ごめんよ弱肉強食なんだ
「今日はそこの村で宿を借りるとするかい」
浜スライムのそうめんを食べるのに熱中しすぎて、宿町まで到達できなかったオレたちは、途中の村で小屋を借りることにしたんだ。
ん? 何か騒ぎが起きてるね。
「ちょっと聞いてくるぞ」
行ってらっしゃいウキ。
「どうも近くに手負いの『薬膳熊』が出たらしいな」
ハーバルグリズリー?
手負い?
もしかしてそれって?
「多分アベルの父ちゃんとタイマン張った熊だろうねえ」
うええ、やっぱり。
で、どうすんだって?
「退治するにも、この村には老齢のモンスター猟師しかいないらしい。で、誰が退治に行くかで揉めてるんだと」
ふーん。
ところで、『ハーバルグリズリー』って美味しいの?
「美味いぞ」
あら、食べたそうねウキ。
「でもね、ハーバルグリズリーはプロが処理しないとすぐに臭みが出ちまうらしいよ」
さすがのオレも熊を絞めたことはないなあ。
あれ、さっき『老齢のモンスター猟師』ならいるって言っていたよね?
「ああ、白髪の爺さんが犬の精霊獣を連れて、周りから『熊を狩ってこい』と無責任なことを言われていたな」
……。
ん? どうしたリル。うん、うん。わかったよ。
「ねえウキ、ウキは強いよね」
「自分の強さなんぞ知らん」
「ああ、こいつは熊並みには強いよ」
「なら、老齢のモンスター猟師の狩りをオレたちで手伝ってやるってのはどうだい?」
実はリルがやる気満々なんだよ。相手が『熊』だと燃えるらしいんだ。犬の血が騒ぐのかしら。
ちなみにリートは全く興味を示さないし、フルも熊ごときではやる気がでないらしい。けっこうムラがあるのね君たちは。
「ウキはともかく、ユーキは大丈夫なのかい」
「戦うのはリルで、オレはリルへの『燃料供給係』だから大丈夫だと思う」
「なら、その爺さんとやらに挨拶に行くかい」
「俺は姉ちゃんとユーキに任せる」
こうしてオレたちは爺さんの家に顔を出すことにしたんだ。
「ほう、『薬膳熊』狩りを手伝ってくれるのか。そりゃありがたい。最近の若いもんは根性無しが多くての。ワシは『アンテ』こいつは『追撃犬』の『オルト』じゃ」
「あたしゃ『サキ』、こっちのデカイのが暴力担当の『ウキ』、こっちの黒髪娘は精霊獣使いの『ユーキ』だよ」
「ほう、『流水犬』とは珍しいの」
へえ、リルって『流水犬』って種類なんだ。
ん? これは仮の姿だって? リートと同じだね。
でさ、爺さんは『ハーバルグリズリー』の絞め方は知ってるのかな?
「当然じゃ。獲物を処理できない猟師はただのモンスター殺しじゃよ」
それはそうだね。
今日は爺さんが家に泊めてくれることになったんだ。それじゃ、お近づきの印に夕食をこしらえようっと。
今日の夕食は蒸して二三日なら保存が効くようにした生棒パンの中華麺がメイン。
背脂と生姜にんにくを炒めてから猪肉とパプリカ玉ねぎに火を通して麺を投入。仕上げに青菜とネギ投入で出来上がり。スープは鳥ガラストックから取り分けて温め、味を調整してあげればオーケー。
暴力担当には、これとは別に肉を焼いてやる。
「今日の夕食は塩焼きそばとチキンスープだよ。ウキのは焼肉乗せな。爺さんもどうぞ召し上がれ」
「ほう、変わったもんをこしらえるのじゃの? おうおう、これはシコシコして香ばしくて美味いのう」
口にあってよかったよ爺さん。
「この娘は料理の腕は一流だからな」
「ならば、『薬膳熊』の料理も楽しみだのう」
オレも楽しみだよ。じゅるる。
翌朝、爺さんは村の連中に『熊狩り』に出かけることを伝え、獲物を運ぶための荷車を借りてきた。
おや、追撃犬のオルトさんが丁寧にうちの三匹に挨拶に回っているね。って、もしかしてオルトさん、ちょっとビビッてる? 一方のリート、リル、フルは堂々としたものだわ。
なになに、格が違いますからって? って、オレ、オルトさんとも話ができちゃったよ。
