じいちゃんの店
「大将、『特製スタミナ丼』だ!」
「こっちは『まぐろネギマ定食』と『カルボナーラ定食』な!」
「はいよ! おいユーキ。一番さんの『タン爆唐乗せ』あがりだ」
「了解じいちゃん。お待ちどうさま。『タンメン爆盛り唐揚げ乗せ』だよ」
これがオレとじいちゃんの日常風景。この店はじいちゃんが昔からここで営業しているんだ。
オレの両親は、オレが三歳になるころ、交通事故で死んじまった。しかも相手は『無免許無保険』と言うバカガキだったから、裁判ばかりが長引いている。
そんなオレを、既にばあちゃんが他界して一人暮らしだったじいちゃんが引き取ってくれたんだ。
実はオレとじいちゃんには血のつながりはない。なぜならオレの父ちゃんは、ばあちゃんの『連れ子』だったから。
でも、じいちゃんはオレをここまで育ててくれた。小学校、中学校、そして今はこの都市の高校に通わせてくれている。
この都市は日本でも有数の学術都市なんだ。変わっているのは、高校も『単位制』なこと。
なのでオレは毎日八時から十一時までの三コマと、十五時から十七時までの二コマで授業を受け、昼の十一時半から十四時まではじいちゃんの店で手伝いをしている。
ここは様々な研究施設と教育施設で成り立っていて、当然食堂も整備されているのだけど、『体重計メーカー』が各施設の食堂を経営しているので、オレが言うのもなんだけど、どのメニューもが、女向けの綺麗な見た目と淡白な味わい、計算されたカロリーを併せ持っている。
そんな食事に飽きた人達が主にこの店のお客さん。だから当然メニューは『体重計メーカー』とは真逆のものが好まれるんだ。
じいちゃんの口癖は
『美味いモノ食って死ね』
で、じいちゃんは大の宗教嫌いなんだ。そう、爺ちゃんのもう一つの口癖は、
『戒律なんか糞喰らえ』
それはオレが中学生の頃の話。
いきなり店の引き戸に見慣れない紙が貼られていた。オレはその内容に唖然としたよ。
『犬と十字軍は入店禁止』
どうもじいちゃんが何かのニュースを見て腹を立てたらしい。
これがネットに拡散されて、もう大変だったんだ。
『これは差別だ!』ってさ。
じいちゃんはブログとかやってないから影響なしみたいだったけど、街は大騒ぎさ。
海外メディアでも、『日本の某都市では人種差別がはびこってる』とか報道されちゃうし。いっとき店の前はマスコミでいっぱいだったんだよ。
ある日とうとう市役所から人が派遣されてきて、掲示を剥がすようにじいちゃんに頼んだんだけど、じいちゃんは追い返して塩を撒いちゃった。
お客さん達はいつも通り通ってくれたけど。
でさ、実はオレのスマホもエラいことになったんだよ。
だからオレもじいちゃんに頼んだんだ。
「差別はやめてくれ」ってさ。
「そうか、ユーキの言うことも、もっともだな」
ありがとうじいちゃん。
そう感謝したオレがバカだった。翌日オレは引き戸を見て再び唖然としたんだ。
『十字軍だけ入店禁止』
その横には、じいちゃんが『盲導犬』に土下座している写真が貼られていたんだ……。
再びネットに拡散されたよ。当然だろ。だけど、今度は何故か大受けだったのさ。そして次の日から十字軍が嫌いな人々も店にやってくるようになったんだ。
ある日、『砂漠の国の人』と『香辛料の国の人』が店にやってきたんだ。
二人は最初じいちゃんのことをべた褒めしたんだよ。十字軍に喧嘩を売ってくれてスッキリしたと。
「うれしいことをいってくれるねえ」
じいちゃんの笑顔にオレは嫌な予感が走った。そしてそれは大正解だったのさ。
じいちゃんが「俺のおごりだ! さあ食ってくれい」と二人の前に並べたのは
『豚骨チャーシューメン』
当然二人は怒ったさ。そりゃ二人にとって最悪の食材で構成された料理を目の前に出されたんだからな。
「それが食えなきゃお前らも出てけ」
途端にヤクザまがいの態度に出るじいちゃん。あーあ。オレ知らねっと。
でも、結果はオレの予想の斜め上を行ったんだ。
砂漠の人と香辛料の人は互いに顔を見合わせると、にやりと笑ったんだよ。
「ここは日本。我が神の目も届かないであろう」
「我が神は、餓えてまで食を我慢せよとは教えてはおらん」
そうして二人は仲良く食べだしたんだよ、ラーメンを。しかも上手にすすってやがる。
こいつら素人じゃねえな。
結局『十字軍だけ入店禁止』も、市長さん自らがじいちゃんのところにやってきて、「頼むから外してくれ」と頭を下げたんだ。
さすがのじいちゃんも市のトップ自らがやってきたことに意気を感じたらしい。
「わかった、市長の顔に免じて掲示は剥がしてやる」
かっこいいよじいちゃん。
と思ったオレは甘かった。
翌日の引き戸には
『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』
