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空中散歩で帰還

薄暗い洞窟のような即席シェルターの中で、レンは目を覚ました。 右足を確認する。傷口は完全に塞がり、新しい皮膚が再生している。痛みもない。


「……よし、動ける」


レンは立ち上がり、大きく伸びをした。 数日間、レッドベアの肉を食べ、魔力を循環させ続けたおかげか、身体が羽のように軽い。以前の自分とは、ステータスの基礎値そのものが変わっている気がした。


「さて、帰ろうか」


レンは傍らに転がっているレッドベアの死骸――その中でも価値の高い「魔石」と「毛皮」、そして鋭利な「爪」を剥ぎ取り、つたで縛って引きずる準備をした。かなりの重量だが、不思議と重さを感じない。


森の出口へ向かう。 しかし、この『深緑の樹海』は帰り道こそが危険だ。血の匂いを嗅ぎつけたハイエナのような魔物たちが、弱った獲物を狙っている。 以前のレンなら、震えながら茂みに隠れて進んでいただろう。


だが、今のレンには「道」を選ぶ権利があった。


「地面を歩く必要なんて、もうないんだ」


レンは視線を上――鬱蒼と茂る木々のさらに上、木漏れ日が差す虚空へと向けた。


「『固定フィックス』」


レンが足を一歩踏み出すと、何もない空中で「ガッ」という硬質な音がした。 足の裏直下の空気を、板状に座標固定したのだ。 透明な階段。


トントン、とレンは軽やかに空を蹴って上昇していく。 地上5メートル、10メートル。あっという間に木々の頂上キャノピーすら越え、視界が一気に開けた。


「うわぁ……」


そこには、見渡す限りの青空と、眼下に広がる緑の海があった。 風が心地よい。 これまでずっと、泥にまみれて地面を這いつくばってきた「荷物持ち」のレンが、初めて世界を見下ろした瞬間だった。


「便利すぎるな、これ」


レンは空中に次々と足場を固定し、まるで平地を歩くように空を渡っていく。 魔力消費も、数日間の訓練で最小限に抑えるコツを掴んでいた。


快適な空中散歩。 しかし、森の出口付近に差し掛かった時、眼下の地面に殺気を感じて足を止めた。


「グルルッ!」「ワォォォン!」


10匹近いオオカミの群れ――『フォレストウルフ』(Dランク)が、レンの影を追って地上を並走していたのだ。 彼らはレンが降りてくるのを待ち構えている。


「……以前の僕なら、一匹相手でも死んでたな」


レンは冷静に眼下の群れを見下ろした。 逃げようと思えば、このまま空を歩いて無視することもできる。 だが、レンはあえて高度を下げた。


「ちょうどいい。帰る前の準備運動だ」


レンが地面に降り立つと、ウルフたちが涎を垂らして一斉に飛びかかってきた。 四方八方からの同時攻撃。連携リンクの取れた狩りだ。


しかし、レンは剣も抜かず、ただポケットに手を入れたまま、淡々と言葉を紡いだ。


「つまずけ」


レンの視線が、先頭を走るウルフの「足元の地面」に向けられる。 発動したのは、地面からわずか数センチ浮いた場所に作った、小さな「見えない突起」の固定。


ガッ!


「ギャンッ!?」


全速力で走っていたウルフの前足が、見えない何かに引っかかった。 慣性の法則は残酷だ。つんのめったウルフは勢いよく前方へ回転し、地面に顔面から激突。首が不自然な方向に曲がり、一撃で絶命した。


「次」


後続のウルフたちが動揺する隙を与えず、レンは次々と視線を動かす。 足元に見えないブロックを置くだけの、地味な作業。 だが、高速で動く者にとって、それは致命的な罠となる。


ドサッ、バキッ、ゴロゴロ……。


触れることすらなく、ウルフの群れが次々と自滅していく。 まるで喜劇のような光景だった。


「キャイ……ン?」


最後に残った一匹が、仲間の惨状を見て尻尾を巻き、後ずさりする。 レンはその一匹を見逃し、冷ややかに告げた。


「森の王は交代したって、他の魔物にも伝えておいてくれ」


ウルフは悲鳴を上げて森の奥へと逃げ去った。


レンは再び荷物を背負い直すと、遠くに見える街の城壁を見据えた。 そこには、自分を殺そうとした連中がいる。


「待ってろよ、『暁の牙』」


レンの帰還。それは、彼らにとっての悪夢の始まりだった。

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