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一件落着次回に続く!


 それぞれがそれぞれに過ごした翌日、早朝。

 始めに異変に気付いたのはジンだった。天魔らしき動きを彼の耳が捉えたのだ。

「こっちだ……!」

 ジンの鼻が悪魔の臭いを確実に嗅ぎ取る。レイたちは武装してジンの導きに従った。辿り着いたのは、線路を補修管理する為の整備用通路だった。鬼道忍軍で忍ぶことに長けたジンがまず偵察の為に忍び込む。

(いた……)

 ジンの嗅覚通り、悪魔が物陰に潜んでいた。性懲りも無く、列車を襲撃する為にこの場所へやってきて、この前もここに隠れていたようだ。

「そこにいるのは撃退士か……」

 低く轟くような声。気付かれたとなっては仕方ない、とレイたちは悪魔の前に飛び出した。態勢を整える。

「メェッ! お前らはこの前の!」

「よくも邪魔してくれたな!」

「お前らみんな同じ外見だから区別つかねーなぁ」

「メ、メェェ!」

「許さんメーッ!」

 怒り狂ったブラックシープが、ケインに突撃する。ガードせず、にやりと不敵に笑って攻撃を受けたケインだったが。

「……羊の攻撃なんか……屁でもねーぜ……」

「しっかり食らってるではないか! この、馬鹿者!」

「これくらいどうってことねーぜ……! 今度は俺の番だ……石火!!」

 ふらりと剣を構える姿は頼りなかった。レイは呆れ九割心配一割の檄を飛ばす。ケインはお返しとばかりにそのブラックシープに獲物である打刀を振るい、スキルを駆使して何とかダメージを与える。

「……まずは」

 次にジンがもう一体のブラックシープめがけて苦無を放つ。ぐさっと腕に刺さった苦無から、ぶわりと黒い靄が現れた。

「……鬼道忍術……『目隠』」

「メ、メェェ……前が見えないメェ……」

 その靄の正体は、鬼道忍軍のスキル「目隠」。その名の通り、相手の視界を阻害し、混乱させるものだ。

「トドメだ!」

 レイがその隙を突いてグレートソードを振りおろす。目隠を受けたブラックシープは、避けられずに倒れた。残る敵は手傷を受けたブラックシープ1体、無傷なシープ1体、そして今回のボスである――悪魔ファウスト。

「……ちびを一体退けたくらいで……調子に乗るな、撃退士共よ」

 ばさり、と背中の翼を広げ、ファウストは彼らを威嚇する。天使の翼を持った、冥界の住人。天使を皮肉って作られたらしい悪魔の眷属・ディアボロは、身の丈ほどもある大鎌を振り上げる。その様は、死神そのものだった。

「くっ……これは……っ!」

「ジン!」

 大鎌はジンの首を狙ってひゅんと音を上げる。危険を感じたジンは咄嗟に後ろへ飛びのいた。間一髪、攻撃は当たらなかったが、もし避けられなかったら体力の心許ないジンは一撃でやられていたかもしれない。

 レイと無傷のブラックシープが牽制しあう。その中で、ファウストを先に倒すべきだと感じたフランソワが、拳銃のオートマチックで狙いを定めた。――しかし。

(こんな強そうな悪魔を……わたくしのような非力な者が……)

 ファウストの禍々しい姿に気圧され、フランソワの腕は震える。標準が定まらず、このままでは仲間に当たってしまう。懸命に戦うレイの姿も、今のフランソワの力にはならなかった。

「今度こそ見せ場作ったるでー!」

 そんなフランソワの恐怖も知らず、盾を片手にポチローが華麗にレイピアを突き出した。ブラックシープは鋭い一撃を受け、か細い声を上げる。

「ケインに『ライトヒール』!」

「ありがとな、ミナ姉!」

「メェメェちょっと煩いですからね」

 その間にミリーナが回復スキルでケインの傷を癒す。根っからの弟属性であるケインはにかっと笑った。そして、レオンが瀕死のブラックシープに眠りを授けるべく、細身のワンドを打ち付ける。

「ンメェェ……」

 今度はがつっと鈍い一撃にブラックシープは目を回した。残るはケインに打ちかかった攻撃的なブラックシープと、ファウスト。ケインが今度こそ黙らせてやる、と最後のブラックシープに挑む。

「じゃーな!」

「メェ……敵わなかったメェェ……」

 最期の一匹だったブラックシープは悔しげに倒れた。あとは殺気を漲らせたファウストのみ。しかし戦いは長期戦となる。

「はぁっ!」

「……食らえ……」

 気合いを入れたレイの一撃、ジンの苦無攻撃にもファウストは動じない。再びジンの首を狙い、大鎌がギロチンのように振り下ろされる。ジンは避けられず、死を覚悟したのだが。


