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インセクトワールド

 午後はサキとウキと三人で再び市場に戻ったんだ。

「ああ、そういえばこの街の『昆虫市場インセクトマーケット』は『市場マーケット』とは別の場所だったね。『衣芋虫バッターワーム』はそこにいけば見れるよ」

 サキ姉さま……。『インセクトマーケット』って、とってもお肌が泡立つ響きなんですけど……。

「なんだユーキ、顔色が悪いぞ」

 うるせえな。これでも勇気を振り絞っているんだよ……。

 

「ほら、ここだよ」

……。

 そこはある意味予想通りで、ある意味予想以上の市場だったんだ。

 じいちゃんに「好き嫌い言わないで何でも食え」と鍛えられたからさ、ハチノコやイナゴの佃煮とかは食べるのよ。というか佃煮って御飯のお供に最高だし。

 ただね、生はダメですよ生なのは……。

 いえね。オレだってGちゃん怖いとかそんな小娘みたいなことは言いませんよ。小娘だけどさ。

 Gちゃんは料理人にとっての宿敵ですからね。そりゃタイマンなら意地でも何とかしてみせますよ。

 でもね、群れはダメですよ群れなのは……。

 

 仕方がねえ。黒いのは全部カブトムシだと思いこむことにすっかな。

 

 ふう……。

 落ち着け。ここは虫の市場じゃねえ。ペットショップのカブトムシコーナーだ。そう思い込むんだオレ。

 って、でけえ! まさしく三十センチのカブトムシじゃねえか!

 サキ、あれは何なの?

「ん? ありゃ『皇帝甲虫エンペラービートル』だよ。食べたいのかい?」

 え? これも食うのか? 食うのんか?

「焼いたエンペラービートルの腹はイモみたいで美味いぞ」

 そうですかそうですか。ごめん、今のオレにはちょっと無理です。

 

「ほらユーキ、こっちにおいで。衣芋虫バッターワームを売っているよ」

 頑張れオレ! 所詮芋虫だ! きっときれいなチョウチョになるんだからさ。怖くないぞ、怖くなんかないぞ。

 さあ来いバッターワーム!

 ……。

 ……。

 ……。

 バッターワームと目があった瞬間、オレの意識は真っ暗になったんだ。


「あーあ。サキ姉、これどうする?」

「仕方がないねえ、もう少しそうしておいておやり」

 次に気がついたとき、オレはウキにお姫様抱っこされていたんだ……。

 

「気がついたか?」

 目の前にはウキの彫りの深い顔。畜生かっこいいなあ……。って!


「ギャー!」


 つい叫んじまったぜ。

「ひっくり返ったり突然叫んだり、どうしちゃったんだいユーキは」

「耳元で喚くなユーキ」

 あーびっくりした。すまなかったなウキ、もう大丈夫だ。だから降ろして……。いや、もう少しこのままでいようかな……。

 

「ユーキ、フルにオレの足を踏むのを止めるように言ってくれるか? あとリルにもアキレス腱を噛むのをやめるように言ってくれ」

 ん? さっさと降りろだって。わかったよフル、リル。

 なんだよリート。その呆れたような視線は。お前だってサキ姉さまに抱っこされているじゃないか。

 

 しっかし驚いたぜ。何だよあの怪獣映画は。

 デカイってもんじゃないぜ。オレの指先から肩くらいまでの長さだぞあれは。でかくて白くてうねうねイボイボって反則だよ。小さな頭は輝く茶色だし。目玉は真っ黒だし。

「ユーキ、もうやめておくかい?」

 うーん。バッターワームを衣にするところだけ見たいかな。怖いもの見たさだけど。

「この先にバッターワームを衣に使っている店があるそうだ。そこに行ってみるとするか」

 そうだね。そうしてくれるかな。オレ、これ以上新しい虫に登場されたら耐えられないかもしれない。

 情けないけどオレは、市場を出るまでウキの背中にぴったりくっついて、周りを見ないようにしたんだ。

  

「ほらユーキ、着いたよ」

 ウキの背中からそうっと顔を出すと、そこには一軒の店があったんだ。

 へえ、油の匂いに混じって、なにか甘い香りがするなあ。甘茎草やココナッツとも違うほんのりした香りだ。

「はいってみるか?」

 うん。

 

