怒りの理由
ここはアンテ爺さんの家。オレ達が借りている部屋。
「ユーキには悪いことしちゃったね。ごめんよ」
ベッドの上に腰かけ、ちょうどサキの胸に顔をうずめるように抱きついているオレの頭を、サキはやさしく抱え、撫でてくれる。
横にはウキ。
「すっかり怖がらせてしまったな。すまん」
本当に怖かったんだよ……。
でも、オレは勇気を出して聞いてみることにした。
「ねえ、何で二人ともあんなに怒ったの?」
下から窺うサキの表情は、困ったような、悲しそうな顔。
「実はね……」
そうか、それで二人とも怒ったんだ。
この世界では、種族の特徴は髪の色に現れる。サキ達『水髪族』、アベル達『赤髪族』、アンテ爺さん達『銀髪族』など。他にもさまざまな種族があるんだって。
で、一般的に髪の色と瞳の色は異なる。が、稀に髪の色と瞳の色が一致する者が産まれるらしい。
それが『同髪瞳』 いわゆる突然変異。
彼ら『ダブル』は、この世界の歴史ここかしこに登場した。その独特なカリスマ性から。そしてそれはいつしか人々からの『恐れ』の対象となり、『迫害』の対象となった。
平和な今でこそそんなことはないが、過去に『ダブル』は産まれた時点で『処分』されていたこともあったという。
もうひとつは『黒髪族』
『黒髪』を持つ子供は、低い確率ではあるが、全ての種族から生まれる。だから水髪族のサキとウキが、黒髪であるオレの姉兄であっても何らおかしいことはない。
一方、黒髪族の女性は、結婚相手の髪色の子供を必ず生み、相手の男性が黒髪族でない限り、黒髪の子を産むことはないという。
が、どこの世界でも「他と異なる子」は迫害の対象となる。これは『ダブル』と同じ。
こうして『黒髪族でない黒髪の子』は『黒髪族』に引き取られることがいつしか当たり前となった。
他種族の血が混じることで、黒髪族は長い年月の中で、いつしか全種族最高の強靭さを誇るようになる。
そして増長した彼らは、ある『戦争』をこの世界に引き起こした。
それは『黒髪族』対『他の全種族』の様相を呈し、結果黒髪族は敗北し、辺境の地で細々と生活することになる。
こうした経緯から、『黒髪族』を蔑視する者も一定数存在する。
オレにはわからなかった。
『黒髪族の同髪瞳』と揶揄される屈辱が。
しかしそれはサキとウキの胸には突き刺さった。
自身が『同髪瞳』として揶揄されたことが一度や二度ではなかったから。
だから二人はオレのために怒った。
これが顛末。
「余計なことを教えちまったね。ごめんよ……」
「すまなかったな、ユーキ」
いや、いいんだ。この世界にそんな事情があったなんて知らなかったし。この黒髪と黒い瞳が誰かを不快にさせてしまうのは悲しいけれど、仕方がないもんね。
「そんなことないよ。教えてくれてありがとね、サキ、ウキ。さあ、今日は寝ましょう! 明日は早いんでしょ!」
ほら、リート、リル、フル、お前たちも寝るんだよ。お休み。
……。
「ユーキ、お前の漆黒に輝く髪と瞳。俺は好きだぞ」
……。
ばか……。
畜生久しぶりに夜通し泣いちまったぜ。
ということで心機一転の朝が来た。
昨日はあんなことがあったから、今日の朝食は甘いもので幸せになろう!
おっと、サキとウキは起こさないようにね。
オレが親の仇のように生クリームをホイップしていたら、誰かが部屋をノックした。
ん?
誰だい?
「ワシじゃ、アンテじゃ。皆起きておるかい?」
まだ二人とも寝てるよって、あれ?
