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おっさんと爺さんの来訪

 それは翌朝のこと。

 塩がよく利いて見事な『パンチェッタ』に仕上がった猪肉を手にして、どう美味しく食べてくれようかとにやけていたら、宿の主人が誰かを連れて部屋にやってきたんだ。


 あれ? 昨日の衛兵のおっさんじゃないか!

「おお、お嬢ちゃん、おはよう。君のお姉さんとお兄さんもいらっしゃるかな?」

 まだ寝てるよ、って、いつの間にか二人ともオレの後ろにいるし。

 ホント寝起きがいいのか悪いのかわからねえ二人だな。

「何だい衛兵さん?」

 サキの問いに衛兵さんは懐から何かを取り出したんだ。

「ユーキ、腹減った」

 お前はそれしか言えんのか?


「こほん、それでは良いかな。早速だが領主からの下命である」

 なんだなんだ! サキもウキも姿勢を正したよ。

「なあ、お嬢ちゃん。一応儀礼だからさ。手に持っている旨そうな肉を一旦降ろしてくれるかな」

 わかったよおっさん。

 よくわからないまま、オレはパンチェッタを一旦しまってからサキとウキの横に並んだんだ。


「まずは登録名『サキ』『ウキ』 演目『希望と絶望の夜』を『競技会コンテスト・芸能部門』にて演ずることを命ずる」

 ん? んん?

 あれ、『コンテスト』って、最大のイベントじゃなかった?

 その割にはサキは迷惑そうな顔をしているし、ウキはどうでもよさそうな顔をしているね。


「続けて登録名『ユーキ』店舗名『デーモンロード』を『競技会コンテスト・料理部門》』に出品することを命ずる。『食材』は『メイン材料1種のみ』とする」

 え? ええっ?

 それって、オレもなの?


「開催日は三日後夕刻。場所は城内特設会場。なお、本日より芸能部門の営業は禁止とする。料理部門は本日分までは仕込みが終了しているであろうことを鑑み本日まで営業可とする。なお、営業補償として一人一日五万エルを三日分保証する。その他詳細は、この『大会規定レギュレーション』で確認してほしい」


「面倒なことになったねえ」

「ユーキ、腹が減って死にそうだ」

「という訳だ。悪いが参加は『強制』なのでな。大会まで英気を養うがよい」

 うーん。普通なら喜ぶべきところなんだろうけど、サキとウキの反応がいまいち薄いなあ。おっさんも二人の反応に、こんなはずじゃないのにと困惑した表情を浮かべているし。

 とりあえず朝食にするか。おっさんも食っていくかい?

「いいのか?」

 いいよね。サキ、ウキ。

「まあ、買収にはならないだろ」

「ユーキ、オレはそこにある干からびた肉から目線が離せないんだ」

「それじゃありがたくご馳走になっていく。実は昨日の屋台ですっかりお嬢ちゃんの料理ファンになってしまってな」

 嬉しいことを言ってくれるねえ。よっしゃ、それじゃパッパとこしらえるかな。

 

 パンチェッタはサイコロに切ってあげて、しょうがニンニクと一緒に中華鍋に投入してからリートが点火。

 そうすると徐々に脂身から油が染み出して、しょうがニンニクの香りが移っていくんだ。

 香りが十分に出たら、そこに下茹でしておいた大量のパプリカじゃがいもを投入して一気に炒める。味付けは塩と辛豆粉でシンプルにするんだ。この方がパンチェッタの旨みが感じられるからね。

 隣のコンロにはバターを落としてから卵をおもむろに四個投入し、水を差してふたをする。

 肉とイモの香ばしい香りが漂ったら、これをプレートリーフに移す。そんでその上に片面目玉焼きを乗せて完成

 

「パンチェッタとポテトのソテー、サニーサイドアップ添えだよ」

「これはどうやって食べればいいんだい?」

 まずは肉とイモの味を見てから、卵の黄身を崩して混ぜてみてよ。

「美味い! これはまいった。お嬢ちゃんは材料の旨みを出すのが上手だな!」

「ユーキ、美味いぞ。しかしな……」

 わかっているよウキ。当然目玉焼きを焼いたフライパンには引き続きラードを投入し、ウキ用スジ切り肉を1枚と、おっさん用の小ぶりな肉も焼くんだ。

 ほれ、肉が焼けたぞ。イモの上に乗っけてやるからな。おっさんも食え。

「いやはや。さすが兄妹ですな。阿吽あうんの呼吸とでも言うのですか、皿が寂しくなるのと肉の焼けるタイミングが素晴らしい。おや、ところでサキさんは?」

「あたしのはユーキが別にちゃんと用意してくれてあるさ」

 サキとオレはシロップを吸わせたスライムとゼリー栗を一緒に冷やしたのを後で食べるんだよ。

「これはまいった。仲の良いご姉兄妹さんたちなのですなあ」

 照れるぜおっさん。

 こうしてこの後しばらくは無言の朝食タイムとなったのさ。


 ところで、『メイン材料一種のみ』ってどういう意味だろ?

