魔法お姉さま
ここは『スモールフィールド』の郊外。
『徘徊蔓』が徘徊している草原。
オレ達は少年を連れて、草刈りに来たんだ。
ところで少年よ、名前は何と言う?
「俺は『アベル』っていうんだ。ところで俺は何をすればいいの?」
まあ待て、後でたっぷり働かせてやるからな。
「お、見つけたぞ」
おお、うねうねしているわ。それじゃウキ、なるべく蔓に傷つけないようによろしくね。
「任せろ」
オレは目が点になってしまった。
何なのあのウキの化物じみた強さは……。
鎧も何も身につけず、『長剣』一本でワンダラーバインに向かって歩いて行ったと思ったら、途中から目にもとまらぬ速さになって、気が付いたらワンダラーバインの本体が縦に真っ二つ。
やばいわ。ウキを怒らせたらオレもああなっちゃうのかしら?
え? お前達が守ってくれるってリート? あんな若造屁でもないってリル? 何なら今から試してみるかってフル? お前達、そんなに好戦的だっけ?
今日はやめておこうね。ほら、満面の笑みを浮かべてウキが戻ってくるよ。きっと奴の頭の中では無数のソーセージが踊っているに違いないんだよ。
「ユーキ、腹減った」
ほれ、予想通りだ。
「レモンりんごのパイを焼いておいたよ。好きなだけ食え」
「あら、美味しそうだね。あたしもいただこうかしら」
サキはここでウキの面倒を見ててね。どうせ昼寝を始めるだろうし。
さて、アベルよ。これからが本番だ。リート、リル、フルもお願いね。
まずはワンダラーバインの本体から、柔らかなうにょうにょを切り離してあげる。一本五メートルはあるかしら。
で、たらいを用意してからリルに水をお願いする。
「いいかいアベル、こうやって、このうにょうにょから緑色の液を洗い流すんだよ」
「わかった、姉ちゃん」
「ユーキでいいよ」
「わかった、ユーキ姉ちゃん」
あら、可愛いわ。
とりあえずアベルの横にうにょうにょを十本ほど置いておく。リル、水替えお願いね。
で、今度はオレの仕事。
鍋に緑色の液体をとって、これを煮詰めてみるんだ。頼むねリート。
うお、青臭いぜ! これはたまらんなあ。
でも、徐々に青臭さが抜けてくるんだ。で、液体がぐつぐつとペースト状になった頃には、青臭さは完全に抜けてしまう。
「さて、どうかな?」
うん、ハラペーニョソースだ。これを壺2つに分けて粗熱を取っておく。
さて、アベルの様子はどうかな?
「ユーキ姉ちゃん、こんな感じかい?」
「緑のが完全に抜けるまで洗わないと、青臭さが残るからね。もう少しかな」
「わかった」
うん、素直でいいねえ、って、ダメだよ目をこすっちゃ!
「痛い痛い痛い! 目が潰れる!」
そりゃそうでしょ。ハラペーニョソース入り青汁が手に着いた状態で目をこすればそうなるでしょ……。
リル、洗ってあげて。
結局アベルがうにょうにょを二本洗い終える間に、オレとリルは漏斗を使って八本洗い終わったんだ。
でもいいんだ。アベルには、この仕事を覚えてもらうのが目的だから。
「よし、アベル。上出来だよ。次は港だ」
サキ、ウキ、もうちょっとだけ付き合ってね。
港では、シーサーペントの肉がたたき売りされているんだ。きっと日持ちがしないんだろうね。
「お嬢ちゃん、シーサーペントのソーセージは今日もこしらえるのかい?」
漁師のおじさんが気軽に声を掛けてくれる。
「うん。明日も公園で売るからよろしくね」
「そりゃ楽しみだ。それじゃ肉をおまけしてあげるよ」
よっしゃ。大量のシーサーペントの白身をゲットだ。
「それじゃ、アベルの家に行こうか」
「え? 何で?」
「アルバイト料の支払いだよ」
「これは酷いね」
サキがアベルの父ちゃんの怪我の様子を見ている。
「これだけ腐っていると、左腕は使い物にならんな」
ウキも神妙な顔だ。
ここはアベルの家。父ちゃんは脂汗をにじませながらうなされている。相当痛むのだろう……。
オレが想像していた以上に容態は悪いようだ。
「おっさん、聞こえるかい?」
サキの呼びかけにおっさんが何とか頷いた。
「おっさん、左腕はもう腐っちまっているよ。このままじゃ腐毒が全身に回っておっさんは天国行きだ」
「ちょっと待ってよお姉さん、父ちゃん死んじゃうの?」
「このままじゃね……」
するとウキがおっさんに囁いた。
「おっさん、左腕はあきらめろ。そうしないと確実に死ぬぞ」
ああ、死んじゃ駄目だよ……。 アベルを残して逝っちゃだめだよ。
オレはウキの言葉に震えているアベルを後ろから抱いてやった。大丈夫。大丈夫だアベル。
「左腕をあきらめる覚悟があるなら、楽にしてやるよ」
え、どういうことなのサキ?
