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彩雲  作者: 秋津島 葵
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第七話 揺れながら―その2

放置状態になっていて申し訳ありませんでした!ぼちぼち再開していきます。間が空きすぎないように、できるだけコンスタントに投稿できるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 数日間上空に居座り続けた前線は束の間の休憩をとっており、今日は青空が広がった。雨雲に隠され続けていた太陽は、ここぞとばかりにその存在感をアピールしている。最近は鉛色の空しか見ていなかったのであまり気付かなかったが、太陽の地球への影響力は確実に上がっているようだ。夏本番は近い。

 せっかくの梅雨晴れなのだから、子どもを外で思いきり遊ばせてあげた方がいいと思いながらも、和香は児童館へ向かった。

 今日は、午前中に児童館で子どもと一緒に映画のDVDを見てから、その足で慶介のレースを観に行く。今朝もう一度応援メールをした時には、調子が良いと言っていたので、今から楽しみだ。


 和香が児童館についた時には、子どもたちは体育館に集合していた。大きなスクリーンが壁に貼られており、プロジェクターもすでに用意されていた。

 職員に挨拶をしながら中へ入ると、

「和香はこっちだよ!」

 と理沙が手招きをした。

 それに答えるように笑顔でそちらへ向かえば、後ろから美奈に抱きつかれる。勢いに押されてがくっと膝を折った和香だったが、そのままの体勢から美奈を背負うと理沙の方へ向かった。

 和香は、理沙と美奈によって両腕をそれぞれとられ、困り顔になるしかなかった。美奈の方が年下ではあるが、児童館で理沙を“お姉さん扱い”することは避けたい。和香が出した結論は、このまま両脇でしがみつかれたままになるしかない、ということだった。

 

 観たものは男子児童にも女子児童にも人気のアニメ。和香が子どもの頃からずっと続いているもので、もちろん和香も見ていた。けれども何年かぶりに見たそのアニメは、ひどくチープなものへと成り下がっていた。長く続きすぎてエピソードが尽きているのか、和香が大人になったのか。

 和香の両腕にしがみついていた二人はいつの間にかその手を離していて、すっかり映画に夢中になっていた。けれども、大きな音が響くたびに両脇の二人がビクリと反応している気配は感じた。

――こんなに素直に反応するのは子どもならではかなあ。可愛いな

 和香はそんなことを思った。

 

 DVDは二時間程度で終わった。その後、昼食を取って解散という流れになっている。食堂兼教室兼遊び場になっている部屋へ移動し、テーブル席につく。和香の両脇は相変わらず理沙と美奈が陣取った。しばらくすると、近所の仕出し屋が弁当を運んできた。子ども用の小さなサイズと、大人用の大きなサイズの弁当を、和香と職員とでそれぞれ配った。

 仕出し弁当は、大して美味しいものではなかった。全体的に冷えているし、機械的な味がする。自分で作った方がよっぽどおいしいし、当然のことながら、「ますみ屋」の日替わり定食とは比べ物にならない。それでも、子どもたちは友達と楽しそうに喋りながら食べている。

 和香は、中学・高校と母親が作った弁当を食べ続けて来たことを考えた。

――お母さんのお弁当、また食べたいな、冷えててもおいしかったのに

 年甲斐もなくそう思う。

 それから和香は、入学前、一人暮らしの準備を終えて親が帰ってしまった時には、何だかとても寂しくて泣いていた事を思い出した。今ではすっかり一人暮らしに馴染み、友達もでき楽しくやっているが、一人暮らしをしているとどうしたって親のありがたみを感じずにはいられないし、時折ふと寂しくなることもある。

 今和香の目の前にいる子どもたちの親は、仕事で忙しい為に学童クラブに子どもを預けているのだから、お弁当を作っている暇などきっとないのだろう。それは仕方のないことだとは分かっていても、和香には、何となく子ども達が不憫に思えてしまった。


 そんなことを考えながらも、一生懸命に話しかけてくる子どもたちに答えている和香の耳に、さらに衝撃的な言葉が響いた。

「おかあさんのご飯よりおいしい!」

 和香は箸に挟んでいた里芋の煮物をぼとりと落とした。

 声の発信源は和香の前に座っていた美咲だった。

 今の言葉を聞き流した方がいいのかどうか、和香には解らなかった。受け答えをするにしても、何をどう話していいのか。下手なことを言えば、彼女の母親を侮辱することになりかねない。しばらく考えてから和香は、

「お母さん、お料理苦手なの?私もお料理は得意じゃないんだ」

 と、予防線を張りながら恐る恐る訊いてみた。

 美咲は和香の言葉に特に嫌悪感のようなものは出さず、

「てゆーか、おかあさん、あんまりごはんつくらないもん。お兄ちゃんもかえってくるのおそいから、いつもお母さんと二人だよ。お父さんともう一人のお兄ちゃんもべつべつ」

 とあっけらかんと答えた。

 すると、美咲の横に座っていた六年生の愛美が何気なく

「うちもだよ。てゆーか、私いつも家帰っても一人だし」

 と言葉を挟む。

 言った当の本人達は何も感じていないようだが、それは、和香の胸にはズシリと重くのしかかる言葉だった。


 共働きで両親共家にいない。仕事が忙しく食事は出来合いのものが多い。

 和香が小学生の時にも、周りにそのような子達がいなかったわけではない。そして、当時小学生の和香はそれをさしたる問題だとも考えていなかった。

 けれども、――ほんの少しばかり齧った程度ではあるが――大学で教育学を学んだ今、子どもの発育発達においては、家族との関わり合い――もちろん健全な――は何を差し置いても最重要なものであると頭に叩き込まれているのだ。

 朝ごはんを食べない子どもが増えているだとか、『個食』の時代だとか、家族の崩壊だとかは、和香が子どものころからすでに散々問題視されてきていたようで、それなりに対策もとられてきたようではある。それでも結果が出ているようには思えないし、むしろ今後ますますそんな家庭が増えていくのではないかと心配になるようなニュースが常に飛び交っている。

 もちろん、多少複雑な家庭であっても素直にすくすくと成長する子どもも沢山いるのだろう。けれども、小さい頃に愛情をたっぷりと注がれ、それを本人が――無自覚だろうとなんだろうと――何となくでも感じ取ることができなければ、精神的に不安定になりやすいと和香は習った。本人も自覚できない、心の奥深くでその不安定さは大きくなり、結果的に、ここぞという時に脆さが出てくるものだと。


 彼女たちの話を聞きながらそれを考えた和香は、そんな子どものために何かしたいと思わずにはいられなかった。



今回のエピソードは実体験が元になっています。子どものさびしそうな顔を見るのは切ないですよ。

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