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姉さまはタフ・ネゴシエーター

 ここは市場の肉屋さん。

「おじさん、白いところだけもらえる?」

「はいよ」

「あと、そのトリの骨って売ってるの?」

「売りもんじゃないけどな。欲しけりゃ持ってきな」

 よし、背脂と鳥ガラゲットだぜ。

 あとは、今日の夕食用に定番野菜と、仕込み用の葱と生姜にんにくを買えばOKね。

 

 ここのところ、サキやウキにとっては食べ慣れない料理が続いているはず。だから今日の夕食は地物の野菜中心にして胃を休めてもらう。って、明日の夕食に時間をかけたいから今日は手抜きなだけなんだけどさ。

 

 鍋に肉の脂身と生姜にんにくを入れて、ゆっくりと火を通し、そこに小さめに切った肉、黒芋・白トマト・パプリカ玉ねぎ・パプリカじゃがいものざく切りを入れて炒めてあげる。

 野菜に火が通ったら、生乳からバターを作った残りのホエーを注いで煮込んでおく。

 昨日馬番のおじさんからたくさん頂いた果物は、皮を剥いてからボウルに入れ、果実酒を水で薄めたのを注いだ後にシロップで味を整え、氷を加えて冷やしておく。

 

「さて、実験開始だ」

 まずは生棒パンを薄く伸ばす。そうしてから、真ん中に『魔法の水』を少し塗って、もう一回パンをこねなおす。

「よかった、うまく混ざったわ」

 水分が増えて一旦柔らかくなるけど、こねているうちに弾力が戻る。それをもう一度伸ばして同じように水を塗り、練り込んでいく。と、期待通り生地は少し黄色を帯びてきてくれた。

「こんなところかな」

 これを製麺機で麺にしてから茹でてみる。

 ふっふっふ。

 さすがはじいちゃん。そしてオレ天才。

 明日の夕食の準備に、俄然やる気が出てきたわ。

 

 鳥ガラは、まずはよく洗う。ホント、リルがいなかったら水を変えるだけで大変だったわ。

 綺麗に洗ったら、沸騰したお湯に投入。これはすぐに引き上げてもう一度洗ってあげる。

 もう一回鍋に水を入れて、鳥ガラとネギ、生姜にんにくを入れて煮込み開始!

 ここからはリートの出番。火加減が大事だよ。


 次は干した小魚。こっちの世界ではおやつとして食べるのが主流らしいけど、日本人ならアレよね。

 まずは頭と内臓のところを一つづつ丁寧にとってあげる。で、別の鍋では、かつおだしのような味が出る『白トマト』を煮てあげる。

 スープに味が出てきたら、白トマトは今日の夕食にする方に移動し、スープは冷ましておく。ここでもリルの氷が役に立つわ。

 これで下準備は終わり。あとは皆が帰ってくるまで、ひたすら鶏がらスープのアクをすくうの。

 

「ユーキ、戻ったよ」

「腹減った」

 お帰り、サキ、ウキ。ご主人もおじさんも席にどうぞ。

 今日の仕上げは野菜のホエースープに生棒パンの実を一口サイズにちぎって投入し、一煮立ち。これで完成。

 

「今日はなんだい?」

「『リバーケープの野菜とお団子入りスープ』と『フルーツポンチ』だよ」

「美味そうだな」

「多分皆が食べ慣れた味だと思うよ」

「うん。優しい味だ」

「棒パンってのはこんな食べ方もあるんだなあ」

 これはなかなかの評判。水じゃなくてホエーで煮ている分、コクも出ているんだ。


「こっちはデザートだよ」

 四人がスープを食べ終わる頃を見計らって、ボウルからそれぞれのカップにプルーツポンチを注ぎ分けて、配って回る。

「これはさっぱりしていて美味しいねえ」

「冷えてるというだけで贅沢品だな」

 良かったねリル。お前の氷が褒めてもらえているよ。 

 

