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追い込まれてから勝負なのが日本人

 うええ……ひっく……。

 ずずっ……。

「汚ねえなあ」

 うるせえウキ。ちょっとは乙女の涙に同情しろよ。

 でも、明日からどうしよう。

「あたしら、夜の部はこの街にある居酒屋のステージに上がるから、ユーキも来るかい?」

 ふええん。サキ姉さま大好き。一生ついていこうかしら。


 そうね。そうよね。泣いてたって飢え死にしちゃうだけだわ。材料がなくなったら、新しい材料を探せばいいのよ。燃料がなくなったら、新しい燃料を探せばいいのよ。

 じいちゃんも言ってたものね。

『追い込まれてからが日本人の勝負だ』って。


 幸い、サキとウキが利用しているという宿に、一緒に泊まることもできるし。

 そこは馬車や荷車も預かってくれるから、屋台も預かってくれるらしい。

「とにかくユーキは、その格好を何とかしなきゃね」

 サキは私を衣料店に連れて行ってくれた。

 

 ……。

 うーん……。

 なんなの、この両極端な品揃えは?

「客を取るつもりがないならこれで十分だよ」

 サキが広げたのは木綿っぽい生地のパンツ。小学生の頃まではこんなのはいていたかな? って、客って? え?

「客を取るつもりなら、最低限これくらいだねえ」

 それは豪奢なちっちゃい布切れ。当然元の世界でオレが買い物してたショップには売ってないようなもの。えーっと、これはオレも雑誌やネットでしか見たことがないかな。

 もしかしたらもしかして、サキってこういうのはいているのかしら。


「ねえサキ、この中間くらいのパンツはないの?」

「ないよ」

 ほらと言いながら、サキはスカートをまくって見せた。

 ひっ! もしかしてちっちゃな布切れが!

 え?

 ええっ?

 サキがはいていたのは、木綿のパンツのほうだった……。

 セクシー度三割減ね。

 オレのスパッツが、サキとウキには奇妙なものに見えた理由が何となくわかった。

 

 結局、木綿っぽいブラとパンツを数枚ずつ。頭からかぶるワンピースみたいなのを三枚にサンダル。しめてお値段二万エル。お得だわ。


 とりあえずオレは買った服に着替えて、セーラー服とプリーツスカート、ソックスと革靴は、一緒に買った布のバッグにしまった。これでオレはどこからどう見ても、この街の住人だぜ。

 

「それじゃユーキ、いったん宿に帰ってから『この世の天国亭』に行くとするかね」

 わかったわサキ姉さん。

「で、ユーキ、エッチな下着は買ったか?」

 死ねよウキ。

 

『この世の天国亭』

 そこは日本でいうところの『居酒屋』と『ライブハウス』が一緒になったような店だった。

「それじゃ、ユーキはここで飯でも食って待ってな」 

「ガキが酒なんか飲むんじゃねえぞ」

 わかったわサキ姉さま。うるせえウキ。

 

 ここはステージ近くだけど、端っこの席。四人がけの席にオレ一人だけ。

「よう、彼女。サキとウキの連れだってね。とりあえず何にする?」

 とりあえず……。えっと。

「お水」

「はいよ」

 あら、冗談のつもりで言ったら普通に通っちゃった。

 これがメニューね。


 ……。

 読めないわ。

 そういえば何で言葉が通じてるんだろ?

 もう一度メニューを見ると、数字だけはわかる。これが多分値段ね。

 最低で五百エル。中央値が千エルくらいかな。オレのラーメンと同じ値段だ。

「お待ち、水だよ。百エルだ」

 はい、ありがとね。

「彼女、百エルだよ」


 ……。

「だから百エルだって!」

 ああそうか、『キャッシュオンデリバリー』なんだ。

「お釣り頂戴」

 オレは今日の稼ぎから銀色の貨板を兄ちゃんに渡してみた。

「ほい、九百エルな」

 戻ってきたのは同じ大きさの銅色の貨板が一枚と、鉄色の貨板が四枚。


「で、食い物は何にする?」

 さあ困った。何がなんだかさっぱりわからないぞ。

「ちょっと選ばせて」

「はいよ」

 オレは周りを見渡すことにした。

 

