お色気おねーさんと残念なイケメン
「黒……族?……」
「……変?……」
誰かの声が聞こえる。
オレ、どうしたんだったのかな? 頭が痛い……。
学校に行かなきゃ……。せっかく昨日のうちに仕込みをしたんだし……。
えっと、確か熊川のおじさんから電話が来て……
ゆっくり目を開くと、飛び込んできたのは見たこともないような青い空。
「姉ちゃん、こいつのパンツ、滑稽だぜ」
「どれどれ、おやまあ。せっかくの黒なのに、色気も何もないねえ」
気のせいかな? スカートが浮いているような気がする。直さなきゃ。
あれ? 何この手に当たる感触。これってオレの手じゃないよね。
「お、気がついたみたいだな」
何か嫌な方向から声がするなあ。
「大丈夫かい?」
誰かがオレの顔を覗き込んだ。うわ、お色気おねーさんだ!
「なあ、お前はなんでこんな色気もへったくれもないパンツをはいてんだ?」
えーと、確かオレはスパッツをはいていたよね。って?
「ぎゃー!」
「うわっ!」
誰だよお前! 何でオレのスカートを覗いてんだよ! オレは未成年だぞ! 蹴ってやる! 蹴ってやるこのエロガキがあ!
「これだけ元気があれば大丈夫そうだね。ところであんた、何者だい?」
お色気おねーさんがオレを抱き起こしてくれる。足元には鼻から血をだらだら流した……うわ、イケメンだわ!
そんな中、ようやくオレは気がついた。焦げ臭いにおいに。
オレの周りは、真っ黒に焼け焦げていたんだ。
四方は見渡す限りの草原。こんな風景は海外を取材したテレビでしか見たことがない。だって、山とか見えないんだよ。建物もないし。
それで、オレを中心に数十メートルくらいかな? 草が真っ黒に焼け焦げていたんだ。
だけどオレにはやけども焦げた跡もないんだ。
「あんた、黒髪族かい?」
くろかみぞく?
そう言えば、お姉さんと今だ足元に転がっているイケメンのにーちゃんの髪は水色だわ。
お姉さんとにーちゃんの服装も、ゲームの世界から抜け出してきたような、『旅人』の服装だ。
「コスプレ?」
「なんだいそれは?」
どうやらコスプレではないらしい。
「黒髪族じゃないみたいだねえ。あんた、どこから来たんだい」
「日本」
「にほん? 何だいそりゃ?」
え、日本知らないの? 今は中国に抜かれちゃったけど、一応GNP第三位の大国のつもりでいたんだけどさ。やっぱりオレ達って極東の引きこもりだったのね。
「ここは『チベット』? それとも『モンゴル』かな?」
「ちべっと? 聞いたこと無いねえ」
チベットでもモンゴルでもないらしい。って、何か嫌な予感がするなあ。
「ここは『ワーラシア』だよ。自分が住んでいる大陸の名前くらい覚えておきな」
『ワーラシア』? 『ユーラシア』じゃなくて?
オレは恐る恐るおねーさんに聞いてみた。最悪の状況を想定しながら。
「ところで、今日は何月何日ですか?」
「がつ? にち?」
嫌な予感は的中した。どうもオレは、『よその世界』に飛ばされたらしい。
「ふーん、不思議なこともあるもんだねえ」
「お前は『よその世界』から来たってことか」
そうだよね。オレからすればここは『よその世界』だけど、ここの人たちにとってみれば、オレの世界が『よその世界』だよね……。
「で、あれはお前のモノなのか?」
青髪のイケメンがオレの背中を越えるように指差した。つられるように振りかえると、そこには……。
「ああ! 良かったあ!」
そこにはじいちゃんの屋台が傷一つない状態で鎮座していたんだ。
二人は気を効かせてくれたのか、先に自己紹介をしてくれたんだ。
「あたしは『サキ』っていうんだ。『踊り子』をしながら旅をしているんだよ」
「俺は『ウキ』だ。『吟遊詩人』で稼いでいる。俺のことを『サキのバックバンド』って言ったら殺すからな」
よくわかんない。
『踊り子』と『吟遊詩人』かあ。まんま『ゲーム』の世界だわ。
「オレは『ユーキ』 気が付いたらここにいたんだ。助けてくれてありがとう」
「ふーん。で、ユーキ、お前の職業はなんだい? そのおかしな格好は職業に関係しているのかい?」
職業?