「なんだい爺さん。朝っぱらから女の部屋を訪れるとは、いい根性じゃないか」
あら、サキ、起きてたのね。
「ああ、すまなんだな。実は昨日の三人があんたらに謝りたいといって、ここに来ておるんじゃ。すまんが会ってやってくれないかの」
サキとウキとオレが爺さんのリビングに顔を出すと、昨日ウキに腕を折られた兄ちゃん二人と村長夫妻がオレ達を直立不動で出迎えたんだ。
「村を助けてくれた方への失礼、申し訳ございませんでした!」
「ごめんなさい。決して変な意味で言ったつもりはなかったの。本当にごめんなさい」
うわ、三人とも平謝りだよ。村長さんも一緒になって謝ってるよ。
で、どうするのかな?
サキの表情はあきれ顔。ウキはすでに腹減った状態で、この場はどうでもよくなっているらしい。
「どーするユーキ?」
どーするとおっしゃられましてもどーしたらいいんでしょうか?
「思った通りのことを言え。そして早く朝飯にしてくれ」
わかったよ。
「オレは何とも思ってないからさ、頭をあげてよ!」
「おお、許してやってくれるか!」
嬉しそうだな爺ちゃん。そうだよな、最後は仲良くお別れしたいよな。
「ユーキがそういうなら仕方がないねえ。ほら、小僧ども、ウキに折られた腕を出しな。ユーキ、朝食はいつもの倍でお願いするよ」
あ、わかったわ。治してあげるのね。さすがサキ姉さま。それじゃ朝食の準備にいってこよっと。
オレが部屋に引きこもって料理をしていると、しばらくしてからサキの死にそうな声が聞こえてきた。
「ユーキ、あたしゃお腹がすいて死んじまいそうだよ……」
やっぱりそうね。サキとウキは魔法を使用すると、ものすごくお腹が減るんだわ。
「はい、おまたせ! 『薬膳熊のハムエッグ』と『脛肉スープ棒パン添え』だよ。ハムエッグは青菜と一緒に食べると美味しいよ!」
ハムエッグは、昨日焼いて置いた塩釜焼きの肉を薄く切って、目玉焼きとあわせたもの。スープは昨日脛肉を煮込んだスープの味を整えて用意したんだ。
「デザートは『二色のスライムゼリーホイップクリーム添え』だ!」
これは、ミントのような香りがする『爽快花』を浸けこんだ果実酒で戻した『草スライム』と『浜スライム』を、小さく角切りにしてプレートリーフに乗せ、上からホイップクリームで包んでやり、最後にレモンりんごの汁をしぼりかけてあげたもの。
せっかくの名産品だから、プレートリーフを使ってみたかったんだ。
「ユーキ、当然だがおかわりだ」
はいよ。ハムエッグとスープの両方だね。
「ウキとサキは毎朝こんな美味い朝飯を食わせてもらっているのか!」
「ああ、よくできた妹だろ。あ、ユーキ、このお肉を冷たいまま青菜にくるんでくれるかい?」
さすが姉さま、冷製も美味いって気付いたね。
「ごめんよう! うまいよう! ごめんよう!」
兄ちゃんたちも謝るか食うかどっちかにしろ。おかわりならまだあるぞ。
「このデザートは新食感だわ! スライムを果汁で戻すなんて、なんというアイデアなのかしら!」
嬉しいこと言ってくれるねえ奥さん。ならお土産にも包んでやるよ。
「それじゃ、世話になったねアンテ爺さん」
「こちらこそ、薬膳熊といい、バカガキどものお灸といい、世話になった」
「爺ちゃん、元気でね」
「ユーキもな。そうじゃ、これを渡すのを忘れておった」
爺ちゃんが手渡してくれたのは、茶色い革製のエプロン。
「毛皮の加工が間に合わなかったからの。加工師が以前の獲物でこしらえたものを代わりにと持ってきたのじゃ。これで存分に薬膳熊を解体するのじゃぞ」
色気もへったくれもねえな爺ちゃん。でもうれしいよ。
「それじゃ、出発するぞ」
ウキの声を合図に、オレ達は村を後にしたんだ。
次はどこに行くの?
「この次は『リタイアメントキャッスル』の街だよ。そこには昔の大きな城があるから、楽しみにしておいで」
へえ。お城かあ。
この世界の歴史って、ちょっと興味あるかも。楽しみだわ。