 他のお客さんが食べているのは大皿に盛られている物が多い。正直店内の香りはあまり良くない。獣臭さや野菜臭さが前面に出ちゃってる。あんまり香辛料を使わない文化なのかな。


 食器は二本差しのフォークとスプーンが主流みたいだ。ナイフは見えないかな。

 うん、あの、色んな色のやつにしてみよう。

「お兄さん、いいかな」

「はいよ」

「あの料理って、なんていうの?」

「ありゃ、鼻でか猪と野菜の炒めものだよ」

「いくら?」

「八百エルだよ」

「あの横の棒みたいなのは?」

「あれは棒パンだ。一本百エル」

 そろそろ兄さんがオレを見る目がうざそうになってくる。

「じゃ、炒めものと棒パン二本」

「それだけ?」

 不思議そうな表情を見せる兄ちゃんだけど、オレに理由はわからない。

「うん、とりあえずね!」


 と、突然沸き立つ歓声。 

 そう、サキとウキのショーが始まったんだ。

 ウキの歌声が響き渡り、サキがそれにあわせて踊る。うわあ……。

 プロだわ。プロフェッショナルだわ。

 オレも見習わなくっちゃ。 

 

「バカじゃねえの」

 あのねウキ、いきなりそれはないでしょ。そりゃオレだって、『棒パン』がこんなに固いものだとは思わなかったけどさ。

「棒パンは初めてだったかい。ユーキは」

 はい。これがこんなに固いものだとは知らなかったよ、サキ姉さま。

 

 二人が一回目のステージを終えて、席に戻ってきたとき、オレは棒パンを何とか噛み砕いてやろうと必死になっているところだった。 


「棒パンは必ずスープと一緒に頼むもんなんだよ」

 サキ姉さまとウキのクソ野郎も店の兄さんに注文を入れた。まもなく二人の前に並んだのは、スープが一杯ずつと、サキの前には青菜を煮たようなの。ウキの前には肉をシンプルに焼いたもの。そしてオレの前にもスープが一杯。


「こうして食べるのさ」

 サキは棒パンを二つに折ると、そのままスープに浮かべた。ウキもそうしている。なのでオレも真似てみる。へえ、柔らかくなってなかなかいける。イースト菌を使わないパンをラスクにしたようなものなのかな。

「棒パンがスープを吸って柔らかくなるまで他の料理を食べる。それが店での食事の基本だよ」

 本当、サキ姉さまには感謝しきれない。こんなに丁寧に教えてくれるなんて。


 で、肝心の味なんだけど、やっぱり香辛料の香りと味がほとんどしない。もっと言っちゃうと、下味がついてない。多分塩と素材の味だけ。でも、これがこの世界の標準なら認めなければならない。


 とりあえず尋ねるのは無料。

「ねえ、サキ姉さま、ウキ、オレのラーメンスープと、このスープって、どっちが美味いと思った?」

「お前のスープのほうが断然美味しかったよ」

「俺はあの茶色のスープで棒パンを食ってみたいぞ」

 二人は真顔で俺に言ってくれた。ありがとう、嬉しいよ。


「でさ」

 何かサキがもじもじしている。

 ……。

「あのなあ」

 何だこのウキの真面目な表情は?

 ……。

 お、サキが深呼吸したぞ。

「お前さえ良ければ、しばらく一緒に旅をしないかい?」

「道中の朝飯と晩飯をお前がこしらえてくれるという条件でな」

 

 あ。

 あああ。

 

 涙が出た。

 うん、うん、うん。

 二人は一緒にいてくれると言ってくれた。しかもちゃんとオレの存在理由を示してくれて。

「口に合わなかったら遠慮しないで言ってね……」

 オレはこの場でそう答えることしかできなかった。目の前がピンぼけになっちゃったから。

 

 宿のベッドは固かった。木綿っぽいシーツの下は多分藁か何かなんだろう。土臭いし。

 トイレはひしゃくで水を汲んで自分で洗うタイプだった。紙なんかない。

 お風呂は湯が張ってあるだけだった。石鹸なんかない。

 でも、オレはこれからここで生活しなきゃならない。生きていかなきゃならない。


 じいちゃん……。

 

 オレはその晩、すぐに睡魔に襲われた。身体と心の疲労に襲われて。

 それでよかったんだ。これからの生活を憂うことをしないで済んだから。

 無駄な涙を流さずに済んだから……。

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