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ようこそオレの店へ!

「良かったら次の街まであたしらと一緒に行くかい?」

「メシ代の代わりっちゃなんだが、次の街までその『屋台』とやらを曳いて行ってやるよ」

 サキとウキが嬉しい申し出をしてくれた。

 

 そうだ、そうしよう。こんなところで泣いていたって埒が明かない。

 オレが『よその世界』に飛ばされたのはほぼ間違いない。熊川のおじさんが電話で言っていた『空間の異常湾曲』っていうのが多分原因なんだろうな。あの都市じゃ、色々と胡散臭い研究をしているってのがもっぱらの噂だったしな。


 サキが言うには、『アポロス』が沈む前には次の街に到着できるらしい。ちなみにアポロスってのは、オレ達の世界でいう『太陽』のこと。サキが空を指差しながら教えてくれたから間違いない。


 そう、『よその世界』と言う割には、この世界は『元の世界』と、色々と似通っている。お日様は一つだし、草は緑色だし、サキとウキは二本足で歩いているし。


「ところで、さっきの『ラーメン』ってのは、あと何人分あるんだ?」

「あと四十七人分かな」

「おお、そんなに食えるのか」

 アホかこいつ。全部自分で食べるつもりかよ。


「そういやユーキは『貨板かいた』は持っているのかい?」

「貨板って?」

「こんなの」

 それは金属の板を叩いてつぶしたようなもの。大きさはサラリーマンが使う『名刺』くらい。

「これを仲立ちに様々な品物と交換するんだよ」

 貨幣ってことか。

 サキ姉さんは頼りになるなあ。残念なイケメンのウキとは大違いだ。


「オレの世界でもこんなのがあるんだよ」

 オレは手提げ金庫を開けて、サキに硬貨やお釣り用千円札を見せたんだ。

「へえ、これがユーキの世界の貨板かい。綺麗なもんだねえ」

 それで終わり。サキもウキも全くオレの全財産に興味を示さない。そりゃそうだよな。彼らの貨板に比べたら豆粒みたいなのとジジイの絵が描いた紙きれだもんな。それに誰かに見られてオレの身分を詮索されるのも癪だし、これはしまっておこう。

  

「でさ、ユーキにその気があるなら、次の街で『ラーメン』を売ってみたらどうだい。『異国の味』とか言っときゃ、誰もユーキが『よその世界』から来たなんて気がつきゃしないよ」

 ああん。ホントサキ姉さんは頼りになるわ。これから『サキ姉さま』と呼ぶことにしよう。

「これなら『千エル』くらいで売れるだろ」

 千エル?

「ねえウキ、例えば、次の街の宿代っていくらくらいなの?」

「個室風呂トイレ共同で最低『三千エル』くらいかな」

「サキ姉さまが着ている服はいくらくらいするの?」

「これは一万エルだよ。まあ、安ものさ」

 何となくわかってきた。多分、一エルで一円という感覚で間違いない。そうか、オレのラーメンに千円の価値を見出してくれたのね。さすがウキ、イケメンだわ。

 って、そう思うならさっきのラーメン代払えよ!

 

 いつの間にか草原が街道になっていた。

 サキとウキは、街道を旅しているときに、遠くで『光』を見つけ、何だろうと様子を見に来たら、オレが倒れていたらしい。ってことは二人は命の恩人なのかもしれない。


 街道を行くのは、徒歩の旅人や、時々通る馬車や牛車。オレの屋台に似たような荷車を曳いているおっさんたちの姿も見える。どうやら、自動車文化はこの世界にはないらしい。

 

 ラーメンが売れるといいなあ。全部売れれば四十七杯で四万七千エルかあ。すごいわ。目標売上の倍近いわ!

 足取りが急に軽くなったような気がする。早くお店を始めたいなあ。

 

「お、見えてきたぞ」

 ウキが前の方を指差した。その先には薄茶色の建物が並んでいる。

「あれが『リバーケープ』の街だよ」


『リバーケープの街』は、主に『赤髪族』が住んでいるってサキが教えてくれた。この世界では、肌の色ではなく、髪の色で色々区別しているみたい。だからサキとウキは、最初オレのことを『黒髪族』ってのだと思ったらしい。でも、黒髪族の瞳は『茶色』

 だから、漆黒の瞳のオレは黒髪族とも違うんだって。

 

