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熊のフルコース

 アンテ爺ちゃんに尋ねたところ、この名も無き村の名産は『プレートリーフ』なんだって。

 棒パンは自分たちで育てて焼くよりも、街でプレートリーフを売って、焼いた棒パンを買ってきた方が安く上がるらしいんだ。

 ちっ。この村で生棒パンの実を手に入れようと思ったのに、目論見が外れたぜ。

薬膳熊ハーバルグリズリー』は、肉の半分は村のみんなにおすそわけ、もう半分は村の若い衆が早馬で街の肉屋に卸してくるらしい。

 内臓は全部街の薬屋行き。毛皮は村の皮革加工師が引き取るんだって。

 ちなみに肉は多分卸値で一キログラム五百エル、今回は百五十キロなので七万五千エル。

 内臓は一頭分で十万エルで売れたんだって。

 毛皮は加工師が街で売ってきた時点で、その三割が爺ちゃんの収入になるそうだ。


「毛皮はいつ売れるかわからんから、ユーキたちには肉代と内臓代全額でええかの?」

 これがアンテ爺さんの提案。サキ、ウキ、どーする?

「アンテさん、あたしたちは肉代と内臓代を四人割で構わないよ。毛皮代はアンテさんがとっときな」

 うわあ、いい女だわサキ姉さまは。

「俺は飯が食えればどうでもいい」

 ウキ、お前には聞いてない。

「なら、皮革加工師から加工済みのものをあんたがたに渡すことにしよう」

 ということで、オレ達は四万エルずつを手に入れたんだ。

 加工品は後ほどのお楽しみらしい。

 

 さて、既にオレは鍋で薬膳熊の脛肉すねにくを煮込んでいるんだ。じっくりと時間をかけたいから。

 あんまり火を通すと臭みが強くなるってのは事実らしいけど、なんとなく臭みが出る部位は想像できる。

 事実、今煮込んでいる脛肉からはそんなに匂いがしないし。

 後はどーすっかな。

 生棒パンがないんじゃクレープも麺もできねえ。

 プレートリーフかあ。

 ……。

 ふっふっふ。

 決まったぜ。

 

「夕食はユーキがご馳走してくれるそうじゃの」

「ええ。でね、ユーキから村の人は何人くらいになるか聞かれているんだけどさ」

「そうじゃの、村長夫妻に青年団と早馬の若い衆に加工師、それにワシで十人ほど相手にしてくれるとありがたい」

「ああ、わかったよ。それくらいならユーキなら大丈夫さ。場所は爺さんの家でいいのかい?」

「いや、寄り合い所にしよう。案内するぞい」


「だとよ」

 ありがとねサキ。オレ達を入れて十五名、ウキや向こうの若い衆もいるなら二十人前くらい用意しておけばいいな。

 

 ハーバルグリズリーのレバーは、じっくりと血抜きをしたら、他の肉と同様薬草の香りがほんのりとしてきた。

 こいつは半分を一口サイズに切り、もう半分はみじん切りにして水分がなくなるまで炒めておく。

 刻み野菜も準備。

 肉は部位ごとの塊に切りだしておく。

 そして大量の岩塩。

 卵は薄焼きにし、この村名産のプレートリーフも用意しておくんだ。

  


 そして夕刻。準備完了だぜ。

「ユーキ、客人のお前に用意させて申し訳ないの」

 問題ないさアンテ爺ちゃん。オレも熊料理楽しかったよ!

 

 村長さんたちは昼食の時とは違い、長いテーブルを囲むように座っている。

 屋台は寄り合い所に持ち込んで、テーブルのすぐ近くで仕上げができるようになっているんだ。

 給仕はサキが手伝ってくれる。

 それじゃ一気に行くよー!

 

「まずは一品目 『レバーの串焼き』だよ。酒のつまみにしてみてよ!」

 これは臭みをとった薬膳熊のレバーを一口サイズに切り、いくつか串に刺してから塩を振って焼いたもの。

 予想通り肉から甘い香りが漂ってくる。


「続けて『レバーのオムレツプレートリーフ乗せ』だよ」

 これはミンチにしたレバーを水分が飛ぶまでしょうがニンニクと一緒に炒めた後、刻み野菜とあわせてさらに炒めてからプレートリーフに盛り、上に卵の薄焼きを乗せたもの。  


「三つ目は『肉の塩釜焼き』炙りだ!」

 これは肉を大量の塩で包んでからオーブンでしばらく焼いたもの。

 こうすると肉に火が通り過ぎず、柔らかいまま一度にたくさん仕上げることができるんだ。

 で、食べるときは塩を割って中から取り出した肉を薄切りにしてから、両面を軽くあぶってあげる。

 部位によっての味や食べごたえの違いも比べられて楽しいのさ。

 

