生徒会室へ…。
生徒会室のある建物は授業を受ける本校舎から西南の位置にある。
ほんの100年程前までは本校舎として使っていた石造りの建物で、状態も良い事から生徒会をはじめ、各種クラブや委員会などに活用されている。
建物の中も外観と違和感の無い石造りが基本だ。
継ぎ目一つ無い一枚岩の廊下は魔法加工されており、大理石の様な輝きをたたえている。
カツカツカツカツカツ。
コツコツコツコツコツ。
故に足早に動かされる靴音等は程好く反響し合う。
その靴音に混じって、不協和音を発する者がいた。
「うぅー・・・。」
「う゛ぅぅ〜。」
呻き声を響かせながら、廊下を闊歩して行くは、美麗な男女一組と、しかめっ面の猫一匹。
その状況を目の当たりにした学生達が軒並みに立ち止まる為、廊下の壁に沿うように人だかりが出来ている。
そう、まるで花道のように。
そんな彼等の目を釘付けにしながらズンズンと突き進んで行く。
目指すは最上階。
ワンフロアーを占領している生徒会室。
男女に挟まれる形で連行されている猫・レンは、ものすっごーく物言いたげな様子でいた…。
目が据わっている。
口元はゴニョゴニョと動いていて、耳を澄ましてみれば、我慢我慢我慢…の言葉を連呼していた。
決して顔を上げようとはせず、ずっと廊下の床石を見ている。
俯き続けているのは、なるべく周囲に目を向けない為。
こんな姿を知り合いに見られたら何と言われる事やら…。
そんな事を考えていた頭のなかにエミルの顔がヒョコっと浮かび上がりゲンナリした。
ニィンマーっと歪む含みの有りそうな人の悪い微笑み…。
思いっきり遊ばれそうだ。
自分の想像がリアルに有り得そうだと思い至り、じわりと焦りを感じた。
「かっ、改善を求む!!」
思わず挙げてしまった声に男女一組の視線がレンに集う。
ピッキーン!!!!!
目を見て、俺、フリーズしました。
耳の先から尻尾の先までそれはもう満遍なく。
し、視線が外せん・・・!!!!
その眼差しが恐ろしい。
お前ら…何時、メデューサになったんだ…!?って感じだ。
その眼差しに充てられ、酷く居たたまれなくなった。
必死に首を動かすも、まるでロボットのようなぎこちないカクカクとした動きにしかならない。
それでも何とか視線を外したが、やっぱり落ち着かない。
・・・我慢しておくべきだった…。
そんな後悔をする。
男女一組の内の男性・ラインは幾重にも傷付けられた顔を晒している。
この傷の作成者は俺だ。
その傷に目をやれば、俺だって多少やり過ぎたと感じている。
多少だけだがな。
だから続きの言葉が言いづらい・・・。
晒し者から解放してくれ!!など。
だいたいにして、この必要以上に人目を引く状態は俺とラインに下された罰だったりする。
保健室での光マジック騒動から飛び火し、全く関係の無い事まで持ち出して、更なるエキサイトしてしまった結果、市中引き回しならぬ、校舎引き回しの刑に処されてしまった。
ラインの顔に付けた引っ掻き傷が癒されない理由もそこにある。
中々続きを言わないっというより、言えない俺に男女一組の内の女性・ケイトが不機嫌ながら怪訝な顔を向けて来た。
「何の改善ですか?」
ちょっと小首を傾げる仕草で聞き返して来た。
ケイトの髪がサラサラと肩を滑り、窓から入り込んだ日の光にキラキラと耀く。
それを目にした学生達が感嘆の溜め息を溢し、夢見る様な表情を浮かべた。
男子がケイトにポォーっと魅了されるのは分かる。
彼女は美しい高値の花だ。
だが、女子にもその魅力が効くっというのが、俺的には腑に落ちない。
今さらだけどな。
しかし何と言うか、…まぁ、いつもの光景なんだよな…いつもの……。
「いや、もういいや。忘れてくれ。」
結局、黙りを決め込んだ訳だ。
どうせ俺は小心者だよ!
