まもなくコンテスト
「それじゃユーキ。ちょっと出かけてくるからね。昼までには戻るよ」
わかったわサキ姉さま。お昼は何がいい?
「サクサクのピザがいいかな。トッピングはお任せするよ」
わかった。焼いておくね。いってらっしゃい。
こちらは『バッターワームの体液』ですね、ユーキ先生。
はいそうですね。でも、バッターワームの体液という表現ですと、ちょっとお肌に泡が立つ方もいらっしゃるかも知れませんので、これからは『バッターワーム生地』と呼ぶことにいたしましょうね。
さすがはユーキ先生。視聴者様へのお気づかいが素晴らしいですね。ところでこちら、まんまホットケーキミックスですね。とろとろしていますね。ユーキ先生。
そうですね。片やこちらには『ユニコーンコーンの粉末』がございますね。こちらも名称が長いので今後は『コーン粉』と呼ぶことにいたしましょうね。それではバッターワーム生地にコーン粉をふるい入れて混ぜてみましょう。ええ、固さの調節です。塩も少し入れておきましょうね。こちらは自然な甘さを引き立てる役目があるのですよ。
素晴らしいアイデアですねユーキ先生。
はい、こうして固さを調整してあげたら、薄く延ばして重ねてを何度か繰り返して一口サイズに切ってあげましょうね。ポイントはたっぷりの打ち粉ですよ。
はい、わかりましたユーキ先生。それでは次はリート先生の出番ですね。
「おい」
……。
うわ、びっくりした! って、なんでここにいるんだよウキ! サキ姉さまと出かけたんじゃなかったのかよ!
「先に帰ってきたんだよ。お前、とうとう頭がおかしくなったのか?」
「もしかして見ていたの?」
「ああ、体液うんちゃらのあたりからな」
しまった。ウキに『一人お料理番組ごっこ』を見られてしまった……。
やべえ、顔が赤くなるのを自分でもわかるわ。 ああん、どうしよう! とりあえずは口止めだな。
「ねえウキ、姉さまには内緒にしておいてよ。おやつをあげるからさ」
「ああ、こんなつまらん話をしてもサキ姉に叱られるだけだからな。ところで、その美味そうなのは何なんだ?」
お、これは買収成功かも。
ウキ、ちょっとそこで焼きあがるまで待ってな。それじゃリート、お願い。
ウキ、正座をして待てとは言っていないけどな。
さてっと、ウキもおとなしくなったことだし、次はジャムでも煮るかな。
そうそう、昨日市場でイチゴみたいな実をたくさん見つけたんだ。味はイチゴよりちょっと酸味が強いかな。面倒だからまとめて『ベリー』と呼ぶことにしたんだ。ちなみにお値段はボウル一杯で二百エル。お得だね。
「ユーキ、いい匂いだな」
そうだろそうだろ。楽しみにしていろよ。さて、そろそろ焼けたかな。
今焼いているのは『ビスケット』
固いのじゃなくてサクサクの方なんだよ。まずはプレーンで焼いてみたんだ。
ほれ、熱いぞ。
「おお! これはパイとはまた違った、程よい固さのサクサクだな! これはいくらでも食えるぞ!」
美味いか? うんうん。
甘さはバッターワーム生地由来だけだからな。クリームやジャムが合うんだぜ。
街を出たらバッターワーム生地はしばらく手に入らなくなっちゃうから、焼き菓子を多めに焼いておくことにしたんだ。
次の生地は、伸ばしてから、切る前に表面にシロップを塗り、その上から『ココナッツフレーク』をまぶしてあげる。で、四角く切り揃えるんだ。
さらに次の生地は塩気を強めにしたうえであえて生地を固めにしてあげる。
これで『プレーンビスケット』『ココナッツビスケット』『クラッカー』の出来上がりさ。ウキの阿呆が際限なく食うからな。たくさん焼いておこう。
ほれ、クラッカーにレモンりんごのマーマレードを乗っけてみろ。美味いぞ。
幸せそうな顔をして食い散らかしてんじゃねえよウキ。
「それじゃサキ姉を迎えに行ってくる。ところで、相手先の土産にこれを包んでもらってもいいか?」
へえ。手土産とは気がきくねえ。って、サキ姉さまは誰かに会いに行っているのね。
それじゃプレートリーフにいくつか乗っけてやるから、カゴに入れて持って行きな。
さてっと、ベリージャムも煮えたことだし、サキ姉さまリクエストのピザでも仕込むとするかな。
「ただいま」
「帰ったぞユーキ」
おかえりサキ、ウキ。もうすぐピザが焼けるところだよ。
「あら、よい香りですわね、ユーキ先生」
……。
はあ?
