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エビの切身という存在

 買ってきたのは『エビの切り身』

 さすがのじいちゃんも、エビを『切り身』で買ったことはないだろうなあ。

 目の前に鎮座する半透明のエビ肉は、そのまま火を通すと旨みが抜けてぼそぼそになってしまう。ウキは「美味い美味い」と食っていたけど。

 さてっと、始めようかな。

 まずは半分を二センチ角、長さ十五センチくらいに切り分けてあげる。そうしてから一旦塩と水で表面を洗ってあげてから、水分を拭きとっておく。

 次に、アベルに教えてもらった店で大量購入してきた、よくわからない草の『串』を一本一本刺していくんだ。

 脂身を取った猪肉も薄切りにしておくんだよ。ふっふっふ。

 

 残ったエビ肉は、猪肉の脂身と一緒に、包丁で細かく叩いてあげる。

 ある程度叩いたら、ネギとショウガにんにくを刻んだのと混ぜこむんだ。で、ここに『草スライムの鶏がらスープ煮こごり』を小さく角切りにして乗せてやり、生棒パンを薄く伸ばした皮で包んであげる。


 これで夕食の下ごしらえは完了。後はサキとウキに味見をしてもらうだけ。

 

「ただいまユーキ。おや、また変わったもんが並んでいるねえ」

「うおおおおお!」

 面白いでしょサキ。そりゃお前は嬉しいだろうよ、大好物の組み合わせだもんな、ウキ。


「今日の夕食は、エビの串に、猪肉の薄切りをぴっちりと巻いて、塩と辛豆粉を振ってから網焼きにした『エビの肉巻き串焼き』と、エビとかを生棒パンの生地で包んであげたのを一気に蒸しあげた『エビの小籠包』だよ!」


 あ、サキ、熱いから気をつけてね! って手遅れだったわ。

「熱つつっ! 何だいこの大量のスープは!」

 それは草スライムの煮こごりからしみでたスープと猪脂だよ。

「なんだこの肉とエビの美味さは!」

 そうして焼いてあげると、エビの旨みを肉がとどめてくれるんだよ。美味いでしょ。

 「へえ、このエビは旨みが違うねえ」

 小籠包のエビは猪の脂身と一緒に叩いてコクを出したんだ。

「この串もウキが感激するわけだねえ。肉がパリパリ、エビがぷりぷりでたまんないよ」

「ユーキ、オレは小籠包の熱さと美味さで泣きそうだ」

 泣いてもいいんだよ。ウキ。

 

 で、明日の屋台はどっちがいいかなあ。  

「小籠包はものすごく美味しいけど、やけどする連中が続出しそうだねえ」

「この串焼きは絶対に売れるぞ!」

 わかった、じゃあ、明日の屋台は串焼きにしよう。いくらくらいで売れるかな?

「一本四百エルで間違いなく売れるぞ!」

 わかった。そうするよ、ウキ。

 

「ところで、この街での公演は明日まで。明後日は旅の準備だからね」

 そっか。この街もあと三日、屋台は明日までか。

 サキとウキは二回目の公演を演じるために宿から出て行っちゃった。

 きっと二人はいつものように夜遅くまで帰ってこない。


 今日もオレは藁のベッドに身体を潜り込ませるんだ。

「おやすみ」


 ……。 

 サキとウキには言えないよ。アベルがうらやましかったなんて……。

 家族と楽しそうに串焼きを売っている姿が眩しかっただなんて……。

 じいちゃん……みんな……。


「にゃあ」

「くーん」

「ぶるる」


 そうだね、お前たちがいてくれるね。寂しいだなんて贅沢だよね。

 お腹の上には子猫のリート。足元には仔犬のリル。枕元にはロバのフル。

 オレは両の頬を叩く。

 寂しくなんかない。リートもリルもフルもついていてくれるんだから。

 「明日もみんなで市場に行こうね」

 今度こそおやすみ。




 今日も変わらず朝が来た。

 さあ、切り替えるぜ! 今日も元気にメシを作るぜ!

 おお、お前たちも元気だねえ。リートよ、リルよ、フルよ。

 今日と明日の夕食メニューは既に決まっているから余裕だぜ!

 朝飯のダシ取りを済ませたら、今日も朝市に突撃だ!


