ディナーストリート
ここって……。
『開催規定』に記載されて地図に従って移動してみたら、到着したのは城門の前。あれ?
「へえ、『夕食街道』は城内の広場で開催されるんだね」
「そうみたいだな」
サキとウキは別に何の疑問も持っていない様子。
いいのかな? ホイホイお城の中に入っちゃっても。って、槍を携えた衛兵のおっさんたちが笑顔でこっちに向かってくるよ。
「本日の『夕食街道』にスカウトされた者だな? 念のため『滞在証』と配布された『開催規定』を確認させてくれるかい」
これでいいかいおっさん。
「そちらの二人は?」
「あたしはこの娘の姉だよ。昼間は別々で商売をやっているんだけど、今日は手伝いでね。これでいいかい?」
「俺もだ」
二人も衛兵のおっさんに『滞在証』を提示したんだ。
「そういうことなら問題ない。昼間と違ってサクラ行為が問題視されることもないからな。ただ、城内ではおとなしくしていてくれよ。特にそこの大男は気をつけるように」
「わかった。おとなしくしている」
「それでは通過してよし」
こうしてオレたちは無事城内に入場できたんだ。
城内は門をくぐると町の広場くらいの庭園が広がっていた。
そこここに衛兵のおっさんたちが立っていて、オレたちを監視している。
何故か笑顔だけど。
「君たち、屋台を設置する場所はわかっているかな?」
衛兵の一人がフレンドリーにこちらにやってきた。
衛兵のおっさん、ここなんだけどさ。
開催規定に指定された場所をオレが指差すと、おっさんは親切にもオレたちをその場所まで誘導してくれたんだ。
何でこんなに親切なんだろ?
「ご丁寧にありがとうね。ところでゴキゲンそうだけど、なにか良いことでもあるのかい?」
おや、サキもそう思っていたんだ。
「実は『夕食街道』では俺達も料理を好きな様に食べることができるんだよ。普段は警備に忙しくて屋台を楽しめない俺達への領主様の計らいでな」
へえ。結構気が利く領主様なんだね。
「ところでお嬢ちゃんはどんな料理を提供するんだい?」
あのな……。
「ほう、変わったものを出すんだな。よし、始まったらすぐに並ばせてもらうよ」
待っているよ。親切なおっさん!
それじゃ準備を始めようかな。
「なにか手伝うことはあるかい?」
「腹減った」
サキ、大丈夫だよ。ウキ、お前は邪魔しに来たのか?
ほれ、これでも食ってろ。
最近のサキとウキのお気に入りはパイなんだ。
レモンりんごを甘く煮たフィリングを入れた『ジャムパイ』や甘い黒芋をペーストにした『黒芋パイ』
刻んだ塩漬肉やユニコーンコーンを炒めた後、余分な油を取り除いてから塩コショウした『ミートパイ』や『コーンパイ』とか、甘いのとしょっぱいのを一口サイズでまとめて焼いておくんだよ。
ちなみに甘いのは長方形、しょっぱいのは三角形にして一目見ればわかるようにしておくんだ。冷めても美味しいよ。
結局読書を始めたサキと、パイを手当たり次第食べて満足したのか大いびきをかいているウキを横目に見ながら、オレは準備を進めたんだ。
まずは『ツナ』を油から取り出して、余分な油を落としてから身をほぐしてあげる。
小エビはいつもの様に塩水で洗ってから殻をむいて背わたを取ってコーン粉をまぶし、軽く焼いておく。ユニコーンコーンは下茹で済み。
こうしている間にも続々と屋台が到着し、庭園の中央に二列で向き合って並んでいく。向き合った屋台の間は五メートルほど。そこはまさに屋台に挟まれた『街道』となったんだ。『お祭り』の『境内』みたいな雰囲気だね。
「まもなく『夕食街道』の開催です。各料理人は仕上げにかかって下さい」
どこからか鳴り響くラッパの音色を合図に、あちらこちらで衛兵のおっさんたちがそう叫び始めた。よし、仕上げを始めよう。
ツナと焼いた小エビとコーンは、それぞれ『ツナマヨ』『エビマヨ』『コーンマヨ』に仕立てる。
それを白トマトの薄切りをのせた直系ニ十センチほどの『カッテージチーズピザクラフト』の上に一匙ずつ乗せ、彩りの『青菜』を散らしてから、リートが温めてくれたオーブンで仕上げ焼きを行うんだ。
どうだ。オーブンからマヨネーズが焼ける香ばしい良い匂いが漂うだろう!