「いらっしゃい」

 俺達は四人がけのテーブルに通されたんだ。テーブル上のメニューは相変わらず読めねえ。でも、値段は千エルくらいなのかな。

 サキ姉さまの手招きに従ってオレは姉さまの隣りに座ったんだ。ウキはオレの正面。うっとうしいなあ。

 リートはサキ姉さま、リルはオレの膝の上。フルはテーブルの横におとなしく座っている。

「まずは食べてみようか。ユーキ、無理するんじゃないよ」

 頑張るよサキ。

「それじゃこの『盛り合わせ』を三人前頼む。それに果実酒を二つと果汁を一つだ」

 飲むのかよ。

 

「おまちどうさま」

 出てきたのはお皿に盛られた、ほんのり茶色に染まった揚げ物が三つ。

 一つ目は茶色い衣に丸く覆われたもの、二つ目は四角い形に揚げられたもの、三つ目は棒みたいな姿で素揚げされた黒いもの。

 甘い香りの正体はこの衣なのかな。

「どれどれ、食べてみようかね」

「うん、美味い」

 サキもウキも普通にかぶりついているなあ。じゃあオレも。

 さくっ。

 おっ。

 さくさくっ。

 おっおっおっ。

 へえ、中身は白身魚かな。お肉がほろほろ柔らかくてサクサクの衣と合って美味しいなあ。

 衣は『天ぷら』よりも厚い感じ。いわゆる『フリッター』の方が近いかも。食べごたえがある割に軽いのが意外だわ。

 これは果汁が合うね。口の中がさっぱりするよ。ああ、だからウキは果実酒と果汁を注文してくれたんだね。

「どうだいユーキ?」

 おいしいよサキ姉さま。 

「そっちも美味いぞ」

 どれどれ。これはイモを練ったのかな。甘くないスイートポテトみたいな食感だ。サクサクの衣と一緒に食べるといい感じ。

 もう一つはどうだろ。

 へえ、これは衣がついていないな。芋けんぴみたいだよ。表面はカリカリして中身が柔らかくて美味しいね。


「美味いかユーキ?」

 うん、美味しいよウキ。

「それなら材料がなにか聞いても大丈夫か?」

 おう。もう大丈夫だぜ。

 サキとウキが顔を見合わせたよ。え? 何で噴き出すの?

 

「ユーキ、これは『エンペラービートル』の盛り合わせだよ」


 はい、覚悟してました。姉さま、ウキ。

 

 白身魚だと思ったところは足の付根にある筋肉部分、イモだと思ったのは腹の部分、芋けんぴだと思ったのは足でした。

 はい。美味しければもうなんでもいいです。経験値ゲットです。

 

 その後サキがお店の人に頼んでくれて、調理場を見せてもらうことができたんだ。

衣芋虫バッターワーム』は、小さな頭を包丁で落として反対側から絞ると、ほんのり黄色を帯びた白い体液がぶちゅうって出てくるんだ。

 それをボウルに採れば揚げ衣の出来上がり。


皇帝甲虫エンペラービートル』は、直火で焼くと羽や表面の毛が綺麗に焼け落ちて食べやすくなるんだって。それに生だとドロドロのお腹が火を通すことによって、ほどよい固さになるらしい。

 そうしたら包丁でばらして、足は食べやすい大きさに切り、足の付け根の肉を切り出し、腹も形を揃えて切るんだ。これでフライのネタが完成。

 ちなみに頭はこのままもう一度じっくりと焼いて、その名の通り『かぶと焼き』にして提供するらしいんだよ。


 後は足以外の部分にさっきの『バッターワーム』の衣をまぶして、油で揚げれば『エンペラービートルフライ三種盛り合わせ』の出来上がり。

 ごちそうさまでした。


「それじゃ帰るかね」

「ユーキ、バッターワームはどうするんだ?」

 うーん。正直この衣は使いでがあるよなあ。ああしたりこうしたりできたら絶対に美味しいよなあ。

 でもバッターワームの頭を落とすのはちょっと腰が引けてしまいます。目があったら硬直間違いなしですよ。どーしよ。

「衣を絞りだすのはオレがやってもいいぞ。というか、バッターワームの店で絞り出してくればいいんだろ?」

 え? ウキ、本当に? それじゃお願いするよ!

 途中でバッターワーム用の壺を買ってから、オレたちは再びインセクトマーケットに戻ったんだよ。

 

 よし、経験値のお陰で、虫もちょっとだけ怖くなくなったぜ。でも用心のためにウキの背中に張り付いていようっと。

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