うれし恥ずかしとうもろこし
今日もいい天気。
アンテ爺ちゃん達の村を出発すると、風景は海岸沿いから草原に変化していったんだ。
ん? 何だろあの一帯は。鮮やかな黄色が広がっているぞ。サキ、あれは何かな。
「ああ、あれは『一角玉蜀黍』だよ。あれだけたくさん自生しているのは珍しいねえ」
トウモロコシなんだあ。へえ、美味しそう。
「ユニコーンコーンは美味いぞ」
やっぱりそうなんだ。
「ただ、ユニコーンコーンにはちょっと問題があってねえ」
問題って?
「近くに行ってみるとするか」
そうだね。
うわあ! 予想以上にたくさん実がなってる。日本のトウモロコシよりも粒が小さいかな。
ねえ、これって毒はないよね?
「ああ、毒はないし危なくもないよ。試しに一本むしってみたらどうだい」
わかった。
オレは軍手をはめてから、一本むしってみたんだ。
うん。まんまトウモロコシだ。おいしそー。
なによサキ、ウキ、ニヤニヤ笑って。
「そうか、当然と言えば当然だねえ」
え?
「ユーキ、お前、『処女』だな?」
え? 何を突然ろくでもないことを言うんだよ!
そりゃ、年齢イコール彼氏いない歴の、どこに出しても恥ずかしくない未成年のバージンだけどなオレは。
「何でそんなこと言うのよ!」
あー、本格的に笑いだしちゃったよこの二人は。
一体何なのよ!
「ユーキ、そこの実を見てごらん。ほら、手前の実はどす黒く変色してるだろ」
うん。
「『一角玉蜀黍』は、『処女と童貞』以外が収穫しようとすると、そうやって腐っちまうんだよ」
……。
なんなの? それもファンタジーなの?
って、わかっててオレに採取させたな!
「俺はお前が処女だと確信していたぞ。処女だとな」
連呼すんなウキ!
で、サキとウキは採取しないの?
「腐らせちゃいけないからね」
「オレには無理だ」
へえ、二人とも大人なのね。って、その表情はちょっと怪しいなあ。
「ねえサキ。オレ、ユニコーンコーンが枯れるところを見てみたいな。一本採取してくれよ!」
「え? いやいや、食べ物を粗末にしてはいけないだろ?」
「そんなこと無いさ。何事も経験だよ、ささ、サキ姉さま ウキ兄さま、サクサクっと枯れさせておくんなさい」
なに腰引けてんだよ二人とも。見せてくれないと、もうメシ作んねえぞ。
「ちっ。仕方がないねえ。ユーキ、内緒だよ」
「事情は後で説明する」
はいはい、さっさと行って来い。
って、やっぱり二人ともきっちり収穫してやがる。
「あーら、サキ姉さま、ウキ兄さま、お手元のユニコーンコーンが美味しそうですわね」
ふっふっふ。歪む二人の表情が心地いいぜ。
「こんなにフェロモンを振りまきまくっているお姉さまがバージンだったなんて、あんな偉そうにしているお兄さまが未経験だなんて、これからオレは何を信用して生きていけばいいのかしら……」
……。
ダメだ腹痛てえ!
しばらく大笑いした後、オレはサキに「いいかげん黙らっしゃい!」と顔をサキの胸に押しつけられたんだ。
「商売がら、未経験だってのがばれると色々とやりにくいのさ……」
「俺も同じだ」
そっか、『バージンの踊り子』とか『童貞の吟遊詩人』とか、それだけで希少価値だわ。お金持ちの絶倫ヒヒジジイとか、金と暇を持て余しているクソババアの嗜虐心に一発点火の響きを持っているわよね。
言われてみれば隠すのも当然ね。
それにしてもろくでもない特性だな。このとうもろこしは。
この特性を知っちゃうと、中年のおっさんやおばはんが嬉々としてこいつらを収穫していたら、ちょっと引いちゃうかもしれねーな。
もしかして花嫁の純潔をこれで試したりするのかしら。
でも、夫も試されちゃうわけだよね。
うは、新郎新婦両者に対する悪魔の実だわ。これは。
要は、商売に使いづらい実だってことだね。
「でもまあ、あからさまな処女のユーキがいれば、あたし達がユニコーンコーンを持っていてもおかしくはないわね」
「ああ、ユーキはどこからどう見ても処女だからな」
任せとけ、オレは天下御免のバージン様よ!
って、いいのかオレ、それで。そんなんで。
気がつくとリートはコンロの中でオレに震えた尻を向け、リルは転げまわり、フルは引きつけを起こしていた。
それじゃ真面目に収穫すっかな。
へえ、食べどきなのと乾燥しきったのがあるなあ。お、乾燥したのはこすると簡単に実が取れるわ。
もしかして料理の幅が広がるかも。
「どうだい、順調かい?」
「手伝うことはあるか?」
……。
ふっふっふ。
二人にお願いがあるんだ!
