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会場到着

「ねぇ貴女、入学式直前に駆け込んで来た人だよね?」



二人一組で使う机が並ぶ教室の中、短く切り揃えた深い紺色の髪に小さな銀色のヘアピンを付けた少女が深緑の瞳を輝かせながら話掛けて来た。



「我らが英雄のご主人様だよね!!」



我らが英雄……なのだろうか?


如何にも興味津々なその様子を見て、苦い思い出となりそうな記憶が脳裏によみがえってきた。








あの後、何とか開始時間前に会場には辿り着けたのだが、式の直前とあって中は‘シーン…’と静まり返っていた。


古く歴史を感じる煉瓦造りの講堂は天井が高く、音が良く反響するように造られている。


そっと開いた扉の音さえ大きく響く。


入学式だからといっても、新入生だけが講堂の中に居るのでは無い。


6学年まである全ての生徒が講堂に集い、神妙な面持ちで並べられた椅子に腰掛け待機している。


座席が決まっている訳では無いが、本日の主役たる新入生の座るべき場所は講堂の前方と定まっていた。


開始ギリギリで入っただけあって、いくつもの視線が突き刺さる。


先輩方の並び座る後方を足早に通り過ぎようと懸命に歩くが、何故だかギクシャクとした動きしか出来ず歩きづらい…。


次第に先輩方のクスクスと笑いだす声が聞こえて来て、余計な焦りを感じた。


早く早くと自身を掻き立てるが、気持ちだけが先走る。


挙げ句の果てには、足を縺れさせて、見事な転びっぷりをご披露…。


見かねた先輩の一人が、わざわざ席を立ち、私に手を貸してくれた。



「大丈夫かい?」



気遣う声の先には、綺麗女性の姿があった。



「はぃ、大丈夫です。ありがとうございます。」



返事をしながら、その先輩に見とれてしまった。


ショートカットにしている髪が少年ぽい雰囲気を持つ彼女に大変良く似合っている。


そんなハンサムな彼女にファンクラブが出来たとしても不思議には思えない。


そんな魅力のある女性だ。


彼女の気遣いで、差し出された手を取ると、小さくではあるがザワメキが会場に広がる。


私に突き刺さる視線の種類も変わった気がした。


羨望と嫉妬……そんな感じ。


これは…、まずい?


初日から地雷を踏んだのかも…。


この感じでは…、既に有るかもね…、彼女のファンクラブ…。


しかし取ってしまった手を今さら引っ込める事も出来ず、彼女に支えられながら立ち上がった。


視線が痛い…。


とにかく視線が……。


そんな回りの状況にヒヤヒヤ、気もそぞろになっている私の制服を整え、付いた埃を払い落としてくれた彼女。


何だか手慣れていた感じがした。


そう、いつも誰かにしてあげている、そんな感じ。


そして、全く知らないはずの彼女に見覚えがある。


いつ?どこで?会ったの?



「講師が並び始めたから、もうすぐ式が始まるよ。

早く席に向かわないと、マズイのでは?」



私の頭は一度に一つの事しか考えられないお粗末な物で、彼女に促されるまでスッカリ現状が抜け落ちていた。


相変わらず突き刺さる視線に居心地の悪さを感じながらも、一礼をし先を急ぐ事にした。



「同じ方向の手と足が動いているよ。気を付けて、リタ様。」



掛けてくれた声に頷きながら、何故、彼女が私の名前を知っているのか、新たな疑問が沸き上がってきた。


しかし、今は時間が無い。


空いてる席は何処だろうと探していて目に着いた。


いつの間にかレンが新入生の席に座っている。



私の側から消えたなぁ~とは思っていたんだ。


心配なんかはして無かったけどね。


私がレンの元に行くと、こちらを振り返り、ニッっと笑う。



「ほらほら、俺って偉い!!だろう。リタの席を確保しといてやったぞ。」



どうだ!!と言わんばかりに偉そうにふんぞり返るレン。


ヨシヨシっと顎の辺りを撫でてあげると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、椅子から飛び降り場所を空けてくれた。


ありがたくその椅子に腰を下ろすと、レンが膝の上に飛び乗って来る。


そう言えば、会場内って(レン)を入れて良かったのかな?


