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舌を噛みました

 オレとアベルでゴリゴリとシーサーペントの肉をすり身にしていき、各種材料と混ぜていく。

 アベルの父ちゃんがそれを横で神妙な表情で見つめている。

「いいかい、ポイントは『星香実粉』なんだ」

「それって薬だよね、ユーキ姉ちゃん」

 ほう、賢いねアベル。そうそう。薬屋さんで買ってくるのさ。

「これをほんのちょっとだけ混ぜてあげることによって、シーサーペントの白身が持つ、ほんのわずかな『生臭さ』も完全に消えるんだ。後で味見をしてみようね」


 続けて布でこしらえた絞り袋にすり身を入れ、『うにょうにょ』にすり身を詰めていく。さらによじって成型。そして茹でればできあがり。

「アベル、おっさん、この二本を食べ比べてみな」

 パキッ!

「ユーキ姉ちゃん、これおいしいよ!」

「何と! これほどの美味さとは」

 ふっふっふ。で、気付いたかな?

「最初のはちょっと生臭いね」

 わかったかアベルよ。

「うむ。ところが二本目は生臭くないどころか、かすかにさわやかな良い香りまでするな」

 さすがだおっさん。

「それが『星香実粉』の効果だよ」


「でさ、おっさんは『薬膳熊ハーバルグリズリー』とやらと、タイマン張れたんだよね?」

「片腕ではもはや無理だけどな」

「ウキが言ってたけど、それほどの腕前なら『徘徊蔓ワンダラーバイン』は片手でも屁でもないだろうって。ホント?」

「ああ、あの程度のモンスターならば、全く問題ない」

 よかった。これで材料調達も解決ね。

「おっさん、実はその『うにょうにょ』はワンダラーバインの蔓からこしらえるんだよ。処理方法はアベル、覚えているね」

「うん、姉ちゃん」

「なんと!」

 で、オレはもう一本ソーセージを出してやる。

「これも食べてみな」

 パキッ!

「ユーキ姉ちゃん、これはちょっと俺には辛いや」 

「いや、これは酒が進む味だぞ」

 そう、そいつには『ワンダラーバインソース』を少し混ぜてあるんだ。

 

「いいかいアベル、おっさん。二人はこれからこれをこの街で売るんだ。そのうち誰かがおっさんの狩りの姿や、肉を買っているのを見つけて、真似を始めるだろうけど、『星香実粉』と『ワンダラーバインソース』の秘密には、きっとたどり着けない。あくまでも『オリジナル』はこれ、他の人がこしらえたのは『まがいもの』って評判になるからさ」


「ただいま……」

 あれ? 誰だろ。

「お帰り母ちゃん!」

 アベルの母ちゃんかあ。

「おう、お前、これまで心配掛けたな!」

「あんた! 大丈夫なのかい!」

「ああ、左腕はあきらめたがな」

「そんな! それじゃモンスター猟師を続けられないじゃないか!」

「ところがな、このお嬢ちゃんが、つい今しがた、新しい商売を教えてくれたんだ。お前もこれをいただいてみろ」

 怪訝そうな目でオレを見るなよおばはん。

 パキッ!

「えっ! これ、美味しい!」

「これは『シーサーペントソーセージ』って言うんだ! ユーキお姉ちゃんがこれの作り方を教えてくれたんだよ!」

「本当に?」

 シーサーペントが無い時には、適当に白身の魚をすりつぶして代用すればいいと思うよ。

 慣れてくれば色々な食材も試せるだろうしさ。

 な、おばはん。

 おや、おばはん、その跪いた姿勢はもしや?


