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時代はハイブリッド

「ほら、『リタイアメントキャッスル』が見えてきたよ」

 サキが指差す方向には横に広がる石の壁が見えている。

 うわあ、ここってもしかして、街全体を石壁で囲んでいるの?

「領主が住む城塞都市は、どこもこんなもんだぞ」

 へえ、そうなんだ。あら、行列ができてる。

「ユーキ、もうすぐ関所だから五万エルを用意しときな」

 わかったわ。サキ。

 どうもこの街に入場するには、関所で『滞在証』を購入した上で、名簿登録をするらしいんだ。

 滞在証が街中での身分証明になるらしい。

 で、滞在証の価格は色々あるのだけど、オレたちみたいな短期営業型の場合は五万エル。滞在証はこの街から出て行く時に返却すれば、四万エルが戻ってくるんだって。だから実質滞在に関わる税は一万エルなんだそうだ。


 って、名前を書くといったって、オレこの世界の文字書けないよ。どーしよ、サキ、ウキ!

「これを真似してみな」

 ウキがなにやら書いた紙を渡してくれた。

『ικυΨ』

 へえ、これで『ユーキ』って読むんだあ。ありがとウキ。


「はい次」

 まずはサキ姉さまから。

「目的は?」

営業ビジネスさ。『踊り子』だよ」

 すると窓口の愛想の悪いおばはんが滞在証に何かを書き加えたんだ。

「それでは滞在目的『踊り子営業』で登録します。この名簿と滞在証のそこに自筆でサインして下さい」

「はいよ」

「滞在費は『五万エル』です」

「どうぞ」

 これで登録完了らしい。

 ウキも同様に『吟遊詩人』で登録している。次はオレの番だ。

「目的は?」

 何だろ?

「『料理屋台フードカート』だよ」

 あ、サキ姉さまが答えてくれた。そうそう、料理屋台だよ。

 と、窓口のおばはんが面倒くさそうにオレに言い放ったんだ。

「『料理なら窓口はあちらです。街内で提供予定の料理を一品用意した上で列に並んで下さい」


 ということで、オレは列から弾かれてしまった。

 どーすっかな。

「ユーキ、ごめんよ。料理は窓口が別だって忘れていたよ」

「屋台は見ておくから、何かこしらえてサキと二人で登録してこい」

 うーん。街内で提供予定の料理なんだよね。街の食材を見てから決めようと思っていたからなあ。困ったな。

「ユーキ、『乾燥ユニコーンコーン』ならこの街でも購入できるから、それを使ったらどうだい」

 そだねサキ。お手軽だし、そうしようかな。

 それじゃリル、リート、頼むよ。

 

「提供予定料理は?」

 うわ、こっちはでっぷりと太った爺さんだよ。

「これだよ」

 オレが差し出したのは、トルティーヤよりちょっと厚めに焼いたコーン粉パンをシロップに浸し、果物を添えたもの。

「これはまた変わったもんじゃのう? 材料は何だ?」

「ユニコーンコーンの粉を生乳と卵で溶いたのをバターで焼き上げたんだよ」

「粉とな。そりゃ珍しい。それじゃ少し待っておれ」

 あれ、爺さん引っ込んじまったぞ。ん? 奥で何やらやってるな?

 あ、出てきた。

 

「素晴らしい。合格だ」

 爺さん皿が空だぞ。もしかして全部食ったのかよ。この後の行列連中のも全部食うつもりか?

「そんな顔をせんでも、普段は一口しか味見をせんぞ。嬢ちゃんの料理が美味かっただけじゃ」

 おっさんエスパーかよ。

 

「ほら、名簿と滞在証じゃ、そこに名前を書くんじゃ」

 わかったよおっさん。

『ικυΨ』

 って、何で不思議そうな顔をしてオレの手元を見ているんだ?

「嬢ちゃんはおかしな方向から名前を書くのう?」

 え? 文字って左から書くんじゃないの? もしかして右からなの?

 横のサキも、いつの間にかオレの斜め後ろに来たウキも、やっちまったという表情をしている。

「ああ、済まないね。この娘はあたしらの妹なんだ。読み書きができないもんで、付け焼刃で名前の書き方だけは教えたんだけどね」

「すまん、こいつはアホの子でな。見たままに書いているだけなんだ。でもこいつの料理は美味かっただろ」

 酷い言いようだな二人共。おっさんも釣られてアホの子も見るような目を向けんじゃないよ。

「まあ色々と事情はあるじゃろうな。それじゃ五万エルじゃ」

 オレは財布から五万エルを取り出して、逃げ出すようそそくさとそこから離れたんだ。あー恥ずかしい。


 うわあ、賑やかだなあ。

 街中は前の二つの街よりもさらに賑やかで、通りも広く、道の両側には色々な露店が立ち並んでいる。

 へえ、いろんな動物がいるなあ。なになに、彼らも精霊獣だって? そうなんだフル。

 ん? 次にもめ事が起きたらボクの出番だって? わかってるさ。頼りにしてるよみんな。

 