じいちゃんの形見第三弾。あれ? 第二弾だっけ? まあいいや。
それは『手動製粉機』
上のホッパーに実を入れて、横のハンドルを回せば、下から挽かれた粉が出てくる仕組なんだ。
もともとはじいちゃんがそばの実を挽くのに使っていた逸品。これでユニコーンコーンの実を挽いてやれば……。
「ということで、二人でこの実を粉にしてくれるかな!」
ゆっくりとハンドルを回せばいいからね。力任せにしちゃダメだよ。
。
「大変だユーキ! 口の中がパサパサだ!」
粉をつまみ食いするんじゃねえよ、ど阿呆。
さて、サキとウキに粉を挽いてもらう間に、乾燥したのは手当たり次第に収穫してしまおう。そしたら熟したのでお昼ごはんだわ。
ということで、オレは麻袋一杯の乾燥『一角玉蜀黍』の実と、運べるだけの熟した実を手に入れたんだ。
こっちの世界では、ユニコーンコーンはどうして食べるの?
「熟したのはそのまま茹でて食べるんだよ。乾燥したのは一晩水につけて戻してから煮て食べるんだ。甘くておいしいよ」
そっか、やっぱり粉を挽く文化はないのね。
それじゃ、お昼はユニコーンコーンを食べようよ!
まずは熟したのを茹でてあげる。あ、今から食べる分だけは蒸してあげるんだよ。
茹で終わったらざるに取っておいて冷ましてあげる。
蒸した方も粗熱が取れたら準備完了。
「あら、そのまま食べないのかい?」
「腹減った」
ここでもう一手間だよ。サキ、ウキ。
取り出しましたるは『焼き網』であります。
これに蒸して火を通したユニコーンコーンを並べ、リートの炎で焼き目をつけてあげる。
ここに煮切って磯の香りを飛ばしてしまった魚醤油を刷毛で繰り返し塗ってあげるんだ。
「何だい、この香ばしい香りは……」
「ダメだ腹減って死ぬ……」
死なれちゃ困るからな。
「はい、できたよ。『焼きユニコーンコーン』だ!」
熱いから気をつけてね!
「その汁でこんなに香ばしくなるんだねえ。しょっぱさで甘みがさらにひきたつよ」
さすがはサキ姉さま。とうもろこしを食べるお姿も美しいわ。
「止まらん、止まらんぞユーキ!」
わかったから黙って食え。
結局サキ姉さまとオレは二本ずつ。ウキは五本食いやがった。
と、香りに誘われたらしく、道行く旅人さん達が寄ってきた。
「いい匂いだな。売りもんかい」
食べたい?
「ほう、嬢ちゃんはユニコーンコーンを収穫できるんだ。って、嬢ちゃんくらいの歳なら当然か」
それは褒めてるのか、バカにしているのか? おっさんには一体オレが何歳に見えているんだよ。
まあいい、いつもの確認をしよう。
「ウキ、一本いくら?」
「ズバリ五百エル! と言いたいところだが、目の前に無料で材料が実っているからな。三百エルでどうだ?」
わかった。そうするね。
ということで、サキの読書タイムとウキのお昼寝タイムの間、オレは街道で急遽『焼きユニコーンコーン店』を始めたんだ。
「この香ばしいのは魚汁かい?」
そうだよ。わざと煮切って磯の香りを飛ばして、焦げる香ばしさを全面に出すんだ。
「目の前の可愛いお嬢ちゃん手摘みってのがうれしいねえ」
そう言ってもらえるとオレもうれしいよおっさん。
「処女を目の前にしてのユニコーンコーンって、色んな意味でたまんねえな」
そこまでいくとセクハラだぞおっさん。
ということで、オレは収穫、蒸し、焼きを一時間ほど繰り返したんだよ。こうして無事閉店。
さてっと、ウキのおやつ用にたくさん茹でておこうっと。
そうそう、茹でた実を包丁でこそいでおけば保管効率も高くなるわね。
「ほら、起きなウキ、そろそろ行くよ。ユーキもいいかい?」
「ユーキ、腹減った」
お前は育ち盛りのガキか。これでも食ってろ。
茹であがったユニコーンコーンの山も、すぐになくなるんだろうなあ。
「で、さっき粉にしたのはどうするんだい?」
ふっふっふ。楽しみにしていてねサキ姉さま。なんたってこいつの汎用性はオレの世界では小麦に並ぶもんだからね。
「もうすぐ むぐむ……宿町だ むぐむぐ……」
いいから黙って食え。




