!
みんな、いったい何が行われるのか興味津々の表情だ。もしかしたらバトル? 肉弾相打つバトルなのかしら!
「お嬢ちゃん、何じゃそのアホの子のような顔は?」
「先ほどご隠居が何を行うのかおっしゃっていたでしょう? バトルではありませんよ」
わかっているよイスムのおっさん、ザゼルのおっさん。でも、なにかこう燃えねえか?
しっかし、官憲の爺さん、もったいぶってんなあ。
「それでは明確な『順位』をつけよう。競技は『大食い』じゃあ!」
一斉にわき上がるお客さん達。お前らも好きだなあ。
それじゃおっさんたち、オレ達も始めるか!
オレたちは仮設厨房に設置された三つの鉄板に並び、早速準備のための焼きを開始したんだ。
材料はバッターワーム生地をお玉一杯。重さは五十グラムくらいかな。これを鉄板に垂らし、お玉の背で厚さを揃える。これを同時に一人四枚くらい焼くんだ。
薄めに伸ばしたそれはすぐに表面に気泡がプツプツするから、急いでひっくり返して焼き目をつける。それで出来上がり。
お客さん達も『お題』がわかったようだな。
「競技種目は『バッターワーム焼き』じゃあ!」
うは、爺さんそれ以上興奮すると血管が切れるぞ。
息子の領主さんもそう思ったらしく、ルール説明は領主さんがしたんだよ。
まずはとにかく食べる。で、ギブアップで終了。
制限時間はないけれど、オレたち三人が焼くバッターワームの在庫が三十枚を超えたら、そこで終了。その時点で一番たくさん食べた人が優勝なんだって。
あらかじめイスムのおっさんとザゼルのおっさんとは焼き加減について打ち合わせをしてあるので、オレたち三人の焼きスピードはほぼ同じに保たれるんだ。
オレたちが二回目の焼き終了、つまり二十四枚のバッターワーム焼きを貯めたところでオレたちも焼きを一旦停止。バッターワーム焼きは一枚づつ皿に乗せられ、綺麗な姉さん三人が仮設厨房とお客さん達の間に用意されたテーブルにそれを運ぶんだ。
そこにはお客さんの方を向いた巨人の『トーベン』さん、お色気満点の『リリン』さん、そしてアホのウキが並んで座っている。
あーあ。背中からも伝わるぜ。絶対あいつ満面の笑みを浮かべているだろうってさ、アホ面で。
「それでは競技開始!」
爺さんの号令とともに、三人は勢い良くバッターワーム焼きを食べ始め、オレたちも焼きを再開したんだ。
観客席からどよめきが伝わる。
そりゃそうだよな。何だあいつら……。
「おかわり!」
「おかわりくださいな!」
「おかわりだ!」
早いよお前ら。あっという間に在庫の二十四枚が数を減らしていくぜ。
こりゃオレたちもちまちま四枚ずつ焼いている場合じゃないかな。
イスムのおっさんもそう感じたらしく、鉄板から目を離さないままオレたちに声を掛けたんだよ。
「ザゼルさん、お嬢ちゃん、一回の焼きを六枚に増やすぞ!」
「了解しました!」
「わかったよイスムおじさん!」
オレたちもフル回転。そして会場内はバッターワームの甘い香りでみるみる包まれたんだ。
ここまでで、巨人さん十枚、お姉さん八枚、ウキ六枚。
あの野郎、絶対味わいながら食べてやがるな。
「ユーキ、次は肉をくれ!」
ど阿呆、今はメシじゃねえ、競技中だ!
お客さんから笑いを取っているんじゃないよ!
ほれみろ、官憲の爺さんがオレたちを、『アホの子兄妹』って紹介し始めたじゃないか!
巨人さん三十枚、お姉さん二十六枚 ウキ二十枚。
おや、巨人さんのペースが落ちてきたようだな。三十枚だと一キロ半というところか?
でもあの巨人さん、水を飲み過ぎだぜ。あんなんじゃ腹の中でバッターワーム焼きが膨らんじゃうよ。
そしたらお姉さんが手を上げたんだ。
「味を変えるために、ジャムか何かをご用意いただけませんか?」
お姉さんの言うことはもっともだな。さすがに甘いホットケーキだけじゃ飽きるよな。
でも衛兵のおっさんたちは困った様子。そうか、ジャムは材料のところになかったものね。じゃあオレがサービスすっかな。
「衛兵のおじさん、オレの屋台に行ってみてよ。仔犬のリルがジャムの壺を教えてあげるからさ、それを全部提供するよ!」
「おお、ありがとうユーキお嬢ちゃん。お嬢ちゃんのジャムは美味しいから、競技が長引くかもしれぬな」
笑顔でおっさんが嬉しい事を言ってくれたよ。
よっしゃとばかりに、オレは手を休めないでリルに念を送ったんだ。
「ユーキさんから、『レモンりんごのジャム』と、『ベリーのジャム』をご提供いただきましたので、こちらをお三方にお届けします!」
衛兵のおっさんがお客さん達にそう説明したら、ウキの野郎がまたやりやがった。
「ユーキ、バターもだ」
おっさん、すまんがバターも持って行ってやってくれ……。
ほのぼの笑うなお客さんたちよ。
巨人さん四十枚、お姉さん四十二枚、ウキ四十枚。
「うう……。ギブアップだ……」
ついに巨人のおっさんはギブアップ。
一方お姉さんはペースが落ちることなく黙々と食べ続けている。ウキもバターでブーストがかかったのか、お姉さんに猛追を始めたんだ。
「どれどれ、バッターワーム焼きの余裕も出てきたことだし、嬢ちゃんのジャムとバターの味見をしてみるかの」
何でもありだな官憲の爺さんは。この権力者め。
淡々と時は流れる。
お姉さんもウキもペースは全く落ちない。
オレたちは相変わらず六枚焼きを続けたんだ。
さすがに観客席の皆さんも飽きてきたかな。そりゃそうか。きれいなお姉さんと彫りの深いアホ男が黙々と食っているだけだもんな。
でも、レギュレーションだとオレ達の在庫が三十枚を超えるまでは終了できねえしな。
「ザゼルさん、お嬢ちゃん、あの二人にとどめを刺すぞ!」
さすがイスムのおっさん。バッチリ場の空気を読んでいるぜ。
「秘技、八枚焼きじゃあ!」
「了解です」
「わかったよ!」
さすがのリリン姉さんもウキも、オレ達の二十四枚同時焼きで止めを刺されたんだ。
ざまあ。