「この棒パンは絶品じゃな! それにこの肉もなんという美味さじゃ!」
朝食はいつものフレンチトーストに今日はソーセージ添え。
爺さん、ソーセージの皮が『徘徊蔓』の蔓だと聞いてびっくりしてくれています。へっへっへ。
「うーむ。これは『熊肉』も楽しみじゃのう。それじゃ作戦じゃ」
爺さんの作戦は次の通り。
まず、『追撃犬』の『オルト』が『薬膳熊』を探し出す。
次にウキとオレ達が熊の風下に周り、一方で爺さんとオルトは風上から熊を追い立てる。
で、逃げてきたところをリルの『氷結召喚』で足止めし、ウキがとどめを刺す。
ん? 別にボクがとどめまで刺してもいいんだけどって? リル、そう言うな。アホにも見せ場は残してやるのが大人ってもんだよ。
「何か言ったか?ユーキ」
「なんでもない」
危ない危ない。
隊列は先頭がアンテ爺さんとオルト、その後ろに少し離れて荷車を引いたウキとオレとリル。
更にずっと離れて、サキとリートとフルと屋台が続く。今回このメンバーは出番なし。
リートなんかは最近すっかりサキの胸がお気に入りで、四六時中抱っこされている。悪かったなオレのは小さくて。
「いたぞ」
アンテ爺さんが立ち止まり、オレたちに身振りで合図をくれた。
「ユーキ、風下は右だ」
わかった、ウキ。
オレたちはその場に荷車を置き、ゆっくりと熊の風下に向かったんだ。
静寂の中、草を踏む音だけが耳に響く。
ちょっと緊張してきたぞ……。
わんわんわんわんわんっ!
ひっ! 心臓が止まるかと思ったぜ。
突然オルトが吠え出したんだ。 うお、熊も姿を現したぜ。
「ユーキ、リルと準備をしてくれ。合図をしたらサポートを頼むぞ」」
わかったウキ。リル、いいね。
あれ? あの薬膳熊、こっちに向かってこないよ! って、爺さんとオルトのところに向かって行ってない?
「ちっ、『手負い』で気が荒くなっていたか! 爺さん! 逃げろ!」
アンテ爺さんが逃げるのを助けるかのように、オルトが熊を威嚇し、足止めしているけど時間の問題だ!
え? ウキ、どうしたの?
「非常時だ。仕方ねえ!」
『武装召喚』
何だ! ウキが薄っすらと何かに包まれたぞ。って、一気に熊まで距離を詰めたよ!
え? リル、わかった! これを認識すればいいのね!
『氷道滑降』
すると瞬時に伸びた白い氷の上をリルは滑るように駆け、次の瞬間『薬膳熊』はウキに心臓を貫かれ、リルに喉元を食い破られていたんだ。
「爺さん、大丈夫か?」
「お前ら……。何者じゃ?」
「少なくとも爺さんの敵じゃねえよ……」
ありゃ、アンテ爺さん、完全に腰抜かしているよ。オルトがこちらに頭を下げながら爺さんに寄り添っているよ。いいよいいよ気にすんなって、無事でよかったよオルト。
「ところでユーキ、俺はもうだめだ……」
え? どしたのウキ! どっか怪我でもした? 大変だ!
「腹減って死にそうだ……」
そのまま死ねよ。
がんがんがんがん!
あーもう! 何で草原のど真ん中で肉のスジ切りなんかしなきゃならないんだよ畜生!
あれ、この台詞ってどこかで言った覚えがあるなあ。
じゅわー。
ほれ、『ウキ専肉』だ、心いくまで食え。
「生き返るよう、生き返るよう!」
よかったな。
「アンテさん、落ち着いたかい?」
サキがアンテ爺さんを介抱してくれたおかげで、爺さんも落ち着きを取り戻したようだ。
「ありがとよ。ちょっと驚いただけじゃ。しかしあんたの弟さんの魔法も、妹さんの魔法もすごいもんじゃのう」
「まあね。みんな無事でよかったよ」
へえ、あれってウキの魔法だったんだ。って、アンテ爺さん、あれはリルの……ん? 内緒にしておけって。わかったわリル。
それより、オレってサキの妹に見えるんだ。ちょっと嬉しいな。
「それじゃ、早速『薬膳熊』を解体するかの」
待ってたぜ爺さん!




