試練を乗り越えよ
「でも意外だったねえ。『徘徊蔓』や『薬膳熊』やらを平気な顔してバラしていたユーキが、まさか『衣芋虫』で卒倒するなんてねえ」
そう言ってくれるなサキ姉さま。誰にでも苦手なものはあるのだよ。
熊やら猪やら鶏やらと目があっても『お命を大切にいただきます』と思うだけだし、魚や海老や蟹に至っては『美味しそう』としか思えねえ。
そういえば爺ちゃんが言っていたなあ。
「女性たちがGちゃんをキャーキャー怖がる一方で、冷静に見つめればそれよりグロい海老や蟹を手づかみで平気な顔をして食べるのはおかしいと思わんかユーキ。なぜGちゃんは怖くて海老や蟹は怖くないのか。それはな、Gちゃんが怖いのは『食えない』からだ。海老や蟹が怖くないのは『食える』からだ」
弱肉強食
そう。まずオレがしなければならないのは『バッターワーム』は『食いもの』であると認識すること。さすれば壁を乗り越えられるであろう。って、もうバッターワームの店に着いちゃったよ……。
「それじゃユーキ、まずは一匹分でいいな?」
よろしく頼むよ、ウキ。
ぐちょ。
……。
うにょんにょん。
……。
うええ……。
「たっぷり絞れたぞ」
ありがとうウキ。さようならバッターワーム。それじゃ食うぞ! 食ってやるぞう!
……。
大丈夫かなオレ……。
ということで宿に戻ったオレたち。そろそろウキのお昼寝タイム。
「ユーキ、腹減った」
待っていろウキ、オレの予想が正しければ、お前の大好物がもう一品増えるはずだ。
それじゃ頼むねリート。
まずは背の高い鍋にオイルシード油を注ぎ、火にかける。
油を熱っしている間に何本かのソーセージを串に刺しておく。
鍋のふちには菜箸を縦横に十字になるように渡しておくんだ。
で、いい感じで油が熱くなってきたら、壺に入ったバッターワームの体液にソーセージをドボンと漬け、くるくると体液を絡めたあと、それをゆっくりと油の鍋に差し入れるんだ。で、油の中で少し回して表面を軽く揚げ固めた後、串の先をクリップで菜箸に留めておく。
十字にした菜箸のそれぞれにクリップで串を止めてあげれば、小さな鍋でも一度に四本を揚げることができるんだ。
その間にワンダラーバインソース少々とレモンりんごを、大海蛇のタンシチューから野菜をコトコトと継ぎ足し継ぎ足しして煮詰めておいたオレ秘伝のブラウンソースに加えて、特製ソースをこしらえる。
よっしゃ。
「へえ、変わった形だねえ。この甘い香りはバッターワームかい?」
そうだよサキ姉さま。
それは串の先にこんもり茶色く膨らんだ塊。
『アメリカンドッグ』の完成だよ!
「ソーセージとバッターワームはこんなにも合うのか!」
「サクサクふわふわだと思ったら、ソーセージのパッキンパッキンと強い味が来てきて楽しいねえ」
「ユーキ、この甘辛いソースもバッターワームに合うぞ!」
よしよし、思った通りだ。ケチャップとマスタードはそのうち何とかしよう。
バッターワームの体液は明らかに卵で溶いたコーン粉よりもふわふわに膨らんでいるんだ。
これはベーキングパウダーのような成分が体液に含まれているからだと思う。ならばこの料理もありだろうな。
フライパンを熱してバターをひいてから一度濡れふきんの上で冷まし、そこにシロップをざっくりと混ぜ込んだバッターワームを流し込んであげる。
ふっふっふ。表面がこんもり膨らんで気泡がぷつぷつして来たぜ。
これをひっくり返して焼き色をつけてあげれば、『バッターワームホットケーキ』の出来上がりだよ。
せっかくだからバターを乗せて、シロップを掛けてシンプルに仕上げてみよう。サキ姉さま、これも食べて見てよ。
「さすがユーキだねえ。バッターワームは焼いて食べることにも気付いたかい」
ありゃ。やっぱりこの世界じゃこれは常識だったか。確かに揚げる代わりに焼くだけだものね。
でもいいや。これでさらにレパートリーが増えるぞ。『ふくらし粉』バンザイ!
