浜スライムをいただきます
あら、お帰りなさい。今日もオシゴトお疲れさま。
先にご飯にする? それともお風呂にする?
え? お前、ご飯、お前、お風呂、お前の順番にするって?
あん……もう、食いしん坊さんなんだから。
「ユーキ……」
うふっ。なあに、あ・な・た。
「ユーキ……」
どうしたの?そんな死にそうな声で。
「腹減った……」
あれ?
何だ夢か。どう考えてもここは宿のベッドだよなあ。って、オレ、なんて恥ずかしい夢を見てんだよ!
あれ、胸が重いぞ? リートの重さじゃないなこれは。って、苦しいんですけど。
「ユーキ……。腹……減った……」
……。
ギャー!
何でウキがオレの胸に顔をうずめてんだよ死ねよウキ!
殴ってやる! 殴ってやる!
って、何でよそ見してんのよリート! なに? 無害そうだから放っておいたって?
リル、何でこいつの侵入を許したのよ! なに? 面白そうだからだって?
フル、笑いすぎて引きつけを起こしてんじゃないわよ!
ウキも情けない顔でこっちを見ないの! はいはい、お腹がすいたのね、どうせオレは飯炊き女ですよ!
がんがんがんがん!
あーもう! 何で朝っぱらから肉のスジ切りなんかしなきゃならないんだよ畜生!
じゅわー!
ほれ、『ウキ専用ステーキ』だ、さっさと食え!
「美味いよう、美味いよう!」
泣きながら食うな阿呆。
「なんだい、朝っぱらから騒々しいねえ」
あ、おはようサキ。クレープとスイートポテトが焼けてるよ。
「姉ちゃん、オレは幸せ者だ」
お、落ち着いたか。
ああ恥ずかしいぜ。
何が、『お前、ご飯、お前、お風呂、お前』だよ。何考えてんだオレ。
「よし、ユーキ、次は風呂だ」
聞いていやがったのかこの野郎は!
「なんで風呂なんだい?」
「いやな、ユーキが俺を風呂に誘ったんだよ。そういやユーキ、お前の胸も小ぶりで結構いい感じだったぞ」
次の瞬間、オレは中華鍋をウキの頭に思いっきり振り下ろしたんだ。
「おはようございます! ユーキ姉ちゃんはいるかな?」
あれ、アベル、どうしたんだい?
「かあちゃんが、お姉ちゃんへお礼に、これを持っていけって持たせてくれたんだ」
どれどれ?
え? これって!
「『オイルシード』の実と、そこから絞った『油』だよ。お姉ちゃんが市場で油を探してたって母ちゃんに言ったら、これを持ってけって言われたんだ」
そっかあ、この世界では油は自家製なんだ。だから売ってなかったのね。
ありがとうアベル、これは大事に使わせてもらうよ。『オイルシード』も買い置きできそうだね。
「それじゃウキ、ユーキ、出発するよ」
はーい。それじゃ元気でね、アベル。そんな顔すんなよ。男の子だろ。
「ユーキお姉ちゃん、またねー! ソーセージ、ありがとー」
うう……。可愛い奴め。
あれ、広場に人が集まっているぞ。何だろあの人だかりは?
