塞翁之馬に汗馬之労?
翌日。夜更かしをしたケインたちは、それぞれ不調を抱えながら授業を迎えた。
「ふむ、調子が戻ってきたようだ……」
「昨日は色々ありましたが……これとそれとは別物ですから」
「最近ずっと散々やったけど……やっと調子出てきたでー」
「……よし」
レイは昨日の失敗を繰り返さぬよう、しっかりと授業に取り組んだ。レオンは相変わらずの態度でこなし、ポチローもようやく調子を取り戻し、ジンも問題無く理解したようだ。
「お腹減って力でねぇ……」
「むう……結構な手応えのある授業内容ですわね……」
昨日、デバガメした二人は、不調の所為で上手く集中出来なかったようだ。カメ本人は大丈夫だったので、あとでフランソワはぷんすか怒ったという。
「うふふ……昨日は楽しかったなぁ……いて、ごめんなさい先生~」
幸せそうな表情のミリーナは昨日の出来事を思い起こしていた。想像上のレオンはやけにイケメンになっている。何故か白馬にまたがっていて、何故かガラスの棺に横たわるミリーナに口付け……と想像が暴走しているところを、教師に集中しろ、と教科書でぽこんと叩かれた。ミリーナはよくこういうことがあるので叱られている。しかし、愛嬌のある彼女は、周りの者にあはは、と笑われるくらいで済むのだった。
* * * * *
あっという間に放課後になり、彼らは中庭に集まった。どこからかミリーナもやってきて、にこにこと皆に挨拶する。自己紹介をさっと済ませ、彼女にも説明する意味も兼ねて、これまでの出来事を簡単にレオンが説明した。
「一昨日、列車事故が起きた。それはどうやら悪魔の仕業っていうのが濃厚だ。ブラックシープは悪魔の眷属、ディアボロだからね」
「奴らは退けたが、本命は別だ、と言っていた。これが怪しい」
レオンの言葉に、レイが生真面目に続ける。そこにポチローがはい! と手を上げ、誰も指名していないのに勝手に発言する。
「そんとき、わいがペンダントと羽根を拾ったんや! ペンダントの持主はー」
「……その時列車に乗っていた幼い娘だった」
「持主は見つかったんだ! 誰が見つけたの?」
「わいが……と、言いたいところなんだが、ジンや……」
ミリーナに良いところを見せられると思ったのに、とポチローが歯がみする。ミリーナはすごーいとジンに寄り添おうとするが、ジンはすっとあからさまに避けた。
「あたしのこと、嫌い?」
「……すまん……」
「ショックー。どこがいけないのかなぁ」
「ジンはちょっと訳アリですのよ。あんまりちょっかいかけないでくださる?」
「えー、何で? ジンさんとフランソワちゃんは付き合ってるの?」
「な! そ、そんな訳ないですわ! わたくしはレイ様一筋ですもの! 今のはジンが何も言わないから助け船を出しただけですわよ!」
「へぇー、じゃあフランソワちゃんはレイさんと付き合ってるんだ」
「何故そうなる。そして何故私にはさん付けなのだ……」
ミリーナの純粋な疑問に、フランソワとレイは翻弄されている。手強い相手だな、と二人はそれぞれ思った。レオンが咳払いをして逸れてしまった話を元に戻す。
「えー、残った問題は、羽根の正体と『本命』について。本命っていうのは多分また列車を襲うことなんだろうけど、問題はいつ襲ってくるか、なんだよね」
「兄貴、でもそれって情報足りなくねーか?」
「ケンの言う通りだ。これに関しては、いつ来ても良いように備えておく、くらいしか出来ないかな」
「……災害のようだな」
「実際まさしくそれだからね」
うーん、と考え込むレオンたち。天魔は確かに災害だ。いつどこで、どれくらいの規模の天魔が襲ってくるか分からないし、太刀打ち出来ない場合も少なくはない。天魔は「ゲート」と呼ばれる装置を使って、並行世界から現れる。アジトのような、天魔の集まる場所に攻撃が出来ない為に、撃退士たちは後手後手に回らざるを得ないのだ。
「……こんなところかな。さて、どうする? 僕は羽根の正体を調べるつもりだけど」
「それは兄貴に任せた! 戦闘になるんなら、何か調達してこよっかな。腹減ったし」
「私もケインに同感だ。ついていってやろう」
「レイ様が行くならわたくしも」
購買組は昨日と同じになったが、調べ物が苦手なポチローとミリーナはどこかで休憩することにしたようだ。
「……俺も、その羽根は気になる」
ジンはレオンと共に、久遠ヶ原学園付属学生図書館新館、通称「学生図書館」に向かった。ずらりと並んだ本棚に、所狭しと本が収められている。児童書から最新の科学論文、参考書や漫画・ライトノベルなどといった娯楽書まで、多くの書物を取りそろえている、久遠ヶ原自慢の図書館なのである。
「確か天魔の図鑑は……あった、けど届かないな」
「……これだな」
長身のジンはレオンが指さした本をスッと取り出した。傍にある机にレオンは座り、まずは悪魔の項目をめくっていく。すると、それらしき悪魔のページを見つけた。