どうだ。仕上げ焼き前の状態で、屋台に並べられたクラフトの彩りを見よ!
そう、今回オレが用意したのは、『三種のマヨピザ』
コーン粉生地は水だとトルティーヤになるのだけど、水の代わりにカッテージチーズと卵を使うと膨らんでサクサク感が増すんだ。ただ、よく焼く必要があるから事前に下焼きをしておいたんだよ。
「お嬢ちゃん、食いに来たぞ」
あ、さっきの親切な衛兵のおっさんだ。
どうぞどうぞ、食べてくださいよ。焼きたては熱いから気をつけてね。
ふうふう言っているよ。可愛いなこのおっさんは。
「すごいな。何だこのサクサクした土台は! 棒パンじゃあこうは行かないだろうに! プレートリーフとも違うぞ!」
それ、コーン粉だよ。
「おうおう、この白いソースも甘くて酸っぱくて香ばしくて美味いな。こいつはユニコーンコーンか! ん、こっちはエビだな。 おや、こいつは不思議な味だ。お嬢ちゃん、これは何の肉だい?」
市場で売ってた魚の赤身だよ。種類は分かんないや。
「この時期の赤身魚だと『金槌鮪』あたりか……。しかし全く生臭くないな、これは!」
それが料理人の腕ってもんよ。
「美味かったよお嬢ちゃん。こりゃ仲間にも教えてやらないとな!」
ありがとうね。衛兵のおっさん。
この後、城門を守っていたおっさん達も、仲間と連れ立って食べにやってきてくれたんだ。
「これは癖になる味だな!」
「こいつは酒を飲みたくなるぜ!」
「嬢ちゃん、持ち帰りにもう一枚焼いてくれるか!」
ありがとう!
そのうちに身なりのきれいな人たちも屋台を覗いてくれるようになった。
多分上流階級の方々なんだろうなあ。彼らは料理を全部食べるのではなく、取り分けて少しずつ楽しむようにしているんだ。品があるねえ。
周りを見渡すと、やっぱり基本は焼くか煮るかの料理しか目につかない。どちらかと言うと食材で勝負って感じかな。
ただ、料理人のおっさんたちの仕事がものすごく丁寧なのはわかる。昼間の営業で両側にいるボッタクリエビのおっさんとスジ切りなしステーキのおっさんとは大違いだ。
「お嬢ちゃん、ワシにも一つくれるかな」
お、官憲の爺さんじゃねえか。爺さんもここに入れたんだな。
「ほうほう、これはまた変わったものを出してきたのう。入場の時に出してきた甘いパンとはまた違った味わいじゃの」
へえ、爺さんコーンブレッドを覚えていてくれたのか。嬉しいなあ。
「ふむ。合格じゃ?」
なんか言った?
「いや、独り言じゃよ。それじゃ頑張ってな、お嬢ちゃん」
はいよ。ありがとね爺さん。
「ユーキ、戻ったよ。今日の目玉は『岩石蜥蜴の尾の身の串焼き』かねえ。でもあれじゃ完全に赤字だろうに」
「他の屋台にも色々あったが、お前が焼いた肉が多分一番うまいと思うぞ」
『岩石蜥蜴』って……。
それってもしかして人間を石化させたりしちゃうのかな?
「石化というか、皮膚を硬直させてしまう息を吐くな。まあ、浴びなきゃ平気だし、岩石蜥蜴のキモをすりつぶして硬直したところに塗れば治るし、どうってことないぞ」
どうってことあるってウキ。
「『治癒』も効果があるから、間違ってブレスを浴びたらあたしが治してあげるよ」
いやいやいや。何でいつの間にか岩石蜥蜴を狩りに行く前提になっているんですか。
ん? 蜥蜴なんぞ頭を踏み砕いちまえば屁でもないって? 相変わらずフルはおっかないことを言うわね。
そうね。どこかで出会ってしまったら頑張ってもらうことにするわ。リートもリルも今日はお疲れさま。
そのしばらく後に再びラッパの音色とともに、衛兵のおっさんどもが『閉会』のお知らせをしたんだ。
今日もみんなにたくさん食べてもらえてよかった。