「ユーキが気にすることじゃないよ」
「放っておけ」
そっか、二人がそう言うのならそうなんだろうね。放っとこうっと。
その数日後、オレは旅の人に聞いちゃったんだ。
人だかりの中心には、あの『金髪教詐欺師』の兄ちゃん、姉ちゃん、おっさんたちの首が晒されていたんだって。
『この者たち、神を愚弄する者』という立て看板と一緒に。
で、それで終わりじゃなかったんだ。そのすぐ近くに、金髪族数名が、胸を一突きにされて死んでいたんだって。
『こいつらが犯人です』っていう書き置きと一緒に。
ああ、現場を見なくて良かったぜ。おっかねえなあ。
「ここからしばらくは海岸沿いを歩くからね」
はーい。日差しが眩しいや。昨日買ってもらった麦わら帽子が早速役に立つわ。
青い海と青い空で心が躍っちゃう。ワンピースとサンダルの選択で正解ね。
この陽気だと、リルの氷がなかったら、使える食材は限られちゃったよね。ありがとね。ほら、抱っこしてあげる。
って、わかったわよリート。あなたも大事よ。はいはい、フル。あなたは今お仕事中だものね。
ということで、オレは左腕に仔犬を抱き、右肩に子猫を乗せて、右手でロバの頭を撫でながら歩くことになったんだ。
「お、ユーキ、ちょっと来てみろ」
どうしたんだい、ウキ。
「これを見てみろ」
そこには海岸にそって、たくさんの青い小さな花が広がっていた。
そして『青く透明なうねうね』
えーと、もしかしてこれって。
「浜スライムだ」
うは! いきなり手掴みかよウキ。うわあ、ほんとうねうねしてるなあ。これって害はないの?
「浜スライムと草スライムは特に問題ないさ。で、ここをよーく見てみろ」
何々。あれ、何か球があるね。そこだけ半透明だわ。
「これが『スライム』の核だ。こいつをこうしてやるとな」
うわ、いきなりスライムに手を突っ込んだぜ! え、核をむしり取っちゃうの? え、それを捨てちゃうの?
「ほら、核を見てみろ。動いているだろ?」
へえ。核の周辺の透明なところがうにょうにょ動いているわ。
「で、こっちはこんな感じだ。ほれ、持ってみろ」
うん。うわ、ぷるぷるだ。
何でも、この世界のスライムは『核』が本体で、ぷるぷるなところは放っておけば再生するんだって。
だからスライムは必ず核を『放流』してあげるそうなんだ。
匂いは殆どないわ。ぷるぷるも、液体が包みに入っているというより、全体がゼリーみたいな感じだ。
「で、食えないかこれ?」
ちょっとかじってみようか。ふーん。何のクセもないなあ。それに予想以上に固いし。
あ、いいこと思いついた。
「サキ、ウキ、ちょっと休憩でもいいかな」
「ああ、構わないよ」
「おう、何か思いついたな」
ふっふっふ。
さて、取り出しましたるは『製麺機』
半分に切って水洗いした『浜スライム』を製麺機に通してあげれば、
『浜スライムそうめん』
が完成だあ!
これをリルの氷水で冷やしながら、魚醤油を出汁で割ったものを用意してあげる。
うわあ、思った以上に透明な青が鮮やかで綺麗だ!
「へえ、つるつるして面白い食感だよ」
そうだねサキ、これは干物を戻したのとは違う食感だね。こうして食べると美味しいや。
「うおお、美味いぜ! しょっぱいのがたまんねえよ!」
そういうウキにもう一つのお薦めだ。騙されたと思って、この『シロップとレモンりんごの汁』で食ってみな。
「ユーキ、俺はお前ならやってくれると信じていたぞ」
「こうすると立派なデザートだねえ」
ね、さっぱりと甘くておいしいでしょ。
「なんだなんだ」
屋台の周りではしゃいでいたら、旅のおっさんやおばはんたちが寄ってきた。
ねえサキ、この人たちにもご馳走してあげてもいい?
「そうしてあげな」
「おっさんども、お前らは運がいい。この娘は寝ぼけて俺を風呂に誘うほどのアホの子だが、料理の腕は一流だ」
ウキ、さすがにそのコメントでは、お前の方がアホの子を見る目で見られているよ。
「こりゃ驚いた。彩りもきれいだなあ」
「浜スライムを生のまま細切りにするというのは思いつかなかった!」
「固い浜スライムも、こうしてあげると、歯ごたえもちょうどいいよ」
「お嬢ちゃん、俺も浜スライムを獲ってきたぜ」
「いい事を教えてもらったよ」
こうしてこの日はのんびりと、冷たいスライムのそうめんをすすりながら、暖かい海岸の日差しを楽しんだのさ。




