鱗の裏に美味さあり
「ぐああー! 大損こいちまったあ!」
「普通に考えて『警護犬』で『点火猫』に負けるかよ! 何ボケてんだ、この赤髪の若造が!」
「嬢ちゃん! ご祝儀のつもりが四倍になって返ってきたぜ! ありがとうよ!」
会場は阿鼻叫喚。
サキとウキもしっかりと儲けたようで何より。オレの料理ファンのおっさんどももホクホクだぜ。
ん? サキそのウインクは何?
あ、理解したであります。
「それじゃ次は『人間バトル』だね。ウキ、そこの『赤髪族』をボコボコにしちまいな!」
「怖いよ姉ちゃん」
うわ、三文芝居を始めたわ。でもここはオレのサポートも必要だな。
「サキ姉さま、ウキには無理だって! これでやめようよ!」
と、心にもないことを叫んでみる。
はい、案の定『ヒノカ』が乗ってきました。アホだねえ。
「『フント』の雪辱戦だ! そこの水髪族の兄ちゃん、俺との『人間バトル』を受けろ!」
場はいい感じで鉄火場となっております。
「次は『水髪族』と『赤髪族』の人間バトルだよ! さあ、張った張った!」
見るからに怖気づいて、『姉ちゃん』らしきボンキュッボンの影に隠れている『水髪族の若造』と、つい今しがた『精霊獣バトル』で敗北し、頭に血が上って全身から湯気を噴き出している『赤髪族の若造』
おっさんどもは二人を見比べる。
「赤髪に千エル!」
「こっちは五千エルだ!」
バカだなおっさんども。それだからあんたらはおかしな宗教にすぐハマっちまうんだよ。
オレも一万エルをウキにぶっこんでおこうっと。
「それでは両者開始線へ」
おどおどと立つウキ、指をぽきぽき鳴らしながら胸を張るヒノカ。
「金的、目潰し以外はなんでもあり。勝敗はテンカウントかギブアップ、よいな?」
「怖いよ姉ちゃん……」
「ぶっ殺してやる!」
お、今のやりとりでオッズが更に跳ね上がったぜ。
「それでは勝負開始!」
ぼぐんっ!
うわ、まさしく『ワンパン』だわ……。
人の骨を人の骨が殴る時の響きって、意外と鈍い音なのね。
哀れヒノカは、ウキからの右拳を左頬にモロに受け、観客たちのところまで吹っ飛んでいったのさ。
「勝者『水髪族』!」
「うがあ! 今月分の生活費をどうしてくれるんだー!」
「赤髪族の恥さらしがあっ!」
「ウホ! 千エルが二戦で四万エルになったぜ! ありがとな嬢ちゃんたち!」
見事な明暗。
オレの一万エルも十万エルになったぜ。っていうか、ここの連中アホばっかだろ。
「さて、スッキリしたことだし、昼食にするかい? ユーキ、ウキ」
そうだねサキ姉さま。
「腹減った」
お疲れさまウキ。
頑張ったねリート。次はお前の番だからねリル。フルはおっかないことを言わないようにするまではお預けだよ。
へえ、これは初めて見るなあ。
サキが連れて行ってくれた高級料理店でオレが味わったのは、小さな皿に盛られた、ほんのちょっとの半透明で桃色の肉。
「ユーキならこの旨さがわかるだろ」
とりあえず匂いを嗅いでみると、それはほんの少しの脂の甘さを思わせるような香り。生臭さ他の嫌な匂いは全くない。
それじゃ一口。
オレは添えられた小さなスプーンで、肉の小片を掬って口に運んだんだ。
うわ!ものすごく旨味が濃い! しっとりとした、お肉とも脂とも言えない食感のペーストだわ。味に一片の曇りもないわ。すごい!
「ねえサキ、これって何なの!」
「これは『ドラゴンの鱗のすき身』だよ」
え、すき身って、皮と身の間の肉だよね。
「そうだよ。探索者が命がけで剥がしてきたドラゴンの鱗の内側にある肉さ」
って、いくらくらいなの?
「ああ、今日は一皿五万エルだよ」
……。
ええ? えええっ!
「ドラゴンの鱗自体に価値があるから、探索者は結構頑張って鱗を採取してくるんだよ。このすき身は、その副産物みたいなもんさ。この一皿で鱗一枚分くらいかな」
って、一皿五万エルだなんて……え? 「今日は」?