 街中は歴史物のテレビ番組とかで出てくる欧州の街並みに近いかな。石畳にレンガ造りの家。多分『地震』なんか来ないんだろうなあ。こんな強固な建物。日本じゃ考えられないものね。


「ユーキ。こっちだよ」

 サキが案内してくれたのは、石畳の広場。公園といった方がいいかもしれない。様子を眺めてみると、あっちこっちで人だかりができている。オレの屋台に似たようなのもいくつか見えるし。


「それじゃ、あたしたちが一稼ぎする間、ユーキは屋台の準備をしてな。用意ができたらあたし達が『ラーメン』を注文してやるよ」

 ようするに『サクラ』をしてくれるということ。そうだよね。サキとウキだって、最初はラーメンにビビっていたものね。

 

 すると、公園の隅で、ウキがサキを布の筒で隠すようにくるんだ。携帯用着替えルームってところかしら。

 うわ!

 すごいわ! 『リオのカーニバル』も真っ青のセクシー衣装だわ! パレオみたいな薄布から覗く姉さまの太腿がセクシー過ぎるわ! まだ明るいのに大胆だわ!


「ユーキも着てみるかい?」

 勘弁してください。そんなサイズのカップ、オレじゃブラ浮きまくりです!

 

「それじゃ始めるぞ」

 いつの間にかウキが『リュート』のような楽器を構え、かき鳴らし始めた。

 ふええ……。

 いやいやいや。ウキなんぞに見とれている暇なんかない。オレも早く屋台の準備をしなきゃ。

 それにしてもいい声だなあ。『透き通るような声』って、きっとこんな声なのね。

 公園の人たちがどんどん集まってくるのもわかる気がするわ。イケメンウキにお色気サキって、マーケットをくまなく網羅しているわね。

  

 ウキの歌をバックミュージックに、屋台の準備をするオレってステキかも。って、ウキが『バックバンド言うな』ってこのことか。

 早く準備しちゃおっと。


 屋根を開いてつっかえ棒をして、スープを寸胴ごと温めておく。麺茹で用のお湯も沸かし、どんぶりを洗う流し場もセット。トッピングも取りやすいように並べ直す。

 最後にオレは大事な大事なものを飾るんだ。それはじいちゃんがこしらえてくれた、オレのための『暖簾のれん

 定食屋『悪魔王』の支店を名乗る大切な暖簾を竹に通し、屋台にひっかける。これで完成。

 

「ユーキ、準備はできたかい?」

「腹減った」

 ちょうどサキとウキが、ワンステージを終えて、屋台に来てくれた。

「おや、なんだい?この赤い布は」

暖簾のれんだよ。店の名前が書いてあるんだ」

「へえ、なんて名前なんだ?」

 その質問を待っていたよウキ! オレは深呼吸をして、気合を入れるために両の頬を叩いた。

 

「いらっしゃいませ! 定食屋『悪魔王』支店、『デーモンロード』へようこそ!」

 

 オレの店、本日開店です。


「へえ、こりゃ変わってるけど美味いな」

「初めて食う味だけど、どっかで食った気がする味でもあるな」

「この細いのはパンかい?」

「肉がとろけるぜえ!」

「この茶色いやつの歯ごたえもいいな」

「姉ちゃん、もう一杯だ!」


 屋台は大忙し。仕上げをし、次の麺を茹でながら、合間に洗い物をしてどんぶりを拭く。

 初めて見る赤毛で青い瞳の人たちが、オレのラーメンを美味い美味いと食べてくれる。

 瞬く間に四十七杯のラーメンが売り切れて、オレの手元には銀色の板が四十七枚残った。

 初めての売上。ああ、感慨深いなあ。明日も頑張ろう。

 明日も……

 明日?

 

 どうすんだよ! もう材料がないよ!

 よくよく考えると、プロパンガスだって無限じゃないし、クーラーボックスの氷は溶けてしまった。

 残っているのは調味料だけ。


「ユーキ、あたしたちはこれから宿を取りに行くけど、お前はどうする?」

 いつの間にか着替えたサキが声を掛けてくれた。

 どうしよう……。

 急に心細くなる。

「なんだユーキ、情けない顔をして」

 からかわないでよウキ! 只今乙女が絶賛お悩み中なのよ!

「ねえサキ、オレ、もう売るものがなくなっちゃった……」

「あらまあ」

 ……。

 ふええええん……。


 しばらくオレはサキの胸を借りて泣くことにした。それしか思いつかなかったから。   

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