「ユーキ、アメリカンドッグのおかわりだ」
「あたしも焼いたのをもう一枚もらおうかねえ」
二人とも美味しそうに食べてくれる。バッターワーム一匹分なんかぺロリだね。
うーん。オレ、あの芋虫が怖くなくなったかもしれない。
ということで、ウキのお昼寝中にオレはサキにお願いして、一人と三匹だけで、もう一度昆虫市場に出かけさせてもらったんだ。
「おじさん、この場でバッターワームを絞ってもいいかい?」
「ああ、構わんよ」
よっしゃ。無機質な表情の芋虫よ。これからお前はオレたちの血肉となるんだよ。
バッターワームの美味しさを知ってしまったオレにとっては、この無機質な表情も『美味しそう』のサインとなったのだよ。
「ところでおじさん、そこの茶色い芋虫はなあに?」
それは衣芋虫より一回り小さい芋虫。そこから放たれる香りから、なんとなーくこいつの正体はわかったような気がするけど。
「ああ、こいつは『蜜芋虫』だよ」
やっぱり……。
でも、おっさんの話によると、ハニーワームの体液はそのままだと水っぽいので、大量の料理に使用するのでなければ、こいつの体液を煮詰めたシロップを買った方がいいらしい。
但し煮詰めるにはそれなりの技術がいるそうなんだ。
そっか。スモールフィールドの街でばあちゃんがシロップについて教えてくれなかったのは、材料じゃなくて製法を教えたくなかったんだね。
謎が一つ解けたわ。
それじゃ市場でフルーツと定番食材を買って帰ろうっと。フル、頼むわね。
「お帰りユーキ。バッターワームは平気になったかい?」
ただいまサキ。うん、もうオレには美味そうな芋虫にしか見えねえよ。
「そりゃよかった。ところで、今日の夕食は何にするんだい」
うーん。一気に食材と調理方法が増えたから、あれもやりたいしこれも作りたいなあ。うは、オレ幸せ。
サキは何が食べたい?
「そうだね。油ものが続いたから、さっぱりしたものがいいかしら」
さっぱりしたものかあ。姉さまとオレはあれにするか。ウキには何か追加してあげればいいね。
デザートも油を使わないのにしようっと。
ということで、その日の夕食は、ツナと野菜の醤油風味冷製パスタをこしらえたんだ。ウキには薄切り肉のしょうがにんにく炒めをつけてやる。
デザートはバッターワームの生地を蒸して『蒸しパン』にしたんだ。
とってもヘルシーだぜ。今日も上手に出来ました。
さて、それじゃ明日の準備を済ませてから、おやつでも仕込むかな。
ということでコンテスト当日の朝が来た。
今日は昼食後に会場入りして、夕刻にサキとウキが芸能部門、オレが食事部門に出場するんだ。とはいっても、細かい連絡は何もないんだけどね。
って、朝っぱらから、また誰かが来たよ。
「おはよう、ユーキお嬢ちゃん」
おう、衛兵のおっさんだな。どうしたこんな朝っぱらから。
「こんな朝っぱらから何の用だい?」
「ユーキおはよう腹減った」
ほら二人を起こしちゃったじゃないの。
サキ姉さまのゴキゲンが悪いのはおっさんのせいだからな。
ウキはちゃんとおはようが言えるようになったのね、えらいわ。
「お嬢ちゃんが本日提供する料理の名称をコンテストに事前に登録する必要があってな。決まっているかい?」
そういうことかい。
オレが作るのはこんなのだよ。
何だよその顔は。
「お嬢ちゃんは面白いことを考えるなあ」
褒めてんのかそれは。
「ユーキ、くどいようだが腹減った」
わかったよウキ。おっさんも朝メシ食っていきな。
「実は狙っていたんだ」
そーだと思ったよ。クセになったなおっさん。
「お嬢ちゃんは奇抜な料理を作るかと思ったら、こういうちょっとした工夫の料理も得意なんだな、感心するよ」
そうかいそうかい。
今日の朝食はプレーンオムレツにバッターワームのホットケーキ。但しホットケーキにはコーンと刻んだソーセージ入り。それに茹でたパプリカジャガイモのマッシュだぜ。
デザート代わりの飲み物は冷やしたココナッツミルクだ。さらっとして飲みやすいぞ。
おっさんが感心したのはホットケーキとココナッツミルクらしい。
「ほれウキ、肉だ。おっさんは一切れでいいな」
当然男どもには追加の肉を焼いてやる。
その代わりサキとオレは事前に焼いて、リルに冷やしてもらったバッターワームケーキにたっぷりのホイップクリームとフルーツを添えたものを食べるんだ。
「ねえおじさん、そう言えばコンテストの審査員って何人いるの?」
「すまんなお嬢ちゃん。公平を期するためにそれは秘密なんだ」
さすがだおっさん。
「あたしらとユーキはどっちが先になるんだい?」
「それも秘密だ」
面倒くさくなってきたな。
「ただ、三人がバラバラになることはないから心配しないでもいいぞ。それから表彰式は一緒だ」
そっか。ところで精霊獣は入れるのかい?
「精霊獣の入場を禁止なんかしたら、城門の前で……」
皆まで言うなおっさん。理解したよ。
そうか、あの団体は領主もお構いなしのおっかない団体なんだ。
「それではごちそうになった。午後からの再会を楽しみにしているよ」
またなおっさん。
それじゃ昼まで仕込みをしようかな。