「基本こいつは、あるときだけの『時価』だからね。よかったよ、今日店にこれがあって。こいつをユーキに味あわせてあげられて、あたしゃ満足さ。ああ、さっきの勝負で稼がせてもらったからね。五万エルなんか大したことないよ」
ありがとうサキ。本当に美味しいよ。これは初めて出会う美味しさだよ。
このすさまじい美味しさは、オレにはまだまだ敷居が高い。今のオレにはこの味以上の旨さを引き出す自信はない。
でも、この世界にはきっとこの『ドラゴン鱗のすき身』と合わせられる食材があるはずなんだ。調理法があるはずなんだ。
うは。この世界での目標ができちゃったぜ。頑張るぜオレ!
それにしてもドラゴン鱗のすき身の美味さよ。
サキが言うには、この街での最高の味はこれだけど、もっと猛者の集まる街では、まれにドラゴンの肉が手にはいることもあるそうだ。
それはそれは美味しいらしい。そうだよね。すき身でこれだもんね。その味は想像できないや。是非とも食べてみたいところだわ。ジュルリ。
そのかわり、お値段も相当らしいけどさ。
そうと決まれば稼いで貯金しなきゃ。うおお! 俄然やる気が出てきたぜ。
驚きの昼食の後は、衣料品店や道具店巡り。そうそう、薬屋でスパイスの補充もしておかなきゃね。
「ユーキ、ちょっと来てごらん」
なあにサキ。
「次の街まではちょっと日差しが強くなるからね、ほら」
サキがかぶせてくれたのは、赤いリボンが結ばれた、鍔が短めの麦わら帽子。あ、これちょっと可愛いかも。
「いいねえ、似合うよユーキ」
ありがとサキ。
「何だったかな?『アホの子にも衣装』だったか?」
そりゃ『馬子』だよ、って、こっちの世界にもそんなことわざがあるのかウキ。
「それじゃ、宿に帰るかい」
はーい。
うーん。
今日の夕食は『会心の出来』だったんだけど、あのすき身を食べちゃうとなあ……。
「ユーキ、夕食はパスタって言ってたよね。楽しみだねえ」
「腹減った」
うん。毎日ドラゴンのすき身ってわけにもいかないし、こっちの料理は材料費が『無料同然』だものね。胸を張って提供しようっと。
「おまたせ、サキ、ウキ。今日の夕食は『シーサーペントのタンシチュー、パスタ添え』だよ」
「この焦げ茶色なのはなんだい?」
「シーサーペントの『舌』だよ」
「え?」
あ、やっぱり引いたか。漁師のおっちゃんが無料で分けてくれたときに、こっちではタンを食べる習慣がないんだろうと予感してはいたんだけどさ。
実際、最初の下茹での時に出てきたアクはとんでもない量だったしね。
騙されたと思って食べてみてよ。
「そうかい。それじゃ、ちょっと……」
……。
「うわあ、フォークがすうっと入っていくねえ」
「すげえぞ姉ちゃん! この肉、ものすごく柔らかいぞ!」
「何だいのソースのコクは! 色んな味がするよ!」
えへへ。
タンは徹底的にアク抜きをしてから、野菜と一緒にじっくり煮込んで、煮込みと寝かせを繰り返したんだ。
別取りしたスープに、すったパプリカじゃがいもとミルクを吸わせた棒パンを茶色く炒めたルウを加えて、ブラウンソースも上手にできたんだよ。そのソースも美味しいでしょ。
「舌がこんなに美味しくなるんだねえ……」
よかった。でも、これも手間がものすごくかかるから、屋台では出せないんだ。
「ということは、昨日の貝に続いて姉ちゃんと俺の独占か! すげえ」
そうだね。そういうことだよ、ウキ。
「ドラゴンのすき身はそれ自身が美味いけど、ユーキの料理は、食材の隠れた美味さを引き出してあげるところがすごいよ」
そういってくれるとうれしいな。サキ。
「おかわりだ! ユーキ!」
うんうん、たくさん食べてね。ウキ。
こうして『スモールフィールド』最後の夜は終わったんだ。
明日は次の街に出発。次も美味しいものに出会えるといいな。
お休み。リート、リル、フル……。