「ユーキ先生、今回のお料理は何かしら?」
なに噴き出してんだよ二人とも! 畜生ウキ! 喋りやがったな!
「あんな面白い話をしなかったら俺はサキ姉に折檻されてしまうからな」
「そんなに怒らないで下さいましユーキ先生」
あーもう! 耳まで熱いぜ。
もうお前ら昼飯抜きな! 俺は怒ったぜ! 畜生涙目になってきたぜ!
「すまなかったユーキ。昼飯抜きは勘弁してくれ」
うるせえお前は一生飯抜きだウキ!
「ほらほら、これくらいでべそをかいてんじゃないよ。冗談が通じない子だねえ」
ぽすんっ。
喚いているところをサキ姉さまの両腕に捕らわれてしまった……。
ああ、姉さまの抱っこと心音が心地よいなあ。
ってことで、結局オレはサキ姉さまの胸で転がされちゃうんだよな畜生!
仕方がねえ。深呼吸でもして息を整えるか。強気が一番だからな。ということで……。
「はい二人とも注目!」
今日のピザは『パンチェッタとソーセージ』『ツナと青菜』『レモンりんごとベリー』だ。
しょっぱい方にはイモと玉ねぎとトマトも乗せてあるからな。野菜も食え。
甘い方はシロップがカラメル状に固まっているからな。やけどしないように気をつけて食え。
うん。肉のヤツは二枚焼いておいて正解だったな。一枚はウキに独占されちゃったよ。
ところでサキ姉さま、どこに行ってきたの?
「ああ、この街に知り合いがいてね。そうそう、ユーキが焼いてくれたお菓子を先方はとても喜んでくれたよ。ありがとうね」
そっか。よかった。
午後はいつものようにサキは読書、ウキは昼寝。オレはコンテストの最終準備に入ったんだ。
リルに冷やしておいて貰った『椰子実海老』の肉を室温に戻しながら、大量にこしらえたココナッツミルクを、今日使う分以外は全部大鍋に入れてリートの炎で煮込んだんだよ。
こうして煮込んであげると、ココナッツミルクはだんだん分離してくるんだ。
ゆっくりゆっくり煮ながら、分離した不純物を網ですくいとってあげる。
「ユーキ、腹減った」
お、起きたか。すまんウキ。ちょっと手が離せないから、そこの籠に入れてある焼き菓子を好きなだけ食べてくれるかい。ジャムとマーマレードとクリームとチーズの壺はリルのところにあるから、サキ姉さまのところに持っていってくれい。
「ユーキは何をこしらえているんだい?」
「ココナッツオイルだよ」
そう。今俺がこしらえているのはいわゆる『ヴァージンココナッツオイル』
料理はもちろん、スキンケアに絶大な効果を発するオイルなんだ。買うと高いしな。
まあ、日本じゃ生のココナッツを手に入れるほうが難しかったけどな。
材料があるなら自分でこしらえるのが一番だよ。
「それじゃそろそろ時間かね。ウキ、準備はいいかい? ユーキ、リート、リル、フル、出かけるよ」
あ、もうそんな時間か。すぐに準備するよ。
リートは休憩しててね。リルは申し訳ないけどオイルが冷めるのを見ていてくれるかな。フル、行程は任せたよ。
リルは屋台の上でオイルの温度管理。フルは屋台を引っ張ってくれる。ということで、オレは久しぶりにリートを抱っこしながらコンテストの会場まで歩いていくことになったんだ。
「にゃあ」
へえ、今日はサキ姉さまじゃなくてオレの腕の中でいいのかいリート。
「わうん」
「ぶるん」
キミたち、喧嘩はコンテストの後にしてくれよ。