「まずは宿をとってから、三人で街の下見をしようね」

「腹減った」

 わかったわサキ。ウキにはさっき余分に焼いたシロップパンをあげよう。

 宿はすぐに見つかった。ふーん。宿だけの通りってあるんだ。まるでホテル街だよ。あ、変な意味じゃないからな。

 って、あっちこっちで腕を組んだカップルが宿に入っていくんですけど……。

「何顔を赤くしてんだいユーキ」

「またおかしなことを考えてんだろ」

 うるさい乙女は色々と興味があるのよ。


 オレ達の宿は馬車置場付きの一階の部屋。すごいや、ツーベッドルームだ。

「宿代は少々お高いけど、まあ仕方がないよね。その分頑張って稼ぐよ」

「この街は金持ちも多いからな。ユーキもお値段高めの高級志向で料理を考えておくといいぞ」

 それって、ぼったくれってことかしら。

 それより早く市場を見に行きたいな。

「まずは飯だ飯!」

 それもそうだね。

 

 二人に連れてきてもらったのは、繁華街の大きな食堂。へえ、いろんな香りがするなあ。

「この街には近隣の様々な食材が集まるからね。代表的なものを注文してみるかい?」

 いいの? うれしいなあ。

「残さず食えよ」

 そういうウキこそ、オレの分まで食うんじゃないぞ。

 

「まずは『椰子実海老ココナッツロブスター』だね」

 これには俺も驚いたぜ。

 真っ赤にゆであがったバカでかい海老の下半身が、ヤドカリの貝のように椰子の実のようなものに隠れているんだ。

 どうなってんだこれは?

「ほら、まずは爪を割って食べてごらん」

 いただきまーす。

 へえ、爪は専用のフォークで割るんだね。うわあ、真っ白な身がほろほろで甘いなあ。これは美味しいや。

 あれ、ウキは食べないの?

「俺はこいつの磯っぽい匂いがあまり好きじゃないんだ。どちらかというとココナッツの方を食いたい」

「ウキ、ユーキにもココナッツを割って、分けてやっておやり」 

 そうしたらウキはおもむろに椰子の実部分にナイフをつき刺したかと思ったら、そっから力任せに二つに割ったんだ。相変わらず喧嘩を売ったらやばそうな奴だねこいつは。

「ほら、とろっとして美味いぞ」

 あ、ありがと。

 ウキがくれた椰子の実の中身も、真っ白な果肉が湯気を立てている。これをスプーンですくって食べるとほのかに甘くてとろとろの中に残るコリコリの歯触りが楽しい。これは美味しいね。

 

 って、これちょっとおかしくない? なんで海老と椰子の実がここのところでつながっているのよ!

 つなぎ目が海老と椰子の実が混じったような不思議な味なのよ。え? ヤドカリじゃないんだこれ?

「ココナッツロブスターは『混成生物ハイブリッドクリーチャー』の一種だよ。面白いだろ?」

 えーと、冬虫夏草みたいなものかな。どっちがどっちに寄生してるんだろ?

 

「次もハイブリッドクリーチャーだよ。何だかわかるかい?」

 次に出てきたのはどこからどう見ても鳥の頭から足までに、哺乳類らしき小動物の後ろ足と尻尾がくっついているもの。それがやっぱりこんがりと焼かれている。

 えーっと、『グリフォン』かしら……。

「グリフォンってのはなんだか知らないけど、これは『鶏鼠チキンマウス』だよ。ユーキなら部位ごとの旨みの違いがわかるだろ?」

 どれどれ、取り分けてみるかな。

 上半身はまんま胸肉ね。あっさりしていて美味しいけど物足りないかな。逆に下半身の方は肉が締まっていて味は濃いけど、脂が強いなあ。

「ユーキ、一番美味いところを避けているぞ」

 俺もそう思ったんだよウキ。きっとここが美味いんだろうなってさ。

 それは鶏と鼠のつなぎ目のところ。『鳥手羽と『鼠ロース』そして『鳥モモ』と『鼠バラ』あたり。

 うお、これは新食感だぜ! つなぎ目で肉質も脂の質もグラデーションのように変わっていくんだ。これはこうやって食べるのが絶対美味いよなあ。

 

「どうだいユーキ、面白いだろ。他にもいろいろあるけど、後で市場を覗くといいさ」

 そうさせてもらうよサキ! 美味しかったよ!

 デザートはシンプルにフルーツの盛り合わせ。やっぱりこの世界はあまり食材に手を加える習慣がないんだ。

 だから美味しいものは美味しく、そうでないものはそれなりにという食べ方なんだ。

 それもありだとは思うけれど、オレはもったいないと思う。さっきのハイブリッドクリーチャーも『丸焼き』はもったいないよなあ。

 

 よし、次は市場だ!

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