「『タウント』ォ!!!!」


 ポチローがスキルを発動し、ジンの前にさっと立ちふさがった。ジンは目を見張る。ザン、と斬られたポチローは、呻きながら膝をついた。

「さ、流石に痛いで……」

「ポチ様……ッ! 何故ですッ」


 ジンは駆け寄り、問い詰める。何故、また助けたのか、と。


――全ての始まりは「あの日」だ。


 ジンは天使に襲われて、家族を皆殺しにされた――彼一人を除いて。そのとき、アウルの力に目覚めた彼だったが、ジンも死にかけだった。あの日、ジンはこのまま死んでも良いと思っていた。寡黙だが頼りになる父、優しく笑顔が明るい母、元気で愛おしい弟たち、生意気だがかわいげのある妹たち……そして、自分の左目。全てがいっぺんに失われたのだ。何の為に生きていけば良いのか、流れ出す命を感じながら、ジンは生を諦めようとしていた。

「おーい、死ぬんやないで」

 その時、驚くほど気の抜けた声がした。父でも弟たちでもない。閉じかけた右目をゆっくり開くと、声の通り間の抜けた顔がそこにあった。……それがジンとポチローとの出会いだ。

 死を望むジンを、助けたのもポチローだった。生きる意味がないと嘆くジンに、生かしてくれた恩に報いるという、生きる意味を与えてくれたのもそうだった。ポチローは、ジンの命の恩人であり、生きる意味なのだ。


 その相手が、今度は己を守る為に傷付いてしまった。自責の念に駆られるジンに、ポチローはあの日と同じようににっこり笑う。


「助けられるモンは助ける。それがわいの信条や」


 そして、あの日と同じ、力強い答え。この人は変わらない、とジンは胸が熱くなる。ただの通りすがりだったはずなのに、ここまで情けをかけてくれるのだ。たとえ女好きであろうが、普段はちゃらんぽらんだろうが、ジンはついていくとあの日決めた。今でも変わらず、むしろその思いを強くする。

 ジンは立ち上がった。もう、目の前で他の誰かが傷付くのを見ているだけの己ではない。苦無を構えた姿に、黒い稲妻のような「光纏オーラドレスト」をまとって淡く輝く。目の前の悪魔を倒す、という鋭い意志の現れと共に、悪魔に対峙する。


 一方、後方支援に努めていたフランソワの援護射撃が止んだことに気付いたレイは、物陰に隠れたままのフランソワに近付いた。

「フラン、大丈夫か」

「レイ様……」

「……震えているな、無理ならば逃げて……」

「いえ! 戦えますわ……!」

 足手まといにはなりたくない。その一心だったが、レイは厳しい顔で首を横に振る。天魔との戦いは命賭けだ。戦場に戦う意思のない者がいれば、それは戦っている者たちの負担になってしまう。レイたちはまだ撃退士として一人前とは言えない。自分一人の身で精一杯なのだ。

「フラン、お前はよくやった。……私とて、あのような強い悪魔と戦うのは初めてだ」

「でも……レイ様を置いて逃げるなど……」

「良いんだ。お前が怪我をする方が私は恐ろしい」

「レイ様……ッ危ない!」

 涙がにじみかけたフランソワの視界に、ぶわっと翼を広げたファウストが現れた、と思った時には、銃を構えて引き金を引いていた。弾丸は真っ直ぐ翼を打ち抜き、バランスを崩したファウストは床に降り立つ。

「すまない、助かった!」

 その隙にフランソワを抱きかかえ、レイは他の物陰に転がり込んだ。今の一瞬だけだが、フランソワはレイの命を救ったのだ。感謝され、その実感が、フランソワの胸を熱くする。自分にも、出来ることがあるのだ。

「レイ様。わたくし、やはり戦いますわ。……わたくしだって、守りたいものがありますもの」

「……そうか。ならば背中は頼む」

「はい、お任せくださいな。もう、迷いませんわ」

 レイは薄く笑って立ち上がると、手を差し出した。その手を取り、すっくと立ち上がったフランソワに不敵な笑みが宿る。もう彼女に、恐怖の影はなかった。


(ジン! アウルを!)

 ジンの脳内に直接語りかけてきたのはレオンだ。意思疎通によって、レオンのアウルがジンに宿る。これで咄嗟の攻撃に耐えることが出来るだろう。

(流石だ……戦況がよく読めている)

 レオンはいわば司令塔である。攻撃専門のケイン、レイ、ジンたちは前衛、防御やサポート役のレオン、ポチロー、ミリーナ、フランソワは後衛。それぞれ役割は理解しているだろうが、どう動くかまでは分かっていない。その具体的な指示は後ろにいて、誰が怪我をしたか、どれくらいアウルを使ったか、把握している冷静な者が必要なのだ。

「ケインは待機、ジンは攻撃、今! 隙を突いてレイ!」

 ただ言うのは簡単だ。それを実行するとなると、尋常ではない集中力、そして先を読む力が必要になる。弟のケインは阿吽の呼吸で、レイやジンたちも長年一緒に戦ってきた感覚でついていく。的確な指示のお陰でミスも少ない。敵の攻撃が読めるということは、こちらがダメージを受けずに、相手にダメージをたたき込めるということだ。