「これがあの現場にあったということは、もしかして」
「……あの事故はそいつの仕業かもしれんな」
「本命がどうとか言ってましたし。この悪魔が主犯なのかもしれません」
ブラックシープよりは手強い敵の影が差し込む。レオンとジンは真剣にその悪魔への対策を調べ始めた。
* * * * *
一方、今度は学園から足を伸ばし、商店街の方にやってきたケインたちは、きょろきょろと目的のものを探す。
「お、新発売のお菓子発見!」
「夜食を探しに来た訳ではないだろう」
「そうですわ、必要なのはポーションですとかポーションですとか」
「ポーションだろう」
「なら購買で良かったじゃねーか!」
女性二人はたまには町に出るのも良い刺激になるのだ、男のお前には分からないだろう、とケインを非難する。女性に、しかも二人相手に敵わないケインは謝るしかない。
「じゃあさ、あそこにしようぜ、今なら買った分だけクジ引けるってよ!」
「ふむ、それなら良さそうだ」
三人はその店に入り、各々買いたいものを購入した。ケインは三回引いたがハズレばかり。
「これ、ほんとにアタリ入ってんのかー?」
「己の不運を棚に上げてやっかむな。どれ……当たらんな。本当に入っているのか、店主」
「レイもやっかんでんじゃねぇか!」
「まぁまぁお客さん、あと300円久遠分買って頂ければ、もう一回クジ出来ますよ」
「む……300久遠か。しかし、無駄遣いは……」
「ならレイ様、わたくしの分を差し上げますわ。お金は出しますから。クジはレイ様がお引きになって?」
フランソワの申し出を受け、レイがもう一度クジを引くと、やっとアタリが出た。店主はカランカラン、と鐘を鳴らし、レイに賞品のポーションを渡す。
「フラン、これはお前のお陰だ。使うと良い」
「お気持ちはありがたいのですけれど、受け取れませんわ。レイ様の素晴らしき運が勝ち取ったものなのですから。わたくしの気持ちと思って、大事に使ってくださいまし?」
「……ありがとう。フラン、いつもお前には助けられている。私は感謝しているぞ」
「もう、レイ様ったら……」
「いやー、兄さんたち仲良いねぇ」
「あ、それ言っちゃ……!」
確かに仲睦まじく、端から見れば美男美女のカップルに見える。
「…………誰が、兄さん、だって?」
「え、いや、アンタだが」
「この麗しく素敵な女性であるレイ様を、殿方と見間違えた、ですって……?
だが、しかし。
「嗚呼、女だったのか! いやはや、失礼したよ。あまりにも格好良ぎゃあああああああああああ」」
レイにも、フランソワにも、一番聞かせてはならない言葉だった。
「嗚呼……店主のおっさん、ご愁傷様だぜ……」
経験のあるケインは涙ながらに手を合わせた。この店は三ヶ月ほど「しばらく店を閉めます。理由は聞かないでください」との張り紙がシャッターに張ってあったそうだ。店主曰わく「あれは撃退士などではなく、悪魔だった」と震えながら話し、しばらく久遠ヶ原の七不思議の一つになったのだった。
* * * * *
「いやー、生き返るでぇ」
温泉に入った時のおっさんのような声を上げ、水着に着替えたポチローは屋内プールで泳いでいた。久遠ヶ原には用途に合わせていくつものプールが用意されている。その一つは、放課後に水泳部のものとして使われるのだ。水泳部員であるミリーナのはからいで一緒に泳がせてもらっていた。
「あは、ポチってカメだもんね? 水泳部入ったら?」
「水着の女の子もめっっちゃくちゃ捨てがたいねんけど、色んな姿の女の子を見たいねん!」
「いっそ清々しいほど女好きなのね、ポチって」
男好きと言っても良いミリーナとは相通ずるものがある。二人はあっという間に仲良くなってしまった。そんな良い雰囲気の女の子を前に、ポチローは「いっちょ本気見せたるでー!」と水中に潜った。
「わ、はやーい!」
平泳ぎのような、犬かきのような。いや、カメ泳ぎでじゃばじゃばと水をかいていく。ポチローは華麗にターンを決め、ミリーナの元に戻ってきた。ミリーナや他の水泳部員は大拍手だ。
「すごいよポチ! 格好良い!」
「マジ? いや~久々やったから序の口やけど~」
「あの泳ぎ方教えてくださーい!」
「よぉし手取り足取り……って男やないかい!」
長髪をかきあげ、キラリと歯を輝かせるポチローの元に向かって、「男子」水泳部員たちが揃ってクロールしてくるではないか。男に覚える筋はない! とポチローが必死に逃げる。ポチローがプールから上がるまで、その追いかけっこの所為で自動の渦が出来るプールになってしまっていた。
「ポチも面白いヒト……いやカメだなぁ。カメとは付き合ったことないし、楽しそうかも」
プールの縁に座り、ぎゃあぎゃあと逃げ回るポチローを眺め、くすくす笑うミリーナ。ポチローもようやく恋の蕾が開くかに思われたが。
「でも運命のヒトって感じじゃないなー」
彼の知らないところでぽとりと蕾ごと落ちてしまったのだった。