訝しげな表情はしていたが、ケイトが追求してくる事は無かった。
その反応に胸を撫で下ろし、少しだけ余裕が出来たのだろう。
心が周囲の何かに引っ掛かりを覚えた。
・・・・・・・ん?
引っ掛かりを辿ってみれば人垣から発する不審な気配に行き当たる。
自然と眉間に皺が寄った。
ピクッと耳が反応する。
「…あっ!!」
あげた声の大きさに、周囲の生徒達が何事かと不審に思い、声をざわつかせた。
「おい!こら!!そこのお前!!お前だ!!!」
指差してやりたかったが、残念な事に俺の前肢は二人によって拘束中。
仕方なく足で指し示す。
「俺に恨みがましい視線を送るな!!!
全くもって、お門違いもいい所だー!!」
視界の片隅に捉えた人物の顔が嫌悪に歪む。
あれは多分、ケイトの信望者だ。
たかが猫、されど猫。
猫であってもケイト嬢の側にいるのは許せないって感じの妬みか?
そんなに俺の立ち位置が羨ましいのなら代わってやりたいくらいだ…。
まったく。
直ぐにピリピリとした感覚が全身を伝い、俺は毛を逆立てた。
「まて!まて!!まて~!!!魔力なんか練るな〜!!」
何処からともなく魔力が収縮され濃縮されて行く。
それを感じた俺の本能がヤバイ!と告げている。
魔力が魔方陣を描き出した段階で、これは本格的にマズイと自覚した。
「こんな所で魔方陣を描くな!!!馬鹿者が!!」
多少の焦りもあったのだろう、問答無用で俺は怒鳴り散らしていた。
そして更に更に毛が逆立つ。
もう、目一杯だ。
これ以上逆立てられん!!
巡らせた視線が俺に不穏な情報を提示する。
ん!?
あっちにも魔方陣?
おや?そっちにも・・・。
えっ…標的、全部・・・・・・俺!?
正直、気付きたく無かった・・・、いや、逆かぁ、気付けて良かったんだろうな、きっと。
そう思いつつも叫ばずにはいられなかった。
「何故だ!!!!!」
俺の叫びに答える物は無い。
傍らに立つメデューサ達でさえ沈黙を貫いていた。
グングンと仕上がっていく多数の魔方陣に頬がヒクつく。
「あはははははっ!!」
もう、笑うしかないだろう!?
そう感じて大笑いをぶちかました事で、更に気付いてしまった。
俺と魔方陣の展開している者、それ意外の全てがが静止している事に。
何時もならば、ケイトのたしなめる声が聞こえてくるはずだった。
あぁ・・・何か、面倒そうな気配・・・・・・。
スルッと前肢を二人の手から引き抜くと、そのまま二本足で立ち続けている。
ヒクヒクと鼻を動かしながら状況の再確認を行いレンは酷く苛立った顔をした。
仕上がった魔方陣が、一つ、また一つとレンの足元広範囲に重ね掛けされてゆく。
さて、どうすべきか?
あまり考える時間は無さそうだ。
自身の身の安全だけを考えれば、こんな魔法は弾き跳ばしてしまえばいい。
術者に跳ね返るのなら自業自得だが、四方八方に飛び散る魔法は誰に当たるか分からない。
周囲の学生達は、静止の魔法を受けているだけだ。
弾き跳ばした魔法が当たれば只では済まないだろう。
更に広範囲対象の魔法だ。
ワザと魔法を受けたとしても俺だけでは済まない。
周囲の学生達は巻き添えを喰らう。
人質であり攻撃対象でもある。
「クソッ!!!」
いい性格してやがる!!
