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スライム登場

 いい天気だなあ。

 オレは『水髪族』のサキとウキの姉弟に助けてもらって、一緒に旅をすることにしたんだ。

 サキは背中まで伸びた水色の綺麗な髪をうなじの辺で一旦まとめて、邪魔にならないようにしている。

 透き通るような白い肌に切れ長で水色の瞳は、女のオレでさえ吸い込まれそうになってしまうほど美しいんだ。

 ああ、ボンキュッボンのボディラインもセクシーだよサキ姉さん。

 一方のウキは、水色の髪を短く刈り上げ、肌は白というよりは赤に近い、よく言えば精悍、悪く言えば野蛮な印象なんだ。

 身体はサキより頭一つ大きい。ってことはオレより頭二つは大きいな。まあ、その辺によくいる筋肉ダルマのイケメン兄ちゃんってところだな。

 ちなみにサキの荷物はウキが、オレの荷物は葦毛の仔ロバのフルが運んでくれている。子猫のリートは、すっかりお気に入りになった屋台のコンロで丸くなっているし、仔犬のリルはクーラーボックスを氷で満たした後は、オレの足元にじゃれついている。

 

 次の目的地は『スモールフィールド』という街。そこでも何日か『公演』をしてから、さらに先に向かうんだって。

 街道のところどころには、民宿のような施設やキャンプを張れるような場所がいくつか用意されていて、そこで近くの農村で獲れた作物や、探索者が狩ってきたモンスターの肉を買えることがあるらしい。って、『探索者』?『モンスター』?

 

「ねえサキ、『探索者』って、どんな人たちなの?」

「ん? 『夜盗』に毛が生えたような連中だよ」

 なんで平然としてるのよサキ……。

「ねえウキ、『モンスター』って、どんな人たちなの?」

「アホか。モンスターはモンスター。生き物の中で『ヒト』を襲う奴らの総称だ」

 なんで平然としてるのよウキ……。

 

「ユーキが新しい食材で、どんな美味しいものをこしらえてくれるか楽しみだねえ」

「俺はモンスターの肉をユーキの調理でモリモリ食いたい」

 ねえ、オレも平然としていていいの? ちょっと心配なんだけど……。

 ん? 心配するなって? 頼りにしてるわ、リート、リル、フル。 子猫と仔犬と仔ロバに守られちゃうのもお姉さん情けないけどさ。

 

「ねえ、サキとウキはどこまで行くの?」

「とりあえずは『ゴッドインパルス』という街までだよ」

「遠いの?」

「ああ、遠い」

 遠いのね。

「一緒に行ってもいいかな?」

「私はそのつもりだよ」

「ユーキは、俺達と一緒にいないとすぐに死ぬと思うぞ」

 ありがとうサキ、怖いよウキ。

「それじゃ、お昼ご飯にしましょ」 


 屋台を街道から少し離して、料理の準備開始。

「サキ、ウキ、ご飯が出来上がるまでこれでもつまんでて」

 オレが二人に渡したのは、レモンりんごをうすーく切って、シロップに漬けたもの。酸っぱくて甘いこいつは、体力の回復に絶大の効果があるんだ。

「口の中がすっきりしていいねえ」

「ユーキ、腹減った」

 相変わらずの反応だわ。

 

 今日のお昼は昨夜多めに仕込んだ中華麺を、あらかじめ蒸しておいたもの。

 これを背油のスジと肉、刻んだ野菜と一緒に炒めて、トリガラスープでちょっと蒸し焼きにから、最後に少しの『岩塩粉』と『辛豆粉』で味を調えてあげれば、『塩焼そば』の完成。

 付け合わせは、トリガラのスープストックを岩塩で味付けして、ネギを散らしたスープ。

 当然ウキは二人前で肉多め。

「こうやって焼いた麺も、香ばしくておいしいねえ」

 でしょ、サキ。

「美味い! 美味いぞユーキ。量も肉も多くてうれしいぞ!」

 食べている時だけはオレのことを褒めるんだよな。ウキは。

 

 昼食が終わったら、ウキはお昼寝タイム。こうやって移動と休憩を繰り返して、体力を損なわないようにゆっくりと旅をするのが、この世界の常識らしい。

「ユーキ、何か手伝い事はあるかい?」

「大丈夫よサキ、サキも読書の時間でしょ?」

 普段サキはウキがいびきをかいている間、読書をするのが日課なんだって。オレにはさっぱり読めないけど。

 

