明晰夢を見た日
僕たちは、部屋の飾りつけをしていた。それは折り紙を切ったり貼ったりして幼稚園児がよく作るような輪っかの繋がった飾りだったり、同じく折り紙やフェルトで作ったサンタクロースやトナカイの形の飾りだったり……とにかく誰がどう見てもクリスマスパーティーの準備だった。部屋にはホールケーキやジュース、たくさんの紙皿などが載った机……それにはもちろん綺麗なテーブルクロスがかけられている……や椅子たち、陽気に光るクリスマスツリーなどが既にスタンバイしている。
僕たちは二人だった。僕の他にもう一人、このクリスマスパーティーの準備をしているのは木下ショウという僕の同級生だ。親友といってもいいかもしれない。こうして僕の家で開かれるパーティーの準備を手伝いに、わざわざ一人だけ早めに来てくれたのだから。ボリュームを絞ってひそひそと、でも確かに部屋に流れているクリスマスソングはショウのアイデアで、今時珍しいCDラジカセとクリスマスソング集のCDを家から持ってきてくれたのも彼だった。
「他のみんな、遅いな」とショウが呟く。
「うん」と僕は飾りつけをする手を止めずに答える。
「でも、こうして準備する時間も、楽しいな」
「うん……」と答えてしまってから僕は違和感を覚える。何かが違う。ショウらしくない。ショウはこんな優しいことを言ってくれるような人だっただろうか? そもそも、僕とショウの関係性は本当に親友だっただろうか……?
そこで考えることをやめていれば良かったのかもしれない。でも僕は考えてしまい、そして気づいてしまった。
これは、僕が眠って見ている夢だ。
現実の世界で僕が中学生の頃、同級生に木下ショウという人間がいた。彼は僕をいじめていた、あえて強い言い方をするなら主犯だった。
いじめが始まったきっかけは覚えていない。おそらく大したことではなかったのだろう。僕は木下ショウをはじめとするクラスメイトたちに無視されたり、わざと聞こえるように……それでも彼らはなぜか口元だけは隠しながらだったが……悪口を言われたりしていた。後は僕の持ち物、例えばノートなどを僕が見ている前でわざと木下ショウの取り巻きが触り、それを見た木下ショウが「それ触ると病気になるぞ〜」と言って囃し立て、すぐにみんなで手を洗いに行くという小学生のようないじめもあった。
僕は彼らのそれらの言動を心のどこかで見下しつつも、どうしてもしっかり傷ついてもいて、高校は彼らと違う学校を選んだ。
だから、もう木下ショウやその周辺の人物のことは思い出す必要はないはずだった。なのに僕は今、彼の夢を見ている。
明晰夢という自分でも夢だと分かっている夢を見るという現象があることは知っていた。自分で体験したのは初めてだが。僕は夢の中でとりあえずゆっくりと何度か瞬きをしたが、それで夢が覚めることはなかった。
僕が手を止めて考えこんでしまったからだろう、ショウが……夢の中の木下ショウが言った。
「大丈夫か? 体調悪い?」その口調は本当に僕を心配しているものだった。いや、これが僕の夢である時点で「本当に」なんてことはありえない。これは僕の作ったショウが言っている言葉だ。
「ちょっと休むか? みんなには俺が連絡しておいてもいいから……」
現実ではこんな風に僕を気づかうことは、一度だってしなかったはずなのに。そう思うと腹立たしかったし、そんなショウを作り出している自分が気持ち悪くすらあった。
人が眠って見る夢は、その人自身の願望や恐怖を反映しているとどこかで聞いた。それが本当かどうかは分からないが、僕はこの時、その話は嘘であってほしいと思った。本当は木下ショウと親友でありたかった、木下ショウと接することが今でも怖い、どちらの感情も僕は持ちたくない。持っているとしたら耐えられない、認めたくない……。
「なあ、まじで顔色悪いぞお前、……ごめんな」と夢の中で木下ショウが言った。そのショウの表情はこの部屋に、この馬鹿げたクリスマスの装飾が施され、浮かれた音楽が鳴っている部屋にあまりにも不釣り合いなほど暗く、僕は思わず聞いてしまった。
「ごめんなって、何に対してだよ」聞いた瞬間に後悔した。こんなことを聞くのは、この世界が現実でも夢でも何の意味もない。だってもう、僕は木下ショウを許すことはないのだから。夢の中のショウは僕の言葉を聞いて、少し傷ついたような顔をした。僕はそれを一瞬確かに申し訳なく思い、そしてそんな自分に驚き、何に対してか分からないが怒りが湧く。ショウが傷ついたことに対する喜びさえも頭をかすめた。
「ごめんな」ショウは繰り返す。穏やかな声だった。まるで僕を宥めているみたいな、慰めているような声色だ。でもその謝罪が単に僕がパーティーの準備中に体調不良になったことに対してのものなのか、もっと最初から……僕がこの夢を見るきっかけを作ってしまったこと全てに対してなのか、僕には分からない。
僕の目の前がぼやけてくる。幼稚園児が作りそうな輪っかも、サンタクロースやトナカイも、ケーキもテーブルもクリスマスツリーも、夢の中でショウがこのクリスマスパーティーのために持ってきてくれたCDラジカセから聞こえる音楽も何もかもがぼやけてくる。
夢が覚める時がきたのだ。
ショウだけは、まだぼやけていない。でも時間の問題だろう。僕は理由も分からないまま、「待って」と叫びたくなる。でもそれを自分に許すことができなかった。
だから、というわけではないけれど僕は言った。
「違う」と。「違うんだ、違う」と何度も。何がどう違うのか説明する時間も自分の中で整理する余裕もなかったけれど。
そして僕は目を覚ました。
布団の中だった。鳥か何かの鳴き声が外から聞こえる。ぴっちり閉めたカーテンの隙間から、なんとか朝だと分かる程度の光が差していた。僕はいつの間にか流れていた涙を手で拭いながら、枕元の時計を確認する。
「……起きなきゃ」と独り言を言い、立ち上がって部屋のドアを開ける。とりあえず顔を洗おう。今日はクリスマスでもなんでもないし、平日だ。学校がある。木下ショウたちと同じ学校に行きたくなくて、受験勉強を頑張って入った高校。
洗面所に行き、蛇口をひねって水を出す。いつもよりもその水は、少し冷たく感じた。