「姉ちゃんは『治癒』を使えるからな。おっさん、息子のためにも腕は諦めろ」
おっさんは覚悟を決めたように頷いた。
「それじゃすぐに始めよう。ユーキ、お前の『魔法薬』を一本もらうよ」
うん、それは構わないけど、『治癒』って?
「まあ見てろ。おっさん、つらいのは少しの間だけだ。息子の前で恥ずかしい姿は晒すなよ」
ウキはそう言うと、おっさんのベッドの横にテーブルを持ってきた。
そうして、おっさんの左腕をテーブルに乗せたんだ。
「ウキ、この辺りにしよう」
「わかった。姉ちゃん」
「ユーキ、おっさんに布を噛ませてくれるかい」
わかったよサキ。おっさん、このふきんを噛んでくれ。
「行くぞ」
サキが魔法薬の瓶を構えている。そしてウキは……。
「やめろウキ! 何すんだ!」
「黙ってろユーキ!」
ウキは、長剣を振りかぶっていたんだ……
ごんっ!
「ぐっ!」
鈍い音と、おっさん呻きとともに、左腕が切り落とされた。でも血は流れない。
サキがおっさんの傷口に魔法薬を振りかけながら何かを唱えると、おっさんの傷口から肉が盛り上がってくる。
おっさんも苦しそうだが、サキも何か苦しそうだ……
……。
「これでよし。おっさん、楽になっただろう?」
「ああ、今までの苦痛が嘘のようだ。ありがとう」
おっさんは何事もなかったように上半身を起こした。左腕の傷口は完全にふさがっているようだ。
すごい……。
サキ姉さまって『魔法使い』だったのね! 魔法少女? いえ、魔法お姉さま? 素敵だわ! 感激だわ!
って、サキまでそんな目でオレを見るのはやめてください……。
「ユーキ、お前はリートたちをさんざん好きなようにこき使っておいて、今さら『治癒』で大騒ぎかい?」
……。
言われてみればそうだ。もしかしてオレって魔法少女?
「で、ユーキ、あたしはこれをやるとものすごくお腹が減るんだよ。何か一品、ささっとこしらえてくれるかい?」
「ソーセージ入りオムレツならすぐできるけど、それでいい?」
「ええ、頼むわ。あたしゃ死にそうだよ……」
情けないサキの表情は、いつかのウキみたいだ。
それじゃリート、頼むよ。ついでだ、おっさんもアベルも食え。
「俺も食いたい」
わかっているよ、ウキ。
「それじゃあたし達はこれでお暇するからね。ユーキ、暗くなる前に宿に帰るんだよ」
「夕食の準備を頼むな」
サキとウキはそのまま出かけて行ったんだ。
「ユーキ姉ちゃん、ありがとう」
「助かった。改めて礼を言う」
ちょっと待ちなって。ここまではサキとウキの活躍だから。オレはまだ、アベルにバイト料を払ってないから。
「アベル、オレからのアルバイト料として、『シーサーペントソーセージ』のこしらえかたを教えてあげる」