「ポチ、無理はしないでね」

「もっちのろん! 亀甲族の防御力舐めたらあかんで!」

 ミリーナから回復術を施されたポチローが、ぐっと立ち上がる。レイピアと共に突撃したが、ひらりとかわされた。

「防御など関係ない……喰らえ、我が毒を」

「ぐっ……!?」

 ファウストはぐわっと手を広げ、ポチローの首を掴んで持ち上げる。もがいて逃れようとするが、先ほどのダメージから完全に回復出来ていないポチローは顔を歪めた。どす黒い煙が手から滲み、毒がじわじわとポチローを蝕んでいく。

「ポチロー様ッ!!」

 ジンが苦無を投げながら、ファウストに突撃する。レイとフランソワが息の合った連携でファウストの意識をポチローから離し、その隙にジンがポチローを救出した。

「すぐにライトヒールするからね!」

「堪忍なぁ……わい、カメやから素早さはないねん……」

「ポチロー様は休んでください……後は俺たちが」

「任せたでぇ……ジン」

「……言うな、撃退士共……全員この毒で沈めてやる……」

 ミリーナの助けでポーションを飲み込み、毒は薄れたポチローを確かめ、ジンは眼光を一層鋭くさせ、毒の滲む手を広げたファウストを睨んだ。これ以上戦いが長引いては、被害が拡大してしまう。

(ポチロー様が俺に任せてくれた……あと一撃で、決める)

「僕もそろそろ攻撃……いくよ!!」

「よっしゃ、アシスト任せろ!」

 レオンが魔術書を片手に呪文の詠唱を始める。その間にケインがファウストの前に飛び出して牽制し、ファウストの足止めをする。

「――詠唱完了。弾けろ、サンダーボール!」

 レオンのアウルを練り上げた光の玉が生まれ、ファウストに真っ直ぐぶつかって弾けた。バチバチッと電流が流れ、ファウストは一瞬動きを止める。

「レイ!」

「行け!」

「言われなくとも!」

 その一瞬を見逃すはずもない。レオンとケインのかけ声に、背を押されたようにレイがグレートソードを全力で振り上げた。

「喰らえ!」

「ぐ、う……」

 手応えのある鈍い一撃に、ファウストはよろめく。

「……トドメだ」

 ジンが渾身の力を込め、鋭い一撃を放つ。

 苦無を避けられるはずもなく、ファウストが大きく呻く。

 すして、ファウストはさぁっと空気に溶けていった。

「倒した、の……?」

「……嗚呼。もう大丈夫だ」

 ミリーナの訝しげな問いに、レイたちが大きく頷き、ヒヒイロノカネと呼ばれる、対天魔の武器や防具を格納出来る金属を取り出した。それぞれそこに武器をしまって、通路から出る。一瞬、明るい光に目がくらんだが、慣れてきた視界に広がるのは、穏やかな久遠ヶ原の光景だ。彼らが見守る中、列車は線路の上を無事に通過していった。

「やぁ、見知ら可愛い女の子を守れたんやと思うと、これくらいの怪我も勲章に思えるでぇ」

「この後に及んでまだ言うんですの!? せて、せっかく少しだけ見直したと思ったのに……」

「え? わいが格好良くて惚れ直したって? 照れるわぁ~tいっでぇ!」

「そんなことひとっっっっことも言ってませんわよ!!」

「フランソワちゃん、ポチは怪我人だよー」

「あはは、とりあえず学園に戻ろうよ」

「おう! 俺たちの活躍を列車に乗ってた奴らに教えてやらねーとな!」

「誇っても良いが自慢はするな。はしたない」

 人知れず平和は守られたのだが、相変わらずのポチローに呆れかえる面々。そんなポチローの頑張りに助けられ、他の者は無事だったのだ、とレオンの助け船のお陰で、ぼこぼこになるのは防がれた。

(良かった……)

 皆の後ろで、ほっと息をついたジンは、心からそう思う。こうしてくだらないようなことを言い合いながら、笑っていられるのも、全ては皆が無事だったからだ。誰か一人でも欠けていれば、この笑顔はなかった。笑うことを忘れかけたジンも、うっすら微笑むことが出来るのは、信じた仲間がいるからだ。

「ジンさんも格好良かったですよ!」

「……む、そうか」

「ずるいでジン!」

「男のやきもちは見苦しいぞポチ」

 ミリーナに腕を取られ、ジンも輪の中に取り込まれる。ポチローがやっかみ、レイが冷淡につっこむ。ケインとレオンが笑い、フランソワは呆れ顔で溜め息をつく。いつもの光景だ。戻れることが出来て本当に良かったと、ジンは改めて思う。

「ジン! 帰るで!」

「……はい」

 戻る場所が、帰る場所が、ジンには出来た。

 それがどんなに素晴らしいことなのかは、身に沁みて実感する。

 だからこれからも、どんな困難に立ち向かおうと守ると決めた。

 ポチローの手招きに答え、ジンも一歩を踏み出した。

 困った主を、変わらず支えていく為に。


(第一幕・終わり)

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