孤独なダンジョン生活
勝利の余韻が去ると、現実的な問題がレンに押し寄せてきた。 激痛と空腹。そして、血の匂いを嗅ぎつけて集まってくるであろう、他の魔物たちの気配だ。
「……まずは、隠れ場所を作らないと」
右足はまだ動かない。引きずって移動するにも限界がある。 レンは倒したレッドベアの死体のそば――巨木の根元にある窪みに体を滑り込ませた。 だが、これだけでは無防備すぎる。
(壁が必要だ。それも、絶対に壊れない壁が)
レンは残りの魔力を振り絞り、自分の周囲の空間をイメージした。 前後左右、そして天井。 空気の壁を作るように、座標を「固定」していく。
「――『空間固定・シェルター』」
ブォン、と低い音がして、レンの周囲の空気が重くなった気がした。 試しに小石を投げてみる。石はレンから1メートルほど離れた空中で「カツン」と見えない何かに当たって跳ね返った。
(成功だ……。これなら、どんな魔物も入ってこれない)
それは、世界から切り離された絶対安全圏。 レンは安堵のため息をつき、泥のように眠りに落ちた。
◇
目が覚めたのは翌朝だった。 お腹が鳴る音で起きた。喉もカラカラだ。 シェルターの外には、夜の間に集まってきたらしい狼型の魔物が数匹、レッドベアの死体を漁っていた。 だが、レンのシェルターには気づいていない。空間を固定したことで、匂いや音さえも遮断されているのかもしれない。
「……食料は、目の前にある」
狼たちが去った後、レンはシェルターの一部だけを解除し、レッドベアの死体に近づいた。 まだ新鮮な肉が残っている。 冒険者の常識として、高ランクの魔物の肉は魔力を豊富に含み、滋養強壮に良いと言われている。
レンはナイフで肉を切り出し、不格好に焼いて口に運んだ。 味付けなしの焼肉。獣臭くて硬いが、今のレンにとっては極上の馳走だった。
「……うまい」
胃の中に熱い塊が落ちると同時に、全身に力がみなぎる感覚があった。 魔物の生命力が、レンの枯渇した魔力を補給していくようだ。
それから数日、レンはこの場所で動かずに過ごした。 暇な時間は、ひたすらスキルの検証に費やした。
(空気も固定できるなら、温度も固定できるんじゃないか?)
夜、寒さに震えながら思いついたアイデア。 レンはシェルター内の空気の「熱」が外に逃げないように、熱伝導を遮断するイメージで固定してみた。 すると、シェルター内はまるで魔法瓶の中のように、ポカポカとした暖かさが保たれた。
「やっぱりだ。僕のスキルは『物理的な位置』だけじゃなく、『状態』も固定できる」
さらに、寝心地の悪い地面の上に、空気を圧縮して固定し、「見えないエアマット」を作ることにも成功した。 快適な寝床と、安全な壁。 魔物の肉を食べて魔力を回復し、スキルを使ってまた消費する。 この繰り返しが、レンの魔力回路を太く、強靭なものへと鍛え上げていった。
そして5日目の朝。
「……よし」
レンは立ち上がった。 ぐらつきはなかった。 致命傷だったはずの右足の傷は、魔物の肉と、自らの血液を『固定』して治療を早めたおかげで、驚異的な速度で完治していた。
「行こう。街へ」
レンは空間シェルターを解除した。 森の空気が肌に触れる。 だが、もう以前のような恐怖は感じなかった。
(待っていろ、ゲイル。そして『暁の牙』)
レンはレッドベアの剛毛の一部と、魔力の結晶である「魔石」をリュックに詰め込んだ。 生還の証拠。そして、復讐の狼煙として。
レンは一歩を踏み出した。 その足取りは軽く、目には確かな自信の光が宿っていた。




