コーポレートキュイジーヌ
「ふぉっふぉっふぉ。こりゃええぞ」
どれどれ、イスムのおっさん、ちょっと味見させてみな。
へえ、こいつは美味いや! こりゃお客さん達も驚くぜ!
「こちらも下ごしらえは終わりましたからね。名脇役は任せて下さい」
こちらもちょっと味見。うーん。ほっとする味だね。
ホント、ザゼルのおっさんは仕事が丁寧だな。
「じゃ、オレのも味見してみる?」
「ほうほう、こりゃ女性陣が喜びそうじゃ」
「この組み合わせは珍しいですね。盲点でしたよ。それにこの艶と香りがいいですね」
そうだろそうだろ。
よし、『合作料理』の準備完了だぜ。
会場から三回目の拍手が聞こえてきたタイミングで、案内のおっさんがオレ達の部屋にやってきたんだ。
「いやはや、これはこれは……」
驚いたかおっさん。だけどこれだけじゃねえからな。
「それでは、芸能の部『フリー』が終了いたしましたので、『コーポレートキュイジーヌ』の準備を始めて下さい」
オレたちは案内のおっさんの後を屋台を引きながらついて行ったんだよ。
「ほう!」
「あれはすごいな!」
「これはワイルドですね!」
会場のお客さん達がまず注目したのは、イスムのおっさん。
おっさんの屋台には、巨大な肉塊がでっかい串に刺されて横倒しになっているんだ。
肉はおっさんの左にあるハンドルを回すとゆっくりと回転するんだよ。
そして肉の下には『遠赤外線亀』のサブロベエが鎮座している。
イスムのおっさんは特製ソースを刷毛で塗りながら肉を回転させていくんだ。
直火と違ってサブロベエの出す熱は遠赤外線だから、表面をカリっとさせるとともに、肉の内部にもどんどん火を通していくんだよ。
一通り全体にソースを塗って、表面が焼けたら、それをイスムのおっさんがでっかいナイフでこそげ切っていくんだ。これは『ドネルケバブ』とかに近いかな。
ソースの香ばしい香りが堪らないぜ。
ザゼルのおっさんは、たっぷりの白トマトを煮込みながら、色々な野菜で飾り切りを始めたんだ。
このおっさんの担当は『サラダとスープ』なんだよ。
すげえな。色々な野菜が花の形に薄く薄く刻み込まれていくんだ。もともとこのおっさんは飾り切りを得意にしているのだけど、今回のレギュレーション『メイン一種』で、技を使うのは諦めたらしい。
だからかもしれないけど、ザゼルのおっさんは楽しそうに皿の上にサラダの花畑をこしらえているんだ。
これには女性陣がため息をついている。
きっと皆の目の前に並んだら、その緻密さにさらに声も出なくなるぜ。
で、オレなんだけど、とりあえずバッターワームのホットケーキを三十枚焼いたんだ。
これはあまりに当たり前の料理なので、誰もオレには注目していない。
ふっふっふ。まだ誰もオレの秘策に気づいていないな。
それじゃリート、サブロベエにはできない料理を始めましょ!
オレが用意したのは、様々な多肉の果物を一口サイズに切ったもの。おなじみのレモンりんごにベリー、バナナみたいなのや洋梨みたいなの。キウイみたいなのやパイナップルみたいなのもあったんだよ。
そしたら中華鍋にバターを溶かし入れてあげるんだ。
バターが溶けたら、一気に果物を中華鍋に放りこむ。
そして鍋を振ってバターを素早く果物に行き渡らせたら、すかさず俺は『蒸留酒』を取り出して鍋に注いだんだ。そして鍋を斜めにしてあげる。
で、ここからがリートの出番。
「リート、最大火力!」
「にゃうん」
中華鍋が一気に炎に包まれる。で、その炎は蒸留酒に引火するんだよ。
ぶおっ!
中華鍋が青白い炎を巻き起こす。
当然お客さんたちからは驚きの声が響き渡るんだぜ。
これは『フランベ』
フランベは『炎』がなければできない技術。こうやって一気にアルコール分を飛ばし、蒸留酒の旨みだけを果物に纏わせるんだ。
お客さん達も、もしかしたらフランベの技法は知っているかもしれないけど、生で見る炎の迫力には圧倒されるからな。パフォーマンスバッチリだぜ。
最後にシロップを回し入れ、中華鍋をふるってフルーツに絡めれば完成。
よっしゃ、驚くお客さんの視線が心地よいぜ。どうだオレのフランベは!
