死者からの帰還
夕刻。冒険者ギルド『銀の羅針盤』は、仕事終わりの冒険者たちでごった返していた。 紫煙とアルコールの匂いが充満する酒場の中心で、一際大きな声を張り上げている集団がいた。 『暁の牙』だ。
「……あいつは、立派だったよ」
リーダーのゲイルが、沈痛な面持ちでジョッキを傾けている。 その周囲には、同情的な視線を向ける他の冒険者たちが集まっていた。
「まさか、『深緑の樹海』の入り口付近で『レッドベア』が出るなんてな……」 「ああ。レンのやつ、俺たちを逃がすために自分から囮になって……。『逃げてください!』って叫んで、魔物の群れに突っ込んでいったんだ」
ゲイルは嘘泣きをするように目元を拭った。 隣に座る魔法使いの女も、わざとらしく鼻をすする。
「私たちがもっと強ければ……うっ、レン君を守れたのに……!」 「自分を責めるな。悪いのは、あんな浅い階層まで降りてきた魔物だ」
ゲイルは周囲を見回し、悲劇の英雄を演じきっていた。
「俺たちはレンの遺志を継いで、必ず強くなる。あいつの犠牲を無駄にはしねえ!」 「そうだ! 『暁の牙』に乾杯!」 「レンに黙祷!」
酒場中が感動的な空気に包まれる。 誰も疑っていない。 Gランクの荷物持ちが死んだことなど、冒険者稼業ではよくある悲劇の一つに過ぎないからだ。 ただ一人、カウンターの奥で受付嬢のルナだけが、信じられないという顔で青ざめているのを除いて。
その時だった。
ギイィィィィィィ……。
ギルドの重厚な木製扉が、不気味な音を立ててゆっくりと開いた。 夕闇を背負って、一人の小柄な影が入り口に立っている。
「……ん? 誰だ?」
逆光で顔は見えない。 だが、異様なのはその「音」だった。
ズルリ……ズルリ……。
何かが濡れた地面を擦るような、重く、湿った音。 そして、入り口から流れ込んでくる強烈な鉄錆の臭い――血の臭い。
酒場の喧騒が、波が引くように静まり返っていく。 冒険者たちの視線が、入り口の人物に釘付けになる。
その人物は、ボロボロに汚れた服を着ていた。 だが、その歩みは力強く、迷いがない。 そして何より、彼が片手で引きずっている「荷物」が異常だった。
ズルリ、と店内の明かりに照らされたのは、巨大な赤毛の塊。 大人の男が三人いても持ち上がらないであろう、レッドベアの生首と、丸太のように太い腕だった。
「な……ッ!?」
誰かが息を呑む音が聞こえた。 Bランク魔物の素材。それをまるでゴミ袋でも持つかのように、片手で引きずってくる少年。
少年は、凍りついた冒険者たちの視線を無視して、まっすぐに歩を進める。 向かう先は、酒場の中心。 『暁の牙』が陣取っているテーブルだ。
「お、おい……まさか……」
ゲイルの顔から、血の気が引いていく。 ジョッキを持つ手が震え、中身のエールがこぼれ落ちる。 見間違えるはずがない。 数日前、自分が足を斬りつけ、魔物の餌として置き去りにしたはずの「ゴミ」だ。
少年はゲイルの目の前で足を止めた。 そして、引きずっていたレッドベアの生首を、ドスン!! とテーブルの横に投げ捨てた。
「ひぃッ!?」
魔法使いの女が悲鳴を上げて腰を抜かす。 少年――レンは、虚ろな作り話で盛り上がっていた元仲間たちを、感情のない冷たい瞳で見下ろした。
「ずいぶんと楽しそうですね、ゲイルさん」
静かな、しかしよく通る声が、静寂に包まれたギルドに響き渡る。
「僕の葬式ごっこは、盛り上がりましたか?」
幽霊ではない。 そこには、地獄の底から這い上がってきた、生身の復讐者が立っていた。