チラリとレンを伺った視線が物を言ったのだろうか?レンが情けない顔をする。



「…リタ…、入学案内の冊子は、ちゃんと読んだよな?」



あーー…。


私は、思い出してウンザリした。


分厚い冊子が確か10冊ほど有ったと思う。


一応、中身を捲ってみたが、あまりの多さに読みきる事を挫折、必要そうな所だけを流し見た。


だけど(レン)が会場に入れるのか?は、調べて無かった。


私がエヘヘっと笑ってみせると、レンがあからさまに溜め息をつく。



「寮に帰ってからでも良いから、ちゃんと読んどけよ。」



この学舎で学ぶ生徒達は皆、最終学年までの6年もの間を寮で共に生活していく。


もちろん私も寮で生活していくのだけど、今のところマダ部屋のなかは荷物が占領している…。



「自信無いけど分かった。後で目を通しておくね。」



反省の色が無いとレンはぶうたれていたが、結局は教えてくれた。



「只の動物はアウト。使い魔契約をしたものはOK。一応、俺の分類は後者の方になるから入場はOKだ。」



回りを見てみると、確かに動物を連れているのは私だけでは無かった。


あれ全部、使い魔なんだ~結構いっぱいいる。



私とレンが、ひそひそと話しているうちに入学式は始まっていた。


学長である黒薔薇の魔女ミネバ様が壇上に上がり入学の祝辞を述べる。


それに続き、何人かの講師たちが壇上に上がり、同じ様に祝辞を述べてゆく。


最後に現れたのは、上級生代表としての挨拶をする生徒会長ラインの姿だった。


会長の傍らには、補佐する為に副会長が佇んでいる。


こうして見ているとお似合いだよね。


この二人…。


壇上に上がったラインはスッとした立ち姿の立派な生徒会長だった。


先程中庭で見せた醜態が嘘のようだった。



「さっきと全然違う…。」



話し掛けた訳ではなく、思わず呟いた独り言。


それにレンが呟き返す。



「まぁ、腐っても生徒会長だからなぁ。アイツは。」



壇上の友人を見ながら、膝の上で大人しくお座りしているレンの頭をグリグリと撫でる。



「さっきは‘腐りかけた’って言ってたのに、もう‘腐った’になっちゃったんだね。」



私と目が合うように、ググーっと体を反らし、顔を上に向ける。


少々、後ろに反らしすぎな体勢には、さすが猫だねっと称賛してしまいそう。



「俺は‘腐っても’っといったんだ。‘腐った’とは言って無い。」



頭の中で‘腐っても生徒会長’と‘腐った生徒会長’の言葉を繰り返してみた。


‘腐った生徒会長’だとゾンビになってしまう…。


ゾンビな生徒会長を想像してしまった。


自然と嫌~な表情でもしてたらしく、レンも嫌~な顔をした…。



「リタ、変な想像してないか?例えば、ゾンビとか…。」



…鋭い…。



「一応、言うが…、‘腐っても’と‘腐った’は全然違うからな。」



「言葉のニュアンスが違うだけで、ほぼ一緒に感じるんだけど。」



レンが頭を抱えてしまった。



「腐ってもは、あくまでも‘ても’だ。可能性の話。

例えだ!例え!」



酷く深い溜め息を付いたレンは体勢を変え、クルリと体を丸めた。


尻尾だけがダラーンと垂れ下がっていて、疲れたと訴えているようだ。



「んんっ!!コホ…ゴホゴホ!!」



そんな私達の背後からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。


振り替えると50代位の中年男性が睨みを効かせながら立っている。


確か…、教頭って紹介されていたと思う。


しつこい位に咳払いを続けている教頭…、その音の方がウルサイと思うのだけど。


レンと話していた私も悪いので、式の邪魔にならない位の声で謝ることにした。



「すみません。」



謝罪の言葉と軽いお辞儀をし、そっと教頭を見上げた。


その表情は嫌いな虫でも見つけてしまった、そんな嫌悪感がタップリと含まれている。



「まともな謝罪さえ出来ぬ平民(クズ)に、この学舎で学ぶ権利など無い。ここは高貴なる者の聖なる学舎だ!身の程をわきまえ、早々に立ち去るが良い。」



蔑むような眼差しを向けられ、背筋がゾクッとする。


怖い っと思った。


たった一言に含まれた憎悪、それに絡め取られた気がした。


固まった私を見て教頭は鼻を鳴らしす。


教頭の声は大声では無いから、ちょっと離れた位置に座る者には聞こえていない。


けれど隣り合う同級生には、もちろん聞こえていただろう。


前を向いたまま、眉間に皺を寄せている顔が視界に写った。



「ここで学んで良いのは、貴族のみだ。

平民(クズ)が魔法を使うなど神への冒涜だと魂に刻んでおけ!

