街のルールが面倒です
市場には様々な食材が並んでいた。
こうやって眺めていると、余り元の世界と変わらない印象がある。
そりゃそうだよな。同じ二本足で歩いている生物が食っているものだからな。
『椰子実海老』が縄で縛られてぶら下がっている。うへえ、一杯五千エルだと! そりゃ茹でただけでも美味いはずだよ!
こっちには生きてる『鶏鼠』ですよ。って、あれ? こっちは千エルなんだ。
旨味はチキンマウスのほうが強かったけどなあ。こっちのほうがたくさん捕れるのかな。それか養殖かも。
「ねえおじさん、チキンマウスって絞めてもらうといくら?」
「血抜きと羽と皮の処理代込みだと三千エルかな」
やっぱり手間賃がかかるのか。というか手間賃のほうが高いし。
ばらした肉も並んでいるけど、それを一匹分にすると五千エルほどになっちゃう。更にお高いときたもんだ。
うーん。
この街の食材はじっくりと料理方法を考えよう。というのは、今日の目的はこうした食材じゃないんだ。
これくらい大きな街ならきっとあるはず。
そして予想通り市場にあったのよ、売っていたのよ。
ふっふっふ。これはまとめ買いしとかなきゃね。
定番野菜と玉子生乳、棒パンと生棒パンの実も買えたし、今日はこのくらいかな。あ、あの切り身も買っておこうっと。これでまたウキを騙してやるぜ。
「さて、いいかいユーキ」
オレたちは宿に戻ってきたんだ。で、何かしらサキ。
「この街では『営業場所』をきっちり定められているんだよ。ほら、『滞在証』のここを見てみな」
何か記号みたいのが書いてあるね。
「ほら、これを一枚あげるよ。無くさないようにね」
それは街中の地図みたいなもの。細かく記号が書き込まれている。
「ユーキの営業場所はここ、あたしとウキはここだ。少し離れているのがわかるかい?」
本当だ。市街のブロックが違う感じだね。
「でねユーキ。ついでだ、どうせ聞こえているんだろ、リート、リル、フル。お前たちはユーキを守れるかい?」
「にゃあ」
「わんっ」
「ぶるる」
「よしよし、良い返事だ」
何なの姉さま?
「この街ではお前が一人で営業するんだよ」
あ、そうか。今まではサキとウキが横にいてくれたけど、この街ではそうはいかないんだ。
「この街は色々営業のルールがうるさくてね、身内業者同士の物品のやりとりは公の場では原則禁止なんだよ。『サクラ行為』の排除ってやつさ」
ってことは、この街ではサキとウキはオレの屋台で売っているものは皆の前では食べられず、オレは二人の素敵な公演を見られないってこと?
「まあそういうことだ」
「少なくとも互いの成果にエルを支払うのは禁止だからね。気をつけなよユーキ」
わかった、ウキ、サキ。
って、じゃあ二人はお昼どうするの?
「ああ、昼はその辺で食べるよ。その分朝と晩で楽しませておくれよ」
「俺はユーキの朝飯で腹をふくらませていくことにする」
……。
うれしいこといってくれるじゃん。サキ、ウキ。
でもね。
でもね。
ふっふっふ。
二人共『日本人』を舐めるなよ!
ということで、いつもの様にサキの寝息とウキのいびきが響く朝が来た。
ウキのやつスゲーな。隣の部屋で寝ているのにこの音量かよ。サキも良く平気で寝ているなあ。
さて、仕込みを始めるかな。
初日の屋台メニューはもう決めた。ここはサキの言うとおり『棒パンのフレンチトースト』から始めることにする。付け合せもモンスターを使わず、昨日街で購入したデカ鼻猪の肉と定番野菜をミンチにして塩と辛豆粉で味を整えて青菜と一緒に添えてあげることにした。これで七百エル。はっきり言ってボッタクリですよ。
朝食は久しぶりの生棒パンの実を麺にしたのと、塩漬け肉とユニコーンコーンの生乳スープを用意しておく。
そして本日のメインイベント。
俺はひたすらハンドミキサーを回したんだ。用心に用心を重ねながら。
「ユーキ、おはよう」
「腹減った。死ぬ」
はいよ。用意出来てるよ。
今日の朝食はコーンのスープスパゲティだよ。生棒パンは二日ぶりだろ。
「ああ、するする入っていくねえ。甘くてやさしくしょっぱくて美味しいよ」
「ユーキ、これは美味いんだ。美味いんだけどな……」
すまんウキ! すぐに肉を焼くからな!