「すごいなあの娘は、あの小さな身体であんな大きな中華鍋を自在に操るのか!」
「なんという力だ!」
そっちかよ……。
まあいい。そう、オレの担当はデザートなのさ。
これでオレ達の『コーポレートキュイジーヌ』が完成だ。
前菜はザゼルのおっさん担当『季節の野菜飾り切りサラダと白トマトのポタージュ』
皿の上に広げられた野菜の花畑と、丁寧に裏ごしされて滑らかな舌触りの白いスープが最高だぜ。
主菜はイスムのおっさん担当『猪肉のトリコロールソース』
ちなみにトリコロールソースというのは、すりおろした野菜果物にシロップ、塩で味付けしたベースソースに、ザゼルさんの『一角汁』イストさんの『岩石蜥蜴酢』オレの『徘徊蔓液』 この三種類を少量ずつ使用した、イストのおっさん特製のソースなんだ。
柔らかな甘味と鼻に抜ける酸味、最後にピリリと残る辛味がヤミツキになるぜ。
デザートはオレが担当『バッターワームホットケーキ フルーツカラメリゼ添え』
シロップを纏ったフルーツたちが宝石のように艶やかに輝いているんだ。甘くて酸っぱくてこれは美味いぞう!
オレ達の力作が次々とお客さん達の前に運ばれていく。
その度にあちこちで称賛とため息が聞こえるぜ。
って、あれ? 官憲の爺さんじゃねえか。どうした爺さん、突然ステージに上がって?
「皆の者よ、ここで皆に知らせがある」
何だ爺さん、偉そうだな。
おや、領主さんも背筋を伸ばしているな。もしかしたら爺さん、偉い人なのか?
「今回の『コンテスト』の直前に、ある人物から進言を受けたのじゃ。『芸術や料理は競えども順位をつけるものではないのではないか』とな」
さっき案内のおっさんもそう言っていたな。
「言われてみればもっともな話じゃ。先程の料理についても、披露されたステージについても、あれだけ異なるものをどうやって一つの物差しで測れるものよとな」
お客さん達が黙りこくっちまった……。
「そこでワシはここに宣言する。今回のコンテストに『順位』はつけぬ。見よ皆の者、目の前に広げられた美味そうな料理は、順位をつけるためにしかめっ面をしながら食すものであると思うか?」
言うじゃねえか爺さん。
お客さん達もあちこちで賛同しているな。そりゃそうだよな。オレも褒められるのはうれしいけれど、順位はどうでもいいって言えばどうでもいいし、って、これってサキが言っていたことだよね。
「それでは皆の者、目の前の料理を、神と料理人に感謝しながらいただこうではないか!」
爺さんの号令とともに、お客さん達は一斉に料理に飛びついたんだよ。
「このサラダの繊細さといったら、食べてしまうのが惜しいですわ」
「ポタージュの優しさで、食欲を増してしまいますわね」
「なんだこの肉の味は! 初めての味だぞ!」
「何という複雑怪奇なソースじゃ!」
「フルーツの酸味と周りのカリカリした甘さが最高だよ!」
「このバッターワーム焼きの甘い香りは一体何だんだ!」
バッターワームホットケーキには、生地に『ココナッツオイル』を香りづけにちょっとだけ入れたんだ。独特の甘く香ばしい香りがホットケーキの風味付けに最高だぜ。
みんなが楽しそうに食べてくれてうれしいな。イスムのおっさんもザゼルのおっさんも上機嫌だ。
お、爺さんどうした?
「お嬢ちゃん、イスムさん、ザゼルさん、ちと協力してほしいのじゃがな」
ん? 何でおっさん二人は緊張した面持ちなの?
「何でもおっしゃってください先代殿」
先代殿だと? イスムのおっさん。
「何なりとお申し付けくださいませ。御隠居様」
御隠居様だと? ザゼルのおっさん。
オレも何か言わなきゃな!
「水臭いなあ官憲の爺さん。とりあえず何をして欲しいのか言ってみろよ!」
何だよおっさんども、そのあきれた表情は! まさかこの爺さんが前の領主だって落ちじゃねえだろうな!
「そうじゃよユーキお嬢ちゃん。ワシは前領主で今は隠居をしながら官憲のまねごとをしている爺さんじゃ」
図星だったぜ。
こら爺さん、馴れ馴れしくオレの頭を撫でるんじゃねえ! 緊張してきたじゃねえか!
「で、協力してほしいというのは、こういうことなのじゃが」
そりゃ面白そうだな隠居のじーさん。
ん? 『隠居のじーさん』じゃ不満か?
「そんなじじむさい呼ばれ方は不愉快じゃ。官憲の爺さんでいいぞ」
そりゃすまなかったな爺さん。
わかったよ、協力するよ!




