働かざる者食うべからず
『大海蛇の肉』を追加で買いに行ったら、面白いもんを見ちまった。
「主は民とともにあり、民は主とともにあるのです。祈りなさい」
なんだあの派手な格好のにいちゃんは。じいちゃんがこの場にいたら塩を撒きそうなことを口走ってやがる。
「おうおう、誰に断ってこんなところでご高説をぶってるんだ!」
ガラの悪い人たちが登場したわね。
「主よ、迷えるものをお救いください」
にいちゃん、わざとらしいぞ。
「うるせえ!」
バチン!
うわあ、聴衆がどよめいているよ。でもオレにはわかったよ。ガラの悪いおっさんがにいちゃんの頬をはたく『振り』をしたってさ。
「それであなたが救われるのでしたら、こちらの頬もはたきなさい」
「何だと……」
ぐうの音も出ないおっさんたち。って、下手な演技だなあ。
「ふん、行こうぜ」
おっさんたちは退場。残ったのは頬をはたかれた演技をしたにいちゃんと、一部始終を見て感動した聴衆たち。
「主は彼らをもお救いになりました。主のために皆様の浄財をおささげください」
「こちらをお納めさせてくださいまし」
お、きれいなねえちゃんがにいちゃんの足元に貨板をおいたぞ。すげえ、千エルだ。
それにつられたかのように、次々と皆がにいちゃんの足元に貨板を置いていくぜ。
面白いもんを見せてもらったよ、金髪の兄ちゃん。おっさんたちの三文芝居も楽しかったよ。お布施はしないけどな。
リート、リル、フル、帰るよ。
そろそろサキとウキが帰ってくる頃合いだ。仕上げをしなきゃ。
すり身を詰めたのはソーセージと同じように沸騰させないように調節したお湯で茹でてあげる。
シーサーペントパイはリートが温めてくれたオーブンに投入すれば後はこんがり焼けるのを待つだけ。
細く切ったパイ生地にはシロップを塗って一緒に焼いてあげるんだ。
スープは別鍋で煮てあるやつから上澄みをすくい、味をととのえてあげる。
「ユーキ、ただいま」
「腹減った」
お帰り、サキ、ウキ。準備はできてるよ。
まずはウキの分。
「はい、ソーセージだよ」
「待ってました」
パキッ!
「うお! こいつは朝のとまた違うな! 柔らかくてあっさりしていてこれも美味いぞ!」
よかったな。ウキ。
サキとオレはこれね。
「なんだいこれは?」
「『シーサーペントのパイ包み焼き』だよ」
「へえ、これはサクサクして美味しいねえ。肉もほろほろだし、全く臭みを感じないよ」
「こっちはチーズ入りだから味が濃厚だよ」
「これだけで結構違うもんだねえ。これは美味しいよ」
「へへ、おかわりもあるよ」
横からの目線を感じるぜ。つばを飲み込む音が聞こえるぜ。
ふっふっふ。来るか? 来るか?
「なあユーキ、俺もそれ食いたい」
「魚だぞ」
「でも食いたい」
そう言うと思ったよ。ちゃんとウキの分も焼いてあるからね。
「ちなみにさっきのソーセージもシーサーペントの身だ」
「マジか? 全く魚臭くなかったぞ!」
偉大なのはスパイスってことよ。ウキ。
「このスープも変わった味だけど、材料はなんだい?」
まだ内緒だよ。サキ。
「そういえば、こんな奴を見かけたんだ」
食後にデザートのスイートパイを齧りながらオレは茶番について報告したんだ。
「ああ、そのにいちゃんとやらは金髪だっただろう?」
よくわかったね。サキ。
「最初にお布施をした姉ちゃんも金髪ではなかったか?」
すごいな、当たりだよウキ。
「そいつらは最近のしてきた『金髪教』の連中さ」
へえ。
「急激に信者を獲得しているけど、良くない噂も耳にするな」
そうなんだ。
「あんまり近付いちゃだめだよ」
わかったわ、サキ。
「で、明日は何を売るんだ?」
「今日のソーセージが評判良かったから、明日はシーサーペントのソーセージも加えて三種類にするつもりだよ」
「そうなると、『うにょうにょ』が乏しくなるな。ならば、明日は草刈りに行こう」
うわ、ウキはよっぽどソーセージが気に入ったのね。ワンダラーバインを殺る気満々だわ。
