第四話 右 ピンクトルマリン ―恋―
日向を避けて日陰を歩く。吹き抜けていく風が気持ちいい。夏ではあるが日陰を歩けばかなり涼しい。この地域は都心にやや近くも山に囲まれ空気が良く、近場への旅行を目的に多くの人が訪れる。
優希はすぐ隣に流れる川とその上流に位置する大きな旅館を見つめた。川は綺麗でヤマメなどの魚がいるため多くの人が釣りをしている。その先にある大きな旅館、この町一番の老舗旅館で和真の家だそうだ。江戸時代にはすでに存在し今は道場も併設され地域クラブも開いている。優希が和真の家に行く理由は、今日はお菓子作りの約束をしているからだ。まだ何を作るか決めていないがまだまだ時間はあるのだから早く行って決めようと思っていた。優希は歩く速度を速めた。
家の前、もとい旅館の前まで来た優希は和真の母に声をかけられた。
和真母「あら、優希ちゃんいらっしゃい。」
優希「こ、こんにちはっ。」
和真母「和真は3階の自分の部屋にいると思うわ。前にも言った通り、お客さんのいる棟には行かないでね?」
優希「はっはい。」
和真母「家の道具は好きに使っていいからしっかり片付けて・・・」
??「親方ー!女将ー!お客ですぜー!」
和真母「はーい!それじゃあお願いね!優希ちゃん。」
優希「はっはい!ありがとうございます!」
そして和真の母は小橋を渡っていってしまった。先ほどは川のほうにいたのだろうか、手が少し濡れていた。
優希「(綺麗だなぁ・・・和真君のお母さん・・・。)」
玄関の時計は10時を指している。靴は少なくしまわれていた。
優希「お邪魔しまーす。」
すでに何度か遊びに来ている優希だったが3階はおろか2階にもあがったことはなかった。和真の家は旅館側と比べ小さいが、それでもかなりの大きさで知っている限りでは1階に9部屋ある。貸している部屋もあるがすでに大冒険できる広さだ。それが2階、3階と広がっていくのだから期待を寄せるのも無理はない。
階段を上がっていくと風鈴の音が聞こえ始めた。外の気温に対し、家の中は涼しく風が気持ちよく流れていく。階段の壁には数多くの賞状が、コルクボードにはつい最近撮った和真と優希の写真が貼られていた。
3階に着くと風鈴の音がよく聞こえるようになった。音の方向を向くと「和真」と書かれたボードを見つけた。優希はそのドアを開けた。
優希「………寝てる………。」
和真は静かに寝息をたてていた。風鈴は窓につけられ優しい風が部屋に入ってくる。
優希「…起こさないと。」
部屋は広く、ベッドや机だけでなくトロフィーや見たこともないものが置かれているが片付いている。しまう物は出しっぱなしにしていないようですっきりしている。
優希「かずまくんおきて、かずまくんおきてー。」
和真「………むぅ。」
和真は優希の呼びかけを聞くと掛け布団を全身にまとった。徹底抗戦の構えだった。この壁を乗り越えなければ起こすことは不可能だ。
優希「(悪いけど起きてもらおう…!)」
心を決めた優希は持っていたかばんを足元に置き
和真の上に思いっきりのしかかった。
和真「………ねぇう!?」
普段聞かない声とバタバタ動く和真を見ながら優希は、
優希「早く起きてー!かずまくーん!」
和真「ちょっ!まっ!うはっ!」
ポンポン跳ねるので優希は面白がって降りるのをやめなかった。
和真「……優希……なにしてんの…。」
いつの間にか和真が掛け布団をどかしてこちらを見ていた。
優希「全然起きないんだもん…。」
和真「とりあえずっ…!降りてくれ…っ!みぞっ鳩尾がっ…!」
優希「ごっめんなさーい♪」
やっと起きてくれた和真は相変わらず眠そうだった。
和真「…優希…ちょっとそこに正座しなさい。」
優希「?」
和真「どうしてこんな事をしたんですか?」
優希「かずまくんが起きなかったからでーす。」
和真「お腹に乗る必要はありましたか?」
優希「あまりに起きないのでやりましたー。」
和真「…はーい。でも約束してたのに寝てるんだもん!」
確かにお腹に乗るのはやりすぎたかも知れない。しかしお互いに約束したにも関わらず寝ていた和真が悪いはずだ。
和真「…んじゃあ」
唐突に和真が言ったが意味がわからず座っていると、和真が頬をつかんできた。
優希「……?…むひゅう。」
ふくらましていた頬を和真が優しくつぶした。
和真「これでおあいこ。」
突然な出来事に優希の頭の中はゴチャゴチャになってしまった。まるで熱が出たかのように顔が熱くなっていて身動きがとれなかった。涼しい風がそれをより強く感じさせた。
和真「んじゃ、お菓子作りしますか。」
優希「………。」
和真「大丈夫か?」
優希「!ごめんごめん!平気だよ!」
和真「はやくやろうぜ。食いしん坊将軍が来そうだ。」
優希「んもう……ゼリーでも作る?」
和真「そうだな…、果物とか入れていろんな味を作るか。」
優希「うん!そうしよう!」
元気よく返事をしたものの雪は一体自分がどうなったのか、本当に熱でも出したのではないかとも思っていた。雪は先に階段を下りる和真についていきながら、冷たい風を全身で感じていた。
わ、私は何も悪くないもんね!
和真君の部屋のトロフィーはきっと剣道か何かでしょうね。