表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/14

第5話「見えないサイン」

 違和感は、ほんの些細なものだった。





「ミネル、大丈夫?」



 昼休憩の前、サヤはそう声をかけた。



「え?ああ、うん……ちょっと疲れてるだけ」



 ミネルは、いつも通りの柔らかい笑顔を浮かべる。


 でも。



「ほんとに?」


「大丈夫だよ」


「……無理してない?」


「大丈夫だって。ほら、午後もあるし」


(昔から、こういうときほど平気な顔をする)



 立ち上がる動きが、ほんの少しだけ遅い。ほんの一瞬だけ、息が浅くなる。


 ――なんか、変。


 理由は分からない。でも、胸の奥がざわついた。





「サヤ、次行くよ」



 カイヤの声が飛ぶ。



「はい!」



 考えている余裕はない。目の前の仕事をこなすだけで精一杯だ。


 ――それでも、さっきの違和感は頭の片隅に残り続けていた。





 ナースステーション。書類とモニター音が静かに重なる。


 そのとき。



「……ねえ」



 ミネルの小さな声。



「どうしたの?」


「あの人……ちょっと苦しそうじゃない?」



 視線の先。開いた病室の奥、ベッドの上の患者。


 穏やかに眠っているようにしか見えない。



「え……?」



 サヤも目を凝らす。けれど、はっきりとは分からない。



「バイタルは安定してるけど……なんか、違和感」



 ミネルの声は、自信がなさそうで、それでも確かだった。


 すぐ近くで、紙のめくれる音。



「……呼吸、浅い」



 ラーナだった。



「え?」


「数値は問題ない。でも、リズムが不自然」



 淡々とした声。けれど、その目は鋭く患者を見ている。



「でも、先生は様子見って……」



 ミネルが戸惑う。


 ほんの一瞬の沈黙。



(……どうする?)



 確信はない。でも――



(でも、このまま放っておきたくない)


「……見に行こう」



 気づけば、口にしていた。



「え?」


「何もなかったら、それでいいし。でも、気になるなら……放っておきたくない」



 ラーナが、わずかに目を細める。



「……非効率」


「うん、そうかも。でも、それで助かるならいい」



 一瞬の沈黙。



「……行く」



 ラーナが立ち上がった。





 三人で病室へ向かう。


 廊下は静かだった――そのはずだった。


 病室の前。そこに、一人の男が立っていた。


 モップの動きは止まっていなかったが、視線だけはすべてを見ていた。



「……グレーテルさん?」



 ゆっくりと振り返る。



「――あと5分で落ちる。見逃すな」



 低い声。



「え……?」


「表面だけ見てると分からん」



 それだけ言って、



「……仕事しろ」



 静かに通り過ぎる。


 沈黙。



「……やっぱり、変」



 ミネルが小さく呟く。



「……確認する」



 ラーナの声は、もう迷っていなかった。





 処置はすぐに行われた。再測定、観察強化、医師への報告。


 そして――



「……やっぱり」



 数値が、わずかに崩れ始める。



「酸素、落ちかけてる」



 対応は早かった。大事には至らない。けれど。



「……ギリギリだったわね」



 振り返ると、メイが立っていた。



「はい……」


「誰が気づいたの?」



 一瞬の沈黙。



「……ミネルです」



 ラーナが言う。



「え?」



 ミネルが戸惑う。



「違うよ、ラーナだよ」


「いや、サヤが――」



 三人の声が、少しだけ重なる。


 メイはそのやり取りを見て、



「……いいチームね」



 それだけ言って立ち去った。


 少しだけ照れくさい空気が残る。



「……よかった」



 ミネルが小さく息を吐く。


 その横顔を見て、サヤはまた少し引っかかった。



(……やっぱり、無理してる気がする)



 でも、今は何も言わなかった。





 夜。寮の部屋。



「……ねえ、ラーナ」


「……」


「今日さ。グレーテルさん、なんで分かったんだろうね」



 ラーナの手が、ほんのわずかに止まる。



「……知らない」


「でもさ、見ただけであれって……」


「……サヤ」


「ん?」


「あの人……関わりすぎない方がいい」


「え?」



 ほんの一瞬、言葉を選ぶような間。


 でも、それ以上は続かなかった。


 ラーナはそのままベッドに横になる。



「ラーナ?」


「……Zzz」


「寝てる!?」



 静かな部屋。


 でも。



(関わらないほうがいいって……どういうこと?)


(……でも、あの人は)


(どうして、あそこまで分かるんだろう)



 その言葉が、胸に残る。


 そしてもうひとつ。



(ミネル、本当に大丈夫かな……)


(あんな顔、久しぶりに見た気がする)



 小さな不安が、消えずに残った。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しずつ、関係も空気も変わってきました。

次回もゆるく更新していきます◎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