私は優しいからな、平民(クズ)相手にも忠告してやったんだ。

感謝しろ!!」



何処にでもいるのだ…、思い上がった貴族至上主義の考えを持つものが。


貴族と言うだけで自分は偉いのだと、優れているのだと、神に選ばれ家畜(平民)を管理してやっているのだと、そんな考えを持っている者が、この学舎で教頭をしている…。


その事実が恐ろしくてたまらない。


私の村を襲った奴等も、こんな人間だったから…。


青くなり振るえる私を見て教頭は満足したのだろうか…、ニヤニヤした笑みを浮かべ再び生徒達の並ぶ中を巡回していく。


レンが青ざめ動けなくなった私に体を寄せてきた。


尻尾を腕に巻き付けるようにし、私を見上げる顔は心配そうで…。


大丈夫だと言いたいけど言葉に出来ない…。



『やっぱり平民ではマズイじゃないか…?きちんと正体を明かした方が安全だと思うんだが…。』


珍しく心話で話掛けてきた。


内容が内容なだけに慎重にしたっというのと、今は話せない私を気遣ってというのもあるだろう。


しかし私は、頷くことは出来なかった。


やっと…、やっとリタと名乗っても良いと言われたのに……、自分から、このチャンスを潰したくなかった。



『このまま、リタでいたいの!お願い!!リタでいさせて…。』



暫くの沈黙の後にレンが頷いてくれた。



『仕方ない…、リタにとって、この名前も大事な名前だからな。』



渋々といった感じだったけど。



『でも十分注意しろよ!分かったな!?』



『うん。気を付ける。』


まだ恐さはあったけれど、きっと大丈夫だと思えるようになっていた事にホッとした。


私の変化を感じ取ったのだろうか、レンもほんわか顔をしている。


心が落ち着きを取り戻してきた頃、膝の上のレンがボソッと呟きを漏らした。


「…やっぱり、言われっぱなし、遣られぱなしは癪にさわる……。」



何か企んでいる…。



背筋を伸ばすような体勢をし、壇上に目を向けたレンはラインとケイトをジーっと見つめる。


暫くすると一つ頷き、リタの膝の上から飛び降りた。


何処に行くの?


私は、回りの視線に注意しながらレンの行き先を確認した。


ソロリソロリと足音を立てずに歩く姿は、流石、猫と言うより他は無い。


生徒達の足元をスルリとすり抜け、たどり着いた場所は教頭の足元だった。


これで準備は整ったとばかりにその場に腰を下ろしたレン。


暫しその場で毛繕いなどをしてすごしている。


状況が動いたのは、生徒会長の挨拶の終盤。


足に絡み付くように動きだしたレンを鬱陶しそうに追い払い始めた教頭。


かぶるように響くラインの声。



「新しき我らが仲間達に…」



教頭は見るからにイライラしている。


引っ掴もうと屈めた体にレンが素早く乗り上がる。


ラインの言葉が終わる直前にケイトが然り気無く魔法を展開させたのが分かった。


次の瞬間に、講堂の中が闇に塗りつぶされる。


生徒達のザワメキが講堂を埋めていく。


しかし騒ぎが大きくなる前にラインの声が響き渡った。



「栄光の光が差さん事を!!」



その言葉と共に闇を切り裂く光の筋が一点を指し示す。


スポットライトを浴びたのは中途半端な格好で背に猫を乗せた教頭だった。


自分に視線が集まるのを感じて姿勢を正し身嗜みを整える。


ご満悦の様子で話始めようと口を開き掛けた時、教頭の頭付近を黒い影がよぎった。


全校生徒が見つめる視線の先で教頭の頭を飾っていた髪がユックリとずり落ちていった。








私の目の前で手が左右に振られている。



「もっしもーし!」



振られている手の先を追うと深い紺の髪と深緑の瞳の少女に行き当たった。


私と同じ制服を着た可愛らしいクラスメイト。



「よしよし!戻って来たね」



そう言えば、彼女に話し掛けられていたんだと思い出した。



「あっ!!ごめんなさい!!」



今度は自分の前でパタパタと手を振る彼女。



「気にしない!気にしない!!」



とてもチャーミングな笑顔を向けて彼女が手を差し出してきた。



「私は、エミル。よろしく。」



さっぱりしたエミルの物言いが嬉しく、顔が綻ぶ。



「よろしく、私は、リタよ。」



差し出された手に手を重ねた。


握手を交わした二人はお互いに笑い出す。


エミルの目が机の上を堂々と占領している猫に向けられた。



「君が噂の英雄、猫君だね。」



エミルの問いかけに尻尾だけパタッと動かす。


もう少し位、反応しても良いんじゃ……。



「教頭の《カツラぽろり事件》の主犯様。あの時は、あたしもアイツに色々言われたからね!本当に嫌な奴なんだよ!」



今にも机をバンバンと叩き出しそう。


レンが興味深げに見上げる。



「スポットライトを浴びてツルツル頭を光らせた時の教頭の顔が……!!!

あぁ~、本当に痛快だった!!!メチャ感謝だよ、感謝!!ありがとう!!」



生徒会上層部の二人を巻き込んだその事件?は、あまり、誉められた事では無いはずなのだが、皆、あの教頭には腹をたてていたようで、実は、学年を問わず支持されていたりする。


見ず知らずの先輩が笑顔でヒラヒラと手を振ってくれる事も多い。


グリグリと頭を撫でるエミルにちょっとだけ迷惑そうな顔をしたレンだった。


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