と掲示されていたんだ。そう、有名な『地獄の門』に彫られた銘文さ。
ホント十字軍嫌いだな。オレのじいちゃんは。
そんなじいちゃんだけど、オレにはいろいろと教えてくれたんだ。
もともとじいちゃんは『ラーメン屋』をやっていたらしい。だけど、お客さんの注文に答えていたら、いつの間にかメニューが増えたという、典型的な街の定食屋さんになったんだ。その度にじいちゃんは料理を独学で学んだんだって。
だからじいちゃんが教えてくれる料理は、下ごしらえから仕上がりまで実戦第一。いわゆる『細かいことは気にしない』ってやつなんだ。
「大将、今日のメンチカツはでけえな!」
「おう、肉屋がおまけを持ってきてくれたからな!」
「大将、キャベツが少ねえよ!」
「うるせえ! 野菜が高騰してんだ。ありがたく食え!」
こんなノリだから、お客さんも『無頼』な人が多い。とはいっても皆さん研究職だけど。多分研究でたまったストレスをこの店で発散させているんだと思う。
真っ青な表情でやせっぽちの身体をカウンターの隅に小さく寄せて、その頭より大きいどんぶりに盛られた『背脂モヤシチャーシューメン漢盛り』を黙々と平らげるお兄さん。専門は『天文学』
白衣にタイトミニスカートとピンヒールで闊歩してきて、『ビール大ジョッキ』と『トンテキ』単品を平らげて行く綺麗なお姉さん。専門は『脳医学』
「どこ触ってんだこのセクハラおやじが! オレはまだ未成年だぞ!」
「お前の尻がゴング代わりなんだよ!」
「てめえ、オレのかわいい孫にまたちょっかい出しやがったな!」
怒声とともに、じいちゃんが厨房から飛び出してくる。なお、オレの尻を触ったのは筋骨隆々の髭面のおっさん。専門は『空間力学』
二人の取っ組みあいも毎度のこと。仕方がないのでじいちゃんの代わりにオレが厨房に入り、残った注文を仕上げるんだ。
「ごめんよ、じいちゃんの料理じゃなくて」
「大将の取っ組みあいを堪能しながらユーキの飯を楽しむのも一興さ」
これもいつもの店内でのやり取り。こうしてこの店の昼営業は終わりを告げるんだ。
あ、紹介が遅れちゃったね。この店の名前は『悪魔王』
じいちゃんの宗教嫌いがこじれてこんな店名になっちゃった。
オレの名前は『明途有希』
『めいど ゆーき』って読むんだ。
真ん中の『棒』を忘れるなよ。
オレの名前を浮かれて付けた親父が役所への出生届時に、窓口のお姉さんに『冥土逝き』と読まれてしまい、やっとその読みのやばさに気付いて、『ふりがな』の真ん中に無理やり『棒』を入れたという、いわくつきの名前だ。
その後親父は「入れるなら『棒』じゃなくて『う』 読み方は『ゆうき』に決まってるでしょ!」と母ちゃんに相当説教されたと、じいちゃんが教えてくれた。別にオレはどっちでもいいけど。
ちなみにオレは花も恥じらう女子高生だ。ざまあみろ。
そんなオレにバチが当たったのかな。
いつもは朝っぱらから中華鍋をガンガン鳴らして、やたらこってりとした朝食を作っていたじいちゃんが、その日だけはやけに静かだったんだ。
「じいちゃん?」
じいちゃんは布団の上で大の字になって寝ていたよ。短く刈った白髪としわの寄った顔に笑顔を浮かべて。
じいちゃんは幸せそうに冷たくなっていたんだ。
葬儀は常連さん、やせっぽちの大食らいな天文学者の『鼠沢さん』、セクシーな脳外科医の『猫崎さん』、じいちゃんと取っ組み合い仲間だった空間研究の専門家『熊川さん』たちが手伝ってくれた。
じいちゃんは皆に見送られて荼毘にふされたんだ。
多分オレは一生分の涙を流したのかもしれない。
一人になったことが怖いんじゃない。じいちゃんがいなくなったことが悲しくて。
店は続けられない。
オレは理解していたから。この店のお客さんは、じいちゃんの料理を食べるだけのためにこの店に通っていたのではないってさ。
多分今のオレが無理に料理を提供しても、常連さんは美味しく食べられないと思う。
だからオレは高校に通いながら修行をすることにした。
じいちゃんが若いころに使っていた『屋台』とともに。じいちゃんが
『いつかユーキが一人前になったら、まずはこれを使え』
と、いつも手入れをしてくれていた屋台に、爺ちゃんが残してくれた料理道具を詰め込んで。
学校にも許可をもらった。昼食営業を校庭でさせてもらうことに。
「ふう」
結構乗るもんだなあ。重さは相当なものだけど、ゆっくりなら何とかオレにも動かせる。
「今日から修行開始ね」
と、スマホがいきなり鳴った。なんだろ?
「ユーキか! オレだ! 熊川だ!」
「どうしたのおじさん?」
「いいから今すぐに店を離れろ!」
「どうして?」
「『悪魔王』周辺の空間に『異常湾曲』が突然発生している。とにかく逃げろ!」
「わかっ……」
返事はできなかった。
次の瞬間、オレは真っ白な光の世界に包まれたんだ。