ブォンっという低い音が鳴り既に10にも及ぶ魔方陣が重ねられた事を知った。
通常の淡い光を湛える魔方陣とは違い、暗い陰を纏ったニビ色の光を放つ魔方陣は重なりが増える程に、その色を濃く暗く変えていく。
力を溜め込んでいく魔方陣の上でレンは舌打ちをする。
次を描く為の魔力が感じられない。
今、空に描かれている魔方陣が、多分最後だ。
あれが重なれば魔法が発動するだろう。
巡らせた視線の先では、幾対もの目が成り行きを仰視している。
自分達の行く末に関わる事だ、それは仕方ないんだが・・・。
こんなに人目がある中で使いたくなかったんだかな…。
最後の魔方陣が重ね掛けされると、足元から強烈な魔力が立ち登った。
ビリビリと痺れる感覚が襲ってくる。
魔力が弾けて魔法が発動される、その瞬間が近い。
牙をたて自身の腕に噛みつく。
皮がブツッと破れ、牙か食い込む感覚と痛みを同時に感じると、自身の牙を放す。
傷付けたその場所から、血が溢れ滴り落ちていく。
魔方陣の上で小さな血溜まりが出来上がり、レンは前肢をその血に着けた。
四肢を床に着けると、瞬時に魔力を練り上げる。
意思の力を込めた言葉がほぼ同時に唱えられた。
「分解!スリープ転移!」
『ドラゴンブレス!!』
膨れ上がったニビ色の魔力が魔法へと変わる寸前に魔力の塊が突如霧散した。
僅かにレンの魔法の方が早かったようだ。
一帯を包む霧の様になったニビ色の魔力は、その内側から変質を引き起こし始める。
ニビ色の魔力が次第に輝きを持つものに変わっていく。
瞬間的に優しい光が辺りを埋め尽くし、何かがゆっくりと落ちてくる。
放たれた光が落ち着き始めると細かい硝子の欠片のような、キラキラとした輝きを放つ魔法の粒子が降り注いでいた。
それは廊下全域に広がり、その場にいる全ての人に等しく降りかかる。
誰もが幻想的な情景に心奪われ、ただ見入り続けた。
無防備となった心に、スルリと魔法が染み込む。
眠りに誘われ、重くなっていく瞼が完全に閉じきった時、その人の足元に転移の魔方陣が姿を現す。
次々と現れる魔方陣は、対象となる人物達を優しく包み込み、求める場所を目指して魔法を発動させた。
幾らも掛からぬ内に、廊下に佇む者はレン達3人だけとなっている。
ふぅー・・・。
っと息を着いたレンは、よろめきながら壁に背中を当ててズルズルと座り込む。
「きっつー。」
気だるそうにしているレンの身体から靄が湧き始めた。
何の抵抗もする事なく、包み込まれ、姿を覆い隠す。
靄は次第に拡大してゆき、歪でボヤっとした人形へと成り変わると、今度はハッキリとした輪郭を浮き上がらせる。
靄が消え去った後、その場にヘタリ込んでいたのは猫では無く、黒髪黒目の少年だった。
彼は覇気の無い疲れきった顔に弱い笑みを浮かべると、自身の血に濡れた手を重そうに持ち上げた。
「ライン、悪いが手を貸してくれないか。」
掠れた声を絞り出す事さえキツそうな少年に、ラインは言われた通りに手を差し伸べた。
繋がれた手を引き、立ち上がらせると、久々に見る友人の顔が苦しげに歪む。
傍らで手を添えていたケイトが溜めていた息を吐き捨てると囁くように語りかけて来た。
「生徒会室はあと少しです。誰かに見られる前に行きましょう。」
「歩けるか?蓮。」
ケイトの言葉を繋ぐ様にラインが言った言葉に頷きを返した。
ふらつきながらも動き始めた蓮の意識下に誰の物とも知れぬ笑い声が忍び込んで来る。
イヤに楽しげで、狂喜じみたその笑いは風の様に蓮の中を通り過ぎて行った。