 移動中はとてもじゃないけど料理はできないから、ウキのお昼寝タイムはオレにとってもちょうどいい下ごしらえの時間になる。

 まずはミートミンサーで細かめなひき肉を作り、ネギと青菜としょうがニンニクを刻んだものとボウルの中で混ぜてあげる。

 十分混ざったら、今度はちぎって薄く伸ばした生棒パンの実で包むのさ。そう、アレだよアレ。

 オレとサキは二十個づつ、ウキは六十個もあればいいかな。

 うーん。小魚以外の海産物も欲しいところだぜ。

『黒芋』は一旦ふかしてやってから、裏ごししてバターと生乳を混ぜ込み、小さめのプレートリーフに盛りつけてから、溶いた卵黄を刷毛で塗ってあげる。紫イモもかくやというばかりの真っ黒さは、まるでチョコレートだわ。

 これをリートお気に入りのオーブンで香ばしい香りがするまで焼けば出来上がり。あとは粗熱を取っておく。

 

「なんだ、いい匂いだな」

 あ、起こしちゃったかな?

「そろそろ出発するかい」 

 うん。

 

「雨の日とかはどうするの?」

「雨宿りだねえ。無理して先を急ぐことはないからね」

「路銀にも余裕はあるしな。まあ、のんびり行こう」

 なんとなくわかる。二人がオレに気を使ってくれていることに。だからオレは料理で頑張らなきゃ。

 

 ん? フル。どうしたの?

 疲れてないかって? そりゃ歩けば疲れるわよ。

 え、乗ってもいいの? そんなにフルはパワフルなの? じゃ、お言葉に甘えて。

「ユーキ、なにをしてんだい?」

「フルが乗ってもいいって言うんだ」

「悪いこと言わないから、やめとけ」

 ふん。フルの好意を無駄にしちゃ悪いじゃない。それに……楽チンそうだしさ。

「フル! さあ行くわよ!」

 

 ……。

 痛い痛い痛い痛い! フルの背骨が! 背骨が!

 ダメダメダメダメ! 食いこんじゃう! 壊れちゃう! 止めてー!


「ほれみろ」

「ユーキは賢いのかアホの子なのか、時々わからなくなるねえ」

 

 すごいわ。これが『三角木馬の拷問』っていうのね……。

 フルの背骨で身体が真っ二つになると思ったわ。すごい振動だし……。

 やばかったわ……。

 どこかの『くのいち』になって、敵に捕まってあんなのに乗せられたら、三分と持たないわ。

 って、何考えてんだオレ。

 そんなに悲しい顔をしないでフル、あなたはオレの荷物を持ちながら屋台を引いてくれているじゃないか。

 それで十分だよ。

 

 あー。股間が砕けて死ぬかと思った。おとなしく自分の足で歩こうっと。


「さて、頃合いかね」

「そうだな。あの小屋でも借りるか」

 まだ明るいけど、いつも早めに今日の旅は終えるらしい。さすがに暗くなってからうろうろすると、何が出てくるかわからないからだって。


「邪魔するよ」

 先約がいたみたいだ。

「そっちは二人か?」

 まずはウキが相手に確認したんだ。

「ああ、そっちは三人か?」

 相手は男女の二人連れらしい。

 

「それじゃユーキ、食事とするかい」

「腹減った」

 そちらさんたちはどうするのかしら?

「そうか、ユーキ、食事に余裕はあるのかい?」

 大丈夫だよ、サキ。

「そっちのお二人、夕食はどうすんだい?」

「俺達はこれを煮て食べるつもりだけど……」

 え、何それ。

「これは『草スライム』の干物だよ。この辺じゃ普通に獲れるからね」

 うわ、いきなりファンタジーの定番だわ。『草スライム』って、草食のスライムってことかしら。

「こいつ自体には味はほとんどないけど、煮るとスープを吸ってプルプルになるんだ」

 もしかして『ふかひれ』みたいな感じかしら。うわ、興味あるわ。

  