 こうして好評のうちに今日の夕食も終了。

「明日の朝食は『玉子焼き』。夕食は『ラーメン』よ」

「うお、できたのか!」

 任せろウキ。


 後は鶏がらスープをこしてやり、すっかり冷めた白トマトのスープに、頭とはらわたを取った小魚を投入しておいて本日は終了。

 今日も一日大満足でした。


 そして翌朝。

 今朝はバターたっぷりのプレーンオムレツとフルーツの盛り合わせ。

「朝からフルーツは身体にやさしいねえ」

 そうでしょサキ。どっかでヨーグルトの種が手に入ればもっといいんだけどね。

「肉くれ肉」

 ごめんウキ、肉を焼くの忘れてた。

「それじゃあ、今日は一日旅の準備。明日朝早くここを出発するよ。いいかい? ユーキ」

 はーい。


 うーん。どうしようかなあ……。

「なんだいユーキ、難しい顔して」

「アホが悩んでも時間の無駄だぞ」

 ホント一言多いなウキのボケは。


「これをどうしようかなと思ってさ」

 これというのは、LPガスのボンベのこと。

 火猫のリートと入れ替えに、ちょうどガスが空になったんだ。

 実はこのボンベ、空でも十キログラムくらいの重さがあるし、結構場所も取っている。空になったこ奴は、まさに『無用の長物』


「へえ、面白い格好をしているねえ」

「サキ、ウキ、こいつの処分に何かいいアイデアはないかな?」

 困ったときは素直に頼ろう。

「重しに使えるんじゃないか?」

 重いから何とかしたいと言ってるんだろうがボケウキが。

 と、予想外のところから声がかかったよ。

「なんだお嬢ちゃん、その『オブジェ』みたいなのを処分したいのかい?」

 声の主は馬番のおじさん。

「そう言うのが好きな古物屋のオヤジがいるから、そこに持って行ってみな」

 おお、ありがとう馬番さん。

「なに、美味いもんを食わしてもらってるからな」


「どれ、行ってみるか」

 ウキが軽々と片手でボンベを持って見せた。へえ。

 どうしたのフル。その嫉妬に燃える目は? なに? ボクでもあれくらい持てるって? いいのよ、バカはおだてて使っておけば。

「そう言えば、薬屋にも行きたいって言ってたね」

「何だ。生理か?」

 思春期のガキかお前は。

 って、『あの日』の準備もしておかなきゃ。後でサキに内緒で教えてもらおうっと。

 

 さて、馬番さんに紹介してくれたお店に到着。へえ、いろんな奇妙なものが置いてあるわ。

「主人、こういったものに興味はあるか?」

 ウキがLPガスボンベをカウンターに『どんっ!』って置いた。

「『サンライズブリッジ』付近の『遺跡』で見つけたんだけどね」

 え?

 サキ、何言ってるの? 『サンライズブリッジ』? 『遺跡』?

 あら、サキ姉さまがウインクしてきた。わかったわ。黙っているわ。

「ほう、それはそれは……」

 なにこのちょび髭のおっさん。いきなり手袋をしてガスボンベを鑑定しだしたわ。

「むう、この均一な深みと明るさを併せ持つ灰色の釉薬ゆうやく。バランスの取れた造形。ここだけ緑の上薬に塗られた部分の複雑な輪細工。この薄くも堅牢な高台こうだい……。これは古代の『銘品』に間違いない!」

 何言ってんだおっさん。それはガスボンベなの。

 

「うむ、それにしても見事な品である。で、これを持ち込んだということは、売る気があるということか?」

「ああ、値段次第だけどね。店はここだけじゃないしね」

 うわ、『交渉ネゴシエート』が始まったわ。

「これならば五十万エル出そう」

「ウキ、ユーキ、帰るよ」

「ちょっと待て。百万エルの価値があるかもしれん」

 え? え? え?

「ちょっといいかい、ユーキ」

 何でしょうお姉さま。はい、はい。ええ、ええ。お任せしますとも。

「『百二十五万エル、現金払い』なら考えてもいいよ」

 お、ちょっとおっさんが渋い顔になったぞ。

 

「ウキ、片付けな」

「わかった、現金百二十五万エルで引き取らせてもらおう」

 おっさん、顔真っ赤だよ。 

 それにしても、百二十五万エルって………。確かあのボンベ、じいちゃんが近所のガス屋さんから一万五千円くらいで買ってきたやつだよね。うわあ……。

「確認してくれ」

 カウンターに並んだのは、白銀の貨板が十二枚、金の貨板が五枚。ってことは、白銀が一枚十万エル、金が一枚一万エルってことね。

 そっか、銀が千エル、銅が五百エル、鉄が百エルと、きれいに並んだわ。

「またお宝が手に入ったら優先して来てくれ」

 うわ、おっさん勝ち誇ってるぞ! いいんだなそれで?

 

「それじゃユーキに百万エル、あたしが二十万エル、ウキが五万エルの取り分ね」

 結構ですとも結構ですとも。オレはサキお姉さまのいいなりよ。

「やけにオレの取り分が少なくないか?」

 あんたは荷物運びをしただけでしょうが。

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