「ああ、それはな」

 すっかり上機嫌のおっさんが、当然のようにデザートのシロップスライムを口に運びながら色々と細かいことを教えてくれたんだ。 

『メイン材料一種のみ』というのは、例えばエビならエビ、イモならイモだけの料理ということらしい。だから厳密に言うと、オレがこしらえたパンチェッタポテトは失格。サニーサイドアップは合格なんだって。ただ、パンチェッタポテトも、イモだけもしくはパンチェッタだけを最後に取り出して提供すれば問題ないらしい。要は、味付けには何を使ってもいいけど、メイン食材は一種類にしなさいということだね。

 どうも複数の高級食材を同時に使用するのは『必要以上の贅沢』だと思われているらしい。

 何でもその昔に、成金が金にモノを言わせて大陸中から高級食材を集めてまとめて料理したら、そこから悪魔が現われ、成金を街ごと滅ぼしたなんて与太話もあるらしい。

 さながら『もったいない悪魔』か。おっかねーな。

 

「さて、すっかりご馳走になってしまったな。お嬢ちゃんは今日はどうするんだい?」

 今日の分だけは仕込みが終わっているから出店するよ。

「なら、非番の仲間連中に宣伝しておこう。それではごちそうさま」


 ということで、本日から営業禁止となったサキとウキは、オレと一緒に過ごしてくれることになったんだ。


「今日は何を出すんだい?」

『パンチェッタと青菜のぺペロンチーノ』だよ。しょうがニンニクの香りとワンダラーバインソースの辛味が強烈だぞう。

「まずいな。俺と姉ちゃんはそこではそいつを食えないぞ」

 あ、そっか。サクラ行為になっちゃうものね。じゃ、サキとウキには別のメニューをこしらえなきゃね。

 

 ということで、今日も元気に営業開始だ。

 パンチェッタとショウガにんにくを炒める香りで、次々とお客さんが押し寄せてくるぜ。

 固めにゆでた麺をパンチェッタとショウガにんにくの中華鍋に移し、ワンダラーバインソースを一気に混ぜ合わせてから青菜を散らし、プレートリーフに取り分けて行くんだ。

「お嬢ちゃん、今日も来たぜ!」

 お、昨日の門番のおっさんだな。よっしゃ。大盛りサービスだぜ!

「うお! あいつの言うとおりだったな! この屋台に来て大正解だった!」

「香りがたまらんっ!」

「この細長いのがシコシコしていて美味いなあ。肉の小片も味が濃くて美味いぞ」

「プレートリーフに残った辛味と旨味で、皿まで美味く食えるな」 

 うーん。こりゃ今日も両脇の『ぼったくりエビのおっさん』と『スジ切りしてないステーキのおっさん』が不機嫌になっちまうかな。

 って、何故か両脇の屋台も盛況だよ。なんでだろ?

 あー。エビのおっさんは値段を下げているし、ステーキのおっさんは薄切り肉を重ねて売り始めたんだ。へえ、やっぱりそこはプロだなあ。


 さてっと、ペペロンチーノも無事売り切れたことだし、オレたちもお昼ごはんにしようね。

「今日は何にするんだい?」

 サクラと疑われるのは嫌だから、パスタじゃないのにするね。

「ユーキ、俺はあの干からびた肉を食いたい」

 分かったから待ってろウキ。

 まずはパプリカ玉ねぎとパプリカじゃがいもと白トマトを一口大に切って、ホエーで火が通るまで煮るんだ。で、火が通ったら、幅広の薄切りにしたパンチェッタをどっさりと投入するんだよ。

 で、味が染みてきたら最後に生棒パンを小さくちぎって丸め、真ん中を潰して入れてあげる。

 最後は味を整えて出来上がり。パンチェッタから十分な出汁が出るから塩は殆どいらないのだけどね。

「パンチェッタと棒パンニョッキの野菜スープだよ」

 さあ食え。

「ああ、これは油っこくなくていいねえ。野菜が優しい味だよ」

「肉がうまいぞ肉が」

 良かったな二人共。


 って、あれ?

「おや、お嬢ちゃん。もう閉店かい?」

 何だ官憲の爺さん。今日は遅かったな。

「ごめんよ爺さん。もう売り切れなんだ」

「何を言うか。そこでウマそうな匂いをさせておるじゃろうが」

 あー。これはまかないなんだよ。売り物じゃないんだ。

「これを売っちゃうと、サクラ行為になるから売れないんだよ。ごめんよ爺さん」

「ならタダでご馳走せい」

 うわ。ずうずうしい爺さんだなあ。って、爺さんはこれくらい元気があったほうがいいな。

 仕方がねえ。爺さん。裏にまわんな。

 ウキ、おかわりがなくなっちゃうけどパンチェッタの薄切りと青菜のクレープを焼いてあげるから待ってな。サキはリルのアイスボックスにレモンりんごとカッテージチーズのレアケーキを冷やしてあるからそれを食べてね。

 ん? 作り方は簡単だよ。レモンりんごのジャムをプレートリーフに乗せて、その上にカッテージチーズ。さらにホイップクリームを乗せたんだ。まあいつものおやつだな。


 この後オレは十数人のお客さんに「売り切れですごめんなさい」と頭を下げる羽目になったんだ。


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