「ねえサキ、ウキ、オレはあのスライムを料理してみたい」

「ってことなんだけど、あんたら、草スライム干しに余裕はあるかい?」

「他の食材と交換なら構わないけど……」

「ユーキ、二人にご馳走しても構わないかい?」

 大丈夫だよサキ。

「お前らは運がいい。この娘はロバに自らまたがるほどのアホの子だが、作る飯は最高だからな」

 アホの子は余計だウキ。

 おっさん、ねーさん、なんでアホの子を見るような目をオレに向けるんだ。


 さてっと。三人前のつもりが五人前になっちゃった。

 昼間仕込んだ『餃子』は、焼き餃子と水餃子にするつもりだったけど、全部焼いちゃおう。

 で、水餃子用に味付けしたスープで『草スライム干し』を戻してみる価値は十分にあるわ。

『草スライム干し』は、『ふかひれ』というより、緑色の『春雨』が板状になったような感じ。ほんのり草の匂いがする。

 念のため草スライムの表面を水洗いし、食べやすい大きさに割ってから鍋に投入!

 横ではフライパンにきっちり並べた餃子の焼きを開始。

 デザートは多めに作ってよかったわ。

 

「ということで完成。『草スライムの姿煮』と『猪焼き餃子』だよ。デザートは『黒芋スイートポテト』だ!」


 いいわ、この初めての人からの奇異な視線。癖になっちゃうかも。

「草スライムはともかく、その妙な焼き物はなんだ?」

 興味あるだろおっさん。

「その真っ黒いものは何ですか?甘い香りがするけど」

 うまそうだろねーちゃん。

「ユーキ、とりわけてくれるかい」

 はいなサキ。

「ユーキ、俺は大盛りだ」

 わかってるよ、ウキ。

 

 焼き餃子はウキに五十個。おっさんに二十個。ねーさんとサキとオレが十個ずつ。

 草スライムは二枚分を五人で取り分ける。

 デザートのスイートポテトは、おっさんが一個、女性陣が三個ずつ。

「ユーキ、俺も黒いの食いたい」

「先に餃子を全部食え」

「わかった」

 こういうときは素直ねウキ。全部食べ終わったら、ちゃんと一個分けてあげるからね。


 さて、初めての『草スライムの姿煮』お味はどうかな。まずは一口。

 ……。

 うーん。ものすごくとろっとろだけど、味はちょっと物足りないかも。ここは薬味でごまかそう。

 ネギを刻んで、しょうがニンニクをすってネギと和えれば特製薬味の出来上がり。

「お好みで入れてみてね」

 うん、薬味が入るだけで全然違うわ!


「こりゃおどろいた。こんな美味い草スライムのスープは初めてだよ」

 よかったなおっさん。

「この焼き物は、肉と何が詰めてあるのですか? 皮も不思議だわ」

 ネギと青菜としょうがニンニクだよ、皮は生棒パンだぜ。『灯台もと暗し』だな、ねーさん。

「草スライムもこうして薬味を入れてあげると、臭みが消えて美味しいねえ」

 そうでしょサキ。次は草っぽさを最初から何とかしてみるね。

「ユーキ、これはいくらでも食えるぞ!」

 うわ、五十個でも足りないかも。すごいねウキの食欲は。

 この『草スライム干し』って、予想以上にスープを吸ってとろとろになるなあ。試しにこのまま冷やしてみようかな。あ、水でも戻してみよう。

「ユーキ、食い終ったぞ」

 はいよ。じゃあオレのスイートポテトを一個あげるね。


 何だ、おっさん、ねーさん、黙り込むほどイモが美味いか?

「ユーキ、このねっとりとした甘さがたまらないよ。おかわりはないのかい?」

 サキにそう言われちゃ仕方ないなあ。すぐ作るわ。リート、リル、手伝ってね。

 

「へえ、そうしてこしらえるのですね」

 覚えたかいねーさん。

「ポイントは『裏ごし』なんだよ。この一手間で、なめらかになるんだ」

 このスイートポテトも、この世界の材料だけで作ることができるから、覚えておくといいよ。

 

 美味しいね。楽しいね。

 

 そして寝る時間。

 おっさんとねーさんは小屋の反対の方で身を寄せて、寝具に身をくるんでいる。

 硬い床に薄い寝具。お風呂はないから交代で身体を拭いただけ。


 ……。


「眠れないのかいユーキ、こっちにおいで」

 眠れないオレをサキが抱っこしてくれた。リート、リル、フルも身を寄せてくれる。

 サキの胸が柔らかくて心地よい。

 こんなのいつ以来だったかな……


「お休み、ユーキ……」

 ん……

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