「最後は『脛肉すねにくの煮込み』だよ」

 これは肉料理の定番。脂がほとんどない脛の部分をじっくり煮込んだもの。今回は白トマトの出汁と魚醤油であっさり味で炊いてみたんだ。

 

 デザートはサキお気に入りの『黒芋のスイートポテト』だ。これもプレートリーフに乗せて焼いてあげる。

 

「さあ食べてくんな!」

「いただきます!」


「ユーキ、これがあのレバーなのか? こんなに美味いもんなのか!」

 そうだよ爺ちゃん、柔らかくて美味いだろ。

「このプレートリーフに乗った野菜に混じった濃厚なものは何なんだい?」

 村長さん、それはレバーをじっくりと炒めたものさ。

「この肉はただ焼いたのとは違った美味さだ! これはすごい!」

 塩釜焼きにしておけば、数日は保存もきくから、生、塩釜、塩漬けと三段階で熊肉を食えるぜ、加工師のおっさんよ。

「このスープは一体何だ! 熊肉は煮ると臭みが出るはずなのに、こいつはちっとも臭くないし、肉がホロホロだぞ」

 臭みの原因は『脂身』だと思ったのさ。脛肉なら大丈夫かなと思ったら大当たりだったよ。美味いだろ青年団長よ。

「ユーキ、今日は頑張ったねえ」

「美味いぞ、美味いぞユーキ」

 ありがとサキ、ウキ。二人に喜んでもらえるのが一番うれしいよ。

 

 そんな感じでおっさんどもは酒を取り出し、宴会になったんだ。リルはオレの膝の上、フルはオレの横。で、リートはサキの胸。

 あの浮気ネコめ、今度折檻してやる。って、いいんだよ慌てて戻ってこなくても。ほら、サキが残念そうな顔をしてるじゃないか。戻っておやり。

 リルもオレの膝の上で勝ち誇るんじゃないよ。 

 

「しかし、これほどお美しい三姉弟妹の上に、狩の腕も料理の腕も最高だとは、うらやましい限りですな」

 持ち上げるなよ村長さん。

 そっか、オレってサキとウキの妹に見えるのか。ちょっと嬉しいかも。

「三人とも『同髪瞳(ダブル)』というのもお珍しいですわね」

 ダブル? なんだろそれ。あれ、村長夫人の言葉にサキが不機嫌そうな顔になったぞ。

「黒髪族がどの種族からでも生まれるってのは本当だったんだな」

 青年団のひとりが妙なことを口走ったぞ? 黒髪族ってオレのこと?

 って、一気に場の雰囲気が悪くなったけど……。

「やめんか! 客人に失礼じゃぞ!」

 え? 今のって失礼な話だったんだ。

「事実を言っただけじゃねえか。うるせえよジジイ」

 早馬の若い衆よ、酔っ払っているのかい?

「しっかし、黒髪族の上にダブルときたら、親御さんは驚いただろうなあ。あ、まず産婆が驚いたか」

 何がおかしいんだよ兄ちゃんたちよ。 え、ウキ、どうしたの?

「お前ら、俺の妹を侮辱してんのか?」

「なんだようるせえなあ。これだから水髪族は短気だって言われんだよ」

「お前ら表に出ろ」

 え、マジで怒ってる、ウキ?

「水髪族が調子こいてんじゃねえぞ」

 やめろよ兄ちゃんたち!


 場が騒然としてきちゃったよ……。

 村長さん達はおろおろしてるし、青年団長さんたちも酔っ払い二人を止められないし。

「アンテ爺さんよ、悪いがあのガキどもをシめさせてもらうぞ」

「ウキよ、ワシからも頼む。ちいっとお灸をすえてやってくれ」 

 ねえサキ、どうしたの? なんでみんな殺気立ってるの?

「何でもないよ。でもね、ここはきっちりとケジメは取っておくのさ。バカガキどもが二度とくだらないことを口走らないようにね」

 リートとリルとフルも不愉快そうだ。そんなに申し訳なさそうな顔をしなくても、オルト……。

 

 勝負は一瞬だった。

 殴りかかってきた若い衆二人をウキは一瞬で地面に投げ落とし、そして……。

 そいつらの左腕を踏み砕いたんだ……。

「仕事に差し障りがないよう、これで勘弁してやる」

 怖いよウキ……。


「さて、お招きのところ悪いけど、気分を害しちまった。村長、奥さんの教育は頼むよ。それからアンテ爺さん、小屋を借りるからね。ユーキ、お前も帰るよ。フルに屋台を持ってくるように言いな」

 わかったよサキ。でもどうしてこうなっちゃったの?

 他の皆がオレに謝るんだ。「すまなかった、ユーキさん」って。

 村長の奥さんは村長に平手打ちされて泣き崩れちゃってるよ。

 なんで爺ちゃんまでがオレに頭を下げるんだ?


 やめてよ……。

 オレ、何だかわからないよ。

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