 ん? 何だろこれ?『草スライムの干物』に似ているけど、色が青いぞ。

「おっちゃん、これはなあに?」

「ああ、それは『浜スライムの干物だよ」

「匂いを嗅いでみてもいいかな」

「好きにしな」

 へえ、もっと磯の香りが強いと思ったけど、そうでもないな。草スライムの草っぽさのほうが強いくらいだ。

「そいつらは浜に咲く花を食っているからな。生臭くはないぞ」

 これは面白いかも。買っておこう。

 

 おや、壺が並んでいるぞ。ばあちゃんのシロップ店みたいだな。店番もばあちゃんで同じだ。

「ばあちゃん、これはなあに」

「これは魚を塩で漬け込んだ『魚汁』だよ」

「匂いを嗅いでみてもいいかな」

「ええよ」


 うっ……。これは強烈だぜ。こりゃまんま『魚醤ぎょしょう』だよ。

 って、醤油の代替が来たぜ!

「匂いがきつくないのもあるよ。そのぶん味も柔らかいけどね」

 どれどれ。へえ、こっちはほのかな磯の風味だ。

「使う魚の身や漬け込みの状態で変わるからの」

 これはスープの味付けに良さそうだなあ。これも一壺買っておこう。


 よしよし、見つけたぜ。生の『ジュエル貝』を。

 今日の夕食は『食べ比べ』の予定なんだ。お、干したのも売っているね。これも追加で買っておこうっと。

 あとは屋台用のエビの切り身と肉、定番野菜を買い込んで、早朝の買い物は終わり。

 帰るよリート、リル、フル。


「朝ごはんだよー!」

「今日は何だい?」

「腹減った」


 今日は和風にしてみたぜ!

「おや、今日はスープかい。へえ、このふわふわしたのが楽しいねえ」

 それは『えびしんじょうのすまし汁』だよ、サキ。エビをすりつぶしてパプリカじゃがいもをすりおろしたのと卵白を混ぜてから蒸したんだ。 

「スープも優しい味だな」

 それは白トマトのだし汁と小魚のだし汁を混ぜて、醤油と岩塩で味付けしてあげたんだよ。

「この焼き物はシーサーペントかい? さっぱりしている身とこってりした表面がいいバランスだねえ」

 当たりだよサキ。

 シーサーペントの肉に味噌をちょっとだけ溶いた卵黄をまぶしてから、バターで焼いたんだ。


 うーん。『米』『小麦粉』『たっぷりの油』が欲しいぜ。『米』はあれでなんとかなるかもしれないけどさ。


「それじゃユーキ、この街で稼ぐのは今日までだからね。気合入れていくよ」

 頑張るよサキ。

「晩飯は何だ?」

 気が早いなウキ。今日は豪華だぜ。楽しみにしていろよ。


「うめえ! 肉とエビとは盲点だったぜ!」

 面白い組み合わせだろおっさん。

「何でこんなにエビに旨味が残ってんだ!」

 ふっふっふ。

「お嬢ちゃん! 十本持ち帰りだ!」

 まとめて焼くからちょっと待っててね!

「何だと、営業は今日までだと!」

「ふざけんなお嬢ちゃん明日も営業して下さいお願いします!」

 ごめんよ。ありがとう。


 港街の人々って、言葉は乱暴だけど、活気があるから好きだよ。

『悪魔王』の店内もいつもこんな感じだったしね。 


「ユーキお姉ちゃんはすごいなあ。次々と新しいメニューが出てくるんだね」

 もっと褒めろアベル。気持ちいいぜ。


「ところでユーキさん、『うにょうにょ』に肉を詰めてみたんだが、『星香実粉』だといまいち臭みが抜けなくてな。なにかいいものは知らないか?」

 おっさん、研究熱心だな。いいよ、教えてあげるよ。

「薬屋で『辛豆粉』を買ってくるといいよ。こっちは肉の臭み消しに最適だからね」


「もしかしたら、このエビの肉巻きに使われているものですか?」

 さすがだなおばはん。そうだよ。

 よっしゃ、エビ肉巻きのコツも教えてあげるよ!

「いいのかい?」

 可愛いアベルのためだから問題ないぜ。明日からも頑張って稼いでくれよ!

 

 こうして『スモールフィールド』での屋台営業は無事終了。

 ふっ、結構稼いでしまったぜ。

「それじゃユーキ、一旦宿に戻るかね」

 そうだねサキ。

「ユーキ、オレはおやつを食いたい」

 その前に昼寝だろお前は。ウキ。

  

 今日のおやつは『甘く煮たちっちゃな豆』を薄く伸ばした『棒パンの皮』に包んで蒸したもの。

 そう、『豆つぶあんの薄皮饅頭』

「豆を甘く煮るなんて盲点だったわ」

 そうでしょサキ。

「豆を甘く煮るなんて、ユーキは狂ったのかと思ってしまったオレは今おもいっきり反省しているぞ」

 素直だなウキ、おかわりもあるぞ。


「それじゃ行ってくるよ」

「晩飯楽しみにしているぞ」

 おう、楽しみにしておけ! それじゃ、行ってらっしゃい!

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