第一話 左 アベンチュリン −出会い−
「……ねむい。」
藤原和真という少年は誰も歩いていない道で独り言をこぼした。別にこんなに早く小学校に行く必要はないが、家が旅館で朝から遅刻ギリギリまで手伝いをするよりこの時間に家を出た方が楽だという事が入学式の日に分かった。
和真は朝の5時にいつもの騒々しさに起こされた。旅館の部屋や風呂の掃除、料理の仕込み等で自分で初めてかけた目覚まし時計は初仕事にも関わらず己の仕事を為す事が出来なかった。
気が重くなる。これから先、おなじ流れ作業のように起きなければならないのかと思うとおおよそ似つかわしく溜め息が出された。
そんな気分になりながらも小学校への道を歩き続けた和真は、今日初めて外で人を見つけた。その人はピンク色の新しいランドセルを背負い、黄色い学帽を被っている女の子だ。
不安そうにまわりを見回しているその子の顔を見た和真は彼女の名前を思い出した。
「あい川…ゆきちゃん?」
名前を覚える事が苦手な和真がその名を覚えているのは彼女が出席番号一番だからだ。
声をかけられた彼女は不意をつかれたのか、一瞬小さくとびあがった後にこちらに振りかえった。
「えっあっえーっと……ふじわらかずまくん?」
情けない声だった。今にも泣きそうな目でこちらを見ている優希の状況を理解してしまった和真は、先ほど出した溜め息を出さないように我慢した。
「道にまよったの?」
「……………。」
返事はなかったがコクリとうなずいた。
きっと車かなにかで入学式に行ったのだろう。この辺りは道が複雑だからまだ覚えていないだけだろう。和真はそう思った。
「そうか。」
とっさに出た言葉は人としてはあまりに酷く、子供にとっては当たり前の言葉だったかもしれない。
和真自身も何をいったら良いかわからなかったから、自身の自然な反応には助かったと思っていた。
しかし、一番に驚いたのはその言葉に対する彼女の反応ではなかった。
和真は、優希の手をつかんで小学校へ歩き出していた。