精霊獣のバトルだぜ!
ふっふっふ。
今日の夕食は手が込んでるぜ。明日の夕食もだけどな。
まずは生の『ジュエル貝』を殻からはずし、塩水でよく洗ってから、固い部分とキモをとっておく。
もう一方は、『魚汁』だとあんまりなので、個人的に『魚醤油』と命名した磯の香りがする醤油とトリガラ、白トマトのダシでこしらえた特製スープでことこと煮込んでやる。
「ただいまユーキ、いい匂いだねえ」
「魚臭いぎりぎりの匂いだなこれは」
あー。ウキは魚がダメだったんだったよね。良かった。キモを練りこまないでおいて。
よし、夕食にしよう。
「まずはこれを食ってみてくれるかい?」
オレが二人に用意したのは、生のジュエル貝をバターソテーにしてから薄切りにしたもの。
白い貝肉がバターの香りとともに食欲をそそる逸品。
「へえ、バターの風味が合うねえ」
「まあこんなもんだろうな」
これはサキの方が好みかな。ウキには物足りないかもね。
で、次は真打登場。
今度も同じような貝の薄切り。だけど、身は茶色に染まっており、こっちは焼いたのではなく煮たもの。
「これを食べてみてよ」
「へえ、こっちは身が茶色いんだねえ。うん、良い香りだわ」
「さっきのと違うのか?」
ふっふっふ。食ってみろって。
「うわ! 何だいこの旨みは!」
「ユーキお前、貝に何をした! 正直に答えろ!」
期待通りの反応だよ二人とも。
それはね、旅のおっさんとねーさんからもらった『ジュエル貝の乾物』を、四日間かけて戻したモノなんだよ。
すごいよね貝って。一旦干すと、旨みが増す上に凝縮するんだ。だから、削ってスープの味付けにするっていう、この世界での食べ方も間違いではないと思うんだ。戻し方を間違えると一気に生臭くなっちゃうしね。
でも、こうして生と食べ比べると、圧倒的な旨みの違いがわかるでしょ?
「はあ、すごいねえユーキは。でも、そんなに手間がかかるんじゃ、屋台には使えないだろ?」
そうなんだよサキ。
「ということは、俺と姉ちゃんでこの料理は独占か? すげえな」
そう言ってくれると嬉しいよウキ。
「乾物は追加を買ってあるからね。次の街でも一回は三人で食べようよ」
「それはありがたいねえ」
「俺は自分の小遣いで乾物を買うぞユーキ!」
ああ、料理人冥利に尽きるなあ。魚嫌いのウキがこう言ってくれるなんて。
「それじゃ、明日は朝から旅の準備で街に出かけるからね。昼食は街で何か食べよう。それでいいかい? ユーキ」
もちろんだよサキ。
「ユーキ、俺は肉を多めに買っておいてもらいたい」
わかってるよ。それに塩漬けにしておいた肉もいい感じで仕上がってきているからね。
「サキ、ウキ、夕食はパスタだけどいいかな?」
ただのパスタじゃないけどな。お、サキは気づいたみたいだな。
「ああ、楽しみにしているよ」
ああん、サキ姉さまの笑顔って大好き。
「肉だ肉」
黙れウキ。
さあ今日も元気に朝が来た。
しばらく生棒パンが手に入らなくなっちゃうから、今朝の朝食は生棒パンのクレープを中心にするんだ。
ウキにはソーセージと葉野菜を挟んでやったのを三本。サキにはたっぷりのフルーツを果実酒漬にしたものに、甘さを抑えたホイップクリームを添えて包んであげたのを一本。
当然ウキの別皿にはフルーツを盛ってシロップを掛けたもの。サキの別皿には刻んだソーセージと定番野菜のミニオムレツを添えてあるんだけどね。
ちなみにオレはサキと同じメニュー。さすがに朝からソーセージを三本も食えないよ。
「ごちそうさま。美味しかった」
ありがと。
「それじゃ出かけるかい」
はーい。リート、リル、フル、行くよ。
次に滞在する街までは三日ほどかかるんだって。途中に宿屋町はあるけど、食材は期待しない方がいいらしいから、できるだけここ『スモールフィールド』で買い物を済ませておきたい。
今日は時間を掛けてゆっくりと市場を周れたけど、お目当ての食材はやっぱり見つからない。
この世界には『粉もん』文化がないのかなあ。
「おい、そこの三人!」
?
「おい、そこの精霊獣を連れた三人!」
誰のことだろ?