ということで、二日目の朝が来た。ああ、ベッドで寝るのって幸せ。
干しておいた『うにょうにょ』もきれいに乾いたね。見た目はまるでかんぴょうだわ。
これをうまく水で戻すことができれば、今後ソーセージに困ることはなくなるんだ。
まずはいつも通り朝食の準備。
昨日残しておいた三種類のソーセージを輪切りにして、刻んだパプリカ玉ねぎとパプリカジャガイモと一緒に炒めてあげる。
それから定番の棒パンフレンチトーストを準備して、デザートのフルーツはリルに冷やしてもらう。
食材に慣れてきた分、用意も素早くできるようになった自分を褒めてあげよう。
二人が起きてくるまで、ソーセージの準備をしようかな。
「今日のメニューはソーセージと野菜のオープンオムレツフレンチトースト添えだよ。ウキには焼きソーセージも三本追加ね」
「ソーセージはそのままでも美味しいけど、あたしはこっちの方が好きだねえ。卵や野菜の甘さとソーセージの辛さが絶妙だよ」
オレもサキはこういった方が好みだろうと思ったんだ。大正解だよ。
「ユーキ、どれも美味いぞ! 俺は美味過ぎて狂い死ぬかもしれない!」
オーバーなんだよウキ。嬉しいけどさ。
今日も公演と屋台は大盛況。特に『シーサーペントソーセージ』は、地元名産の肉を使用ということで、発売即完売の大人気だったんだ。
「よし、ワンダラーバインを狩りに行くか」
待ってよウキ、すぐに屋台を片付けるからさ。って、うわっ!
ああ! やられた! ひったくりだわ!
「ぼさっとしているからだ!」
ごめんよウキ。
「すごい逃げ足だねえ。あれは追いつけないわ」
そんなこと言わないでよサキ。今日の売上がパーになっちゃうのよ!
え? フル、捕まえてきてくれるって? わかった。すぐに念を込めるわ!
『疾風迅雷!』
って、ええ? 何で立ち止まってるのフル。何よその悲しそうな目は。
お前、あのときオレにアホの子を見るような眼を向けたよね。何なの? 本当はやってほしいの?
わかったわよ。
「我より『嵐をと雷を操る悪魔』の名を与えられし精霊獣よ、我の命に応じ、天地を自在に駆けよ!」
『疾風迅雷!』
うわ! 一気に大きくなったわね、フル。すごいわ! 伝説の麒麟もかくやの神々しい姿だわ。
それじゃいってらっしゃーい!
だからリル、アキレス腱を噛むなあ!
リート、お前までオレをアホの子を見るような眼で見つめるんじゃないわよ!
皆のアホの子を見る目に耐えること数分で、フルは自慢げにひったくりを咥えて戻ってきたんだ。
どうもひったくりに蹴りをくれたらしく、そいつは泡を吹いている。
って、まだ子供じゃないの!
「ごめんなさい」
わかればいいんだけどさ。何でひったくりなんかやったんだい?
「父ちゃんが怪我をしちゃったんだ……」
何でも、この少年の父親はモンスター猟師らしい。で、戦いに敗れ、大怪我をしたんだって。
「モンスターとは?」
ウキの質問に少年は答えたんだ。
「薬膳熊……」
「そりゃすごいねえ。薬膳熊とタイマンを張れるってことは相当な手練じゃないか」
サキが感心している。
「でも、負けちゃったんだ……」
どうも父親の怪我は相当ひどいらしく、寝込んだままなんだそうだ。
母親は病弱で、外に働きに出ることもできず、どんどん生活が困窮していったらしい。で、ひったくりと。
「ユーキ、どうすんだい?」
「お前が決めろ」
うーん。施しはよくないよね。ここでいくばくかのお金を渡しても、生活が変わるわけでもなし。
この子はきっと同じことを繰り返してしまうんだろう。
じいちゃんも言っていたな。
『働かざる者食うべからず』
というのは意地悪で言っているんじゃない。堕落を諌める言葉なんだって。本人のことを想った言葉なんだって。
どうしようかなあ……。
あ、そうだ。
「少年よ、アルバイトをする気はあるか?」
「アルバイト?」
「働くということだよ。そうしたら賃金を支払おう」