ということで朝食も無事終了。
「今日は何を売るんだい?」
「棒パンフレンチトーストミンチ添え七百エルでどうかな」
「妥当な金額だ」
よっしゃ、ウキのお墨付きだぜ。
その後二人は、わざわざオレが店を出すポイントまで送ってくれたんだ。
「リート、リル、フル、ユーキを頼むよ」
「ケダモノ共、せいぜいご主人を守れよ」
うわ、オレじゃなくてこの子たちに言うの? でさ、リートもリルもフルもウキに対して『戦友』みたいな表情をしないでくれる?
ふん、いいさいいさ。
オレだって隠し球があるんだ。
「サキ、ウキ、お昼ごはんに行く前に、この包みを開けてね」
「なんだいこりゃ?」
「結構重いな」
いいからさ、約束だよ。昼ごはん前にかならず開けてね。
さて、営業開始だ。
まずは肉と定番野菜のミンチを炒めて香りを出してあげる。ほーれほれ。
むむっ。意外と寄ってこないな。さすが皆さん百戦錬磨ということか。
でも、他の屋台も正直いってショボイよね。何でみんなやたら焼くか茹でるかしちゃうんだろ?
おとなりの屋台も小ぶりのエビをやたら茹でて一本五百エルだもんなあ。
反対側はスジ切りもしてないデカ鼻猪肉のステーキが千エルだし。
間に挟まれたオレ困っちゃう。
そんじゃ反則技を使うとするかね。
取り出したりますは『甘茎草』の実。これってまんまバニラなのよね。
これを鉄板上のフレンチトーストに少しだけふりかけて、扇いであげるの。
これでおっさんではなくおっさんの連れの娘や妻や愛人を釣りに行く。
どうだ?
「とーちゃん、あそこからいい匂いがするよ」
「あなた、あの屋台から甘い香りがしますわ」
「ホテルに入る前に、あの屋台にだけ寄らせていただけませんか?」
よっしゃオレ大勝利。
ロリと人妻と愛人が引っかかれば後はこっちのもんだぜ。
未成年少女代表のオレが宣言してやる。他の娘達も、三人につられてオレの店に来るとな。これが少女の『お手洗い一緒に行こうよ効果』なんだぞ。
……。
笑うなリート、リル、フル。とにかくこれで今日のノルマ達成だぜ。
お、昨日受付にいた爺さんじゃねえか。
「早速じゃが巡回にきたぞい。お嬢ちゃんよ、昨日と違う商品を販売しているというのは見逃せないのう」
うお、このジジイもしや官憲か? やべえ、サキがいないぜ! ウキはいなくても同じだけどな!
……。
「そんな困った顔をするんじゃないよお嬢ちゃん」
ん?
「今日売った料理をこの官憲のジジイにも出してくれるかな?」
やっぱりエスパーだろ爺ちゃん。
わかった。ただミンチは切れちゃったから違うのでもいい?
「ミンチがメインなら不可、サブなら可じゃ」
おもしれえ爺ちゃんだな。じゃ、これを食ってみろ。
「メインの棒パンフレンチトーストは同じだけど、付け合せは市場で買ってきた肉じゃなくて、『リバーケープ』から漬け込んできた塩漬け肉とユニコーンコーンの実を炒めたものだよ」
お、ジジイ、そこに反応してきたか。
「ほう、嬢ちゃんはユニコーンコーンを使いこなすか。そういえば昨日のヤツも材料はコーンだと言っておったな」
覚えていたか爺ちゃん。