「ああ、『金髪の主』よ。祈りを受け入れてくれたことに感謝いたします……」


 嫌な予感がする……。


「何だお前、どうしたんだ!」

「実は今しがた、『金髪教』に、あんたの回復を願ってお布施をしてきたんだよ……」

「まさかお前、あの指輪を!」

「ええ、でもこうして、元気なあんたと、これからの商売が開けたんだ。神様の思し召しによって……」

「そうか、そうなのか……」


 どーしよ。おばはんをおかしな信仰の道に進めてしまったみたいだぞ。

「ねえおばはん、それって『金髪のにいちゃん』のところ?」

「そうだよお嬢さん」

 うへえ。

「そいつら、詐欺師だよ」

「そんなことはないわ! こうして主人は助かったし、お嬢さんに美味しいもののこしらえ方を教えてもらったし!」

 おっさんを治したのはサキ、ソーセージを開発したのはオレなんだよなあ。

 さて、どうしようか……。


 ん、どうしたのリル? 何、いい考えがあるって? ふんふん。

 ……。

 ふっふっふ。

「それじゃアベル、明日から商売頑張ってね! もうオレはシーサーペントソーセージは売らないからさ!」

「わかった、ありがとうユーキ姉ちゃん」

「感謝する」

「おお、神様!」

 オレ達はおばはんから、にいちゃん達の居場所を聞くと、そこに向かったのさ。


 そこはある戸建ての宿。

 部屋の中から声が聞こえる。


「この街の住人はちょろいのが多いな」

「さっきのおばはんが差し出してきた指輪なんか、古代の銘品だぜ」

「他人の不幸が金になるのは快感だぜ」

「ホント『金髪の主』さまさまだよ」


 予想以上のクズだ。じゃ、やっと出番だよ、リル。

 何よその目は。実はお前も期待してるの? リートはアホの子を見る目でオレを見ているんだけどさ。なに、フルはちょっと興味があるの?

 三対一ね。リート、お前の負けよ。それじゃリル、頑張っちゃおうか。

 

「我より『神殺しの魔狼』の名を与えられし精霊獣よ、我の命に応じ、愚かな者共を凍てつく恐怖に捕えよ!」

恐怖に凍えよ(フローズンフィア)!』


 詠唱と同時に、リルは白青色の巨大狼に変化したんだ。続けて無音の咆哮。

 その瞬間、室内のあらゆるものが凍りつき、おっさんたちは生きたまま自由を奪われたのさ。

 さて、部屋に入って演技開始だよ。リルが先頭で、オレはその陰に隠れる。


「『神の名』を詐称する愚か者共よ」

 リルの姿とオレの声に金髪にいちゃんとおっさんどもは氷の姿のまま震えあがる。

「愚かな貴様たちに神の鉄槌を下してやろう」

 お、おっさんたち、股間を濡らし始めたぞ。

「が、今一度機会を与えてやらんでもない」

 金髪の姉ちゃんは失神寸前だぜ。

「今これより貴様らが詐取した物品を持ち主に返すがよい。よいか、今晩中に全ての持ち主を探し出して正直に訴え、返すのであられら痛い!」 

 畜生、舌を噛んじまったぜ。

「よいな、わかったな」


 さあ、帰って夕ご飯の支度をしなきゃね。リート、リル、フル。


 さて、翌日の昼のこと。いつものように屋台の準備をしていたら、アベル達が荷車を曳いてやってきたんだ。

「ユーキお姉ちゃん、一緒に商売させてよ!」

 はいな。隣にどうぞ。

「すまないな」

 いいってことよ、おっさん。

「お嬢さん、あなたの言うとおりだったわ。金髪の連中が昨夜遅く、どこでどう調べたのか、家までやってきて指輪を返しに来たのよ。返さなきゃ俺らは殺されちまうとか喚きながらさ」

 よかったなおばはん。

 

「ユーキ、お前何かやったのかい?」

 ちょっとリルと遊んだだけだよ、サキ。

「おお、上手にできているではないか」

 ウキはソーセージにしか目がいかないのね。

 おや、早速工夫をしているな。


 結局その日は、オレの定番『棒パンフレンチトースト』と、アベル達の『シーサーペントソーセージの串焼き』のセットがバカ売れしたんだ。


 よしよし。気持ちよく人助けもしたし、港の市場をゆっくり見て回りたいな。サキ、ウキ、一緒に行かない?

「そういえば、ユーキは『甲殻類』は料理できるのかい?」

 エビとかカニとかなら大丈夫だよ。

「俺は魚は苦手だが、エビは好きだ」

 そっか、じゃあエビを見てみようよ。

 って、なんですかこれは。全長三メートルくらいあるんですけど。


「そこで切り身を焼いているから、試してみるかい?」

 へえ、肉の見た目はバカでかいロブスターなのね。でもちょっと嫌な予感がするなあ。

「美味いぞユーキ」

 どれどれ。

 ……。

 やっぱり……。

 でかいのはどうしても大味になっちゃうよね。エビの『ぷりぷり感』も、このサイズになっちゃうと『ぼそぼそ感』に近くなっちゃうし。

 どっしよっかな。

 って、あれやってみよっと。

「サキ、ウキ、今晩はエビ料理にしてみるね」

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