ありえない証拠
「な……なにを、言っている……?」
ゲイルは引きつった笑みを浮かべ、目の前の少年を凝視した。 全身泥だらけで、血の臭いを漂わせているが、それは間違いなくレンだった。 だが、その瞳はかつてのような怯えを含んでいない。底知れない深淵のような静けさが、ゲイルの背筋を冷たく撫で上げる。
「レン、お前……死んだんじゃ……」 「死んでほしかった、の間違いでしょう?」
レンはゲイルの言葉を遮ると、興味を失ったように背を向け、受付カウンターへと歩き出した。 凍りついていた冒険者たちが、慌てて道を開ける。
「ルナさん、ただいま戻りました」 「レン、君……ッ!」
カウンターの奥で、ルナは両手で口元を覆い、目から大粒の涙を溢れさせていた。 彼女はギルド職員としての立場も忘れ、カウンターから身を乗り出す。
「よかった……! 本当によかった……!」 「心配かけてすみません。依頼の報告をしたいんですが」
レンは背負っていたリュックを下ろし、カウンターの上に中身をぶちまけた。 ゴロン、という重い音と共に転がり出たのは、握り拳ほどもある巨大な赤色の結晶――『魔石』と、鋼鉄のように鋭い数本の『爪』だった。
「Bランクモンスター『レッドベア』の魔石、および素材一式です。討伐確認をお願いします」
その言葉に、酒場がどよめいた。
「レッドベアの魔石!? あの大きさ、本物かよ!」 「あれをソロで狩ったのか!? Gランクの荷物持ちが!?」 「ありえねえ……Bランクっていったら、手練れのパーティでも死人が出るレベルだぞ」
驚愕と称賛の声。それが面白くないのは、当然『暁の牙』の面々だ。 ゲイルが顔を真っ赤にして叫んだ。
「ふ、ふざけるなッ!!」
バンッ! とテーブルを叩き、ゲイルが立ち上がる。
「インチキだ! そのゴミスキル野郎が、レッドベアを倒せるわけがねえ! きっと森で死体を見つけただけだ! 俺たちが傷を負わせた個体が、たまたま死んでたのを拾ってきたに決まってる!」
その主張に、周囲の冒険者たちも「なるほど」という顔をする。 確かに、戦闘能力のないレンが倒すより、その方が現実味があるからだ。
「そうだ、泥棒猫が! その手柄は俺たちのものだ!」 「返せよ! それは俺たちが命がけで戦った成果だぞ!」
勢いづいた『暁の牙』のメンバーが、レンを囲むように詰め寄る。 だが、レンは眉一つ動かさず、冷ややかに言い放った。
「命がけで戦った、ですか」
レンは視線をゲイルの腰元――その剣と鎧に向けた。
「おかしいですね。レッドベアの爪は鉄をも引き裂く。命がけの死闘をしたなら、装備が無事で済むはずがない」
レンの言葉に、周囲の視線が一斉にゲイルの装備へ集まる。 ピカピカに磨かれたプレートアーマー。刃こぼれ一つない長剣。 泥汚れすらついていない、新品同様の輝き。
「あ……」
ゲイルが慌てて剣を隠そうとするが、もう遅い。
「おい、見ろよ。傷一つねえぞ」 「さっき『激戦だった』って言ってなかったか?」 「鎧も綺麗すぎるだろ。森の奥まで行った靴の汚れ方じゃないぞ」
酒場の空気が変わる。 疑惑の視線が、称賛から軽蔑へと反転していく。
「それに、僕が死体を見つけただけなら……この『爪』はどう説明します?」
レンはカウンターに置いた鋭利な爪を指差した。
「これは根元からへし折れています。死体から剥ぎ取ったなら、こんな折れ方はしない。戦闘中に、強烈な衝撃で『折られた』ものだ」
レンは一歩、ゲイルに近づく。
「あなたたちは戦ってなどいない。レッドベアを見た瞬間、僕の足を斬りつけ、囮にして逃げ出した。……違いますか?」
「う、うう……ッ」
ゲイルは脂汗を流し、後ずさりする。 反論できない。すべての証拠が、レンの言葉が真実であることを裏付けている。 「ひどすぎる……」 「仲間を囮にしたのか? 最低だなお前ら」 「それでよく『レンに黙祷』とか言えたもんだな」
周囲から浴びせられる罵声。 『暁の牙』のメンバーは顔面蒼白になり、小さく震えることしかできない。
「証明終了ですね」
レンは彼らへの興味を失い、再びルナに向き直った。
「ルナさん、査定を続けてください。……あ、あとでギルドマスターにも話があります。ステータスの更新をしたいので」
勝利宣言すらしない。 その態度は、もはや彼らがレンにとって「相手にする価値もない存在」であることを示していた。