「お前らだよお前ら! 色っぽい姉ちゃんとイケメンの兄ちゃんとその他一名! お前らだ!」
なんかむかつくなあ。
「無視すんな! お前ら俺の『精霊獣バトル』を受けやがれ!」
『精霊獣バトル』? これはこれは、またアホっぽいご冗談を……。
おや? サキ、ウキ、何やら楽しそうね。
「受けてやったらどうだい? ユーキ」
「精霊獣使いの宿命みたいなもんだな、これは」
何でも、『精霊獣』ってのはバトルで勝つと『経験』がたまるらしい。どっかで聞いたことがあるような話だな。
で、経験が一定量たまると、新しい技を覚えたり、進化をしたりするらしいんだ。それってまんまだな。
ちなみに負けてもペナルティなし。
精霊獣同士の戦いはどちらかが『気絶』するかまでなんだけど、それは『傷つく』のとは違うらしくて、バトルが終われば元の状態に戻るんだって。
なので精霊獣使い同士は比較的気軽にバトルを行うらしいんだ。
ホント人間って勝手だよな。精霊獣にとっては迷惑な話だよ。
声の主はウキと同い年くらいの赤髪族の兄ちゃん。
この世界の兄ちゃんって彫が深くて、はっきり言ってイケメン揃いなんだけど、何故かウキのような『アホオーラ』を纏っている連中が多い。目の前の兄ちゃんもアホっぽさ全開だわ。
「やっと受ける気になったか! で、誰が勝負を受けるんだ! ちなみにオレの精霊獣はこいつだ!」
へえ、こりゃ精悍なワンちゃんですね。警察犬なんかでよく見かけるタイプですね。
「おい、水髪族の兄ちゃん、お前の精霊獣はどれだ!」
「俺は精霊獣なんか持っていないぞ」
「何だと! それじゃそこのボンキュッボンの……。一度お手合わせを申し込んでみたい綺麗な姉ちゃん! お前が持ち主か?」
「あたしゃお前みたいなアホの相手なんかしたかないし、そもそもあたしも精霊獣なんざ持っちゃいないよ!」
うわ。サキ姉さま、ちょっとキレてる。
「何だと、じゃあそこの炎猫と氷犬と風ロバは野生なのか?」
この野郎。わざと言ってんな。
「失礼だね。この子たちはオレの精霊獣だよ!」
何よそのアホの子を見るような目は。
「アホかお前、何で精霊獣を三匹も連れて歩けるんだよ。なんだお前ら、俺をからかってんのか!」
「アホはお前だよ。この三匹は確かにこの娘の精霊獣だよ。ところでお前、本当にむかつく奴だねえ。精霊獣バトルの後に『人間バトル』でもやってやろうかい」
「そうだな、おい赤髪、精霊獣バトルでお前が負けたら、今度は俺と『人間バトル』をしろよ」
そうだよねサキ、ウキ。精霊獣ばかり戦わせるのって良くないよね。
って、何でお前達、やる気満々なの?
なになに? あの馬鹿犬の目線が気に入らないって? おとなしいリートがそこまでムカつくのは珍しいね。
ん? ここは同じ犬タイプ同士、ボクの出番だろうって? そうか、そういう考えもありね。
なに? あのクソ犬を踏み潰すついでに、あの生意気な赤髪もぶっ殺すって? ごめんよフル。いまの危ない表現でお前は却下だよ。
どっしよっかな。それじゃアミダくじで決めようか。
はい決まり!
「それじゃリート、行ってみようか!」
「にゃあん!」
「おい、『精霊獣バトル』だってよ!」
「お、久しぶりだな!」
「何だ! 片方は旨い料理を出してた屋台の娘さんじゃないか!」
ここは広場特設会場。どうも『精霊獣バトル』は、この世界ではみなさんの娯楽らしい。
あっという間に『バトル会場』が設営されましたよ。ハイ。
「『警護犬』と『点火猫』の勝負だ! さあ、張った張った!」
いつの間にか賭場が開かれてるし。
へえ、リートって『点火猫』っていうんだね。
「にゃあ」
なになに、これは仮初めの姿だって? サキとウキに賭けを勧めとけって?
「って、リートが言ってるよ」
「そんなこと言われなくても、あたしらはお前たちに賭けるよ」
「リート、存分に暴れてくるんだぞ」
「にゃあん」
人気は圧倒的に相手の方が上。
正直俺達に張ってくれてるのはサキとウキ、それに屋台で知り合ったおっさんたちだけ。
でも、リートもその気になってるな。じゃ、がんばろっか。
「よし、それじゃ勝負だ。俺は『ヒノカ』 こいつは『フント』だ!」
「オレは『ユーキ』 この子は『リート』だよ! 勝負!」
勝負開始!
「行け、フント! 『体当たり』だ!」
リート、どうする? ん? 意識の中から好きなの選べって?
えっと、じゃあこれ!
「リート!『ご飯のおねだり』よ!」
きゃあ! 可愛いわあ!
普段はご飯を食べないリートが『ごろごろにゃん』と、ご飯を求めるようにじゃれ転がりながら敵の攻撃を避けたわ! 素晴らしいわリート!
「畜生、フント! 『カミツキ』だ!」
「リート! 『臭いをかぐ』よ!」
すごいわ! 相手のカミツキを寸前で交わしたリートが、すかさず相手の匂いを嗅いでいるわ。
……。
キター!
『フレーメン反応』ね! もう! しかめっ面のリートがブサ可愛くて、お姉さん死んでしまいそう!
……。
「姉ちゃん、俺はユーキが『アホの子』だということを忘れていたよ」
「ああ。あたしも今同じことを思い出したところだよ」
なによウキ、サキ! バカにしないでよ! そんなこと言うならこっちからも行っちゃうわよ!
「リート! 『焼き払え』!」
「馬鹿め、炎属性の精霊獣に炎の攻撃は無駄だ!」
ふーん。余裕ねヒノカ。炎は平気なようね、三百度程度の炎は。
でもね、うちのリートは自信満々なんだけどさ。ねえ大丈夫?警察犬さん。
「リート! 『白熱』よ!」
「にゃああん!」
おお、リートが青白く染まったわ。さて、警察犬さん、『千五百度の外炎』のお味はどう?
「うわおーーーん!」
ぶすぶすぶす。
「まいったあ!」
「勝負あり! 勝者、『ユーキ』アンド『リート』!」