ああ、ここはそういう世界なんだ。屋台も見つかったことだし、こう答えておこうっと。
『セーラー服』は関係ないけどさ。
「オレは『料理人見習い』だよ」
そうしたら、とたんに二人の目の色が変わったんだ。
「料理人だって?」
「何だと、じゃあ何か食いもん作れるのか?」
待て待て待て、何をそんなにがっついてんのよ! ああ、よだれなんか流して。せっかくのイケメンとお色気が台無しじゃないの!
「実はしばらく、ろくな食事をしていなくてね。あんた、何か食べ物を持っているのかい?」
そうかあ。旅人だものね。って、普通は旅人こそが、そういうところに注意するものじゃないの?
「ちょっと待ってね」
オレの腹具合からすると、まだ昼にはなっていないはず。なら、朝仕込んで積んでおいた食材もまだ大丈夫だよね。
うん。無事だわ。ダメにならないように冷やしておいたスープも大丈夫。クーラーボックスの氷も溶けていないし。
まずはお湯を沸かしてっと。
次はスープを二人前……あの様子だともっと食べそうだから三人前かな。小鍋にとって温めてあげる。
「何やってんだい?」
「でも、その透明のスープ、いい匂いだなあ」
サキとウキがいつの間にか屋台を覗き込んでいる。いい匂いって言われるのはうれしいな。
じいちゃん直伝の特製手打麺を三玉取り分けて、軽く揉んでからお湯に投入。
どんぶりに、これもじいちゃん直伝のたれをひとすくいずつ。湯の中の麺をほぐしながら、たれにスープを注ぐ。
「おやまあ、せっかくの透明スープが茶色くなっちまったねえ」
「でも香りが強くなったぞ」
ゆであがった麺を平ざるでとりわけ、どんぶりに投入。ここからは時間との勝負。
あらかじめクーラーボックスから取り分けたチャーシュー、ねぎ、メンマを乗せて、最後に海苔。
「お待たせ! ラーメン大盛だよ!」
……。
何だよそのイロモノを見るような目線は。もしかして君ら、ラーメン初めて?
「ねえユーキ、一体これは何だい?」
「何であの旨そうなスープに、こんな紐のようなもんを放り込むんだ?」
もしかして、麺が初めてなんだ。仕方がないなあ。
「それは小麦って言う穀物から作ったものさ。上に乗っているのは豚肉と竹と刻んだ青菜。黒いのは海藻だよ」
……。
まずはサキが恐る恐るレンゲでスープをすくい、口に含んだ。どうだ?
「美味しい! 美味しいよユーキ!」
オレ大勝利。
「麺はこうやって食べるんだよ」
レンゲで麺をすくおうと四苦八苦している二人の前で、オレは箸を使いこなして見せてやったんだ。
「おお、こりゃ便利だ!」
さすが吟遊詩人。ウキはすぐにまねをして麺を口に運び始めた。上手く麺をすすれないのはこいつらが素人だからだな。
二人は必死で麺を口に運んでいる。表情も最初のおっかなびっくりから、笑顔に変わってきた。
ああ、そうだよね。この二人は、オレにとって、初めてのお客さんなんだ。じいちゃんもこんな風にお客さん達の顔を眺めてきたのかな。
「美味しかったよ」
ほのかに頬を紅に染め、唇を濡らす色っぽいおねーさんは、お色気が三倍増しになっている。
「美味かったあ」
口の周りをスープでべたべたにし、焦点の定まらない目で宙を見上げているイケメンは、今はただのまぬけなにーちゃんになっている。
よし、ここは恒例の決め台詞よ!
「まいどあり! お一人様六百円になります」
「ろっぴゃくえん?」
そうでした。ここは